米中の攻防と日本の選択 記事トップ

第4回 ワシントン発 「日韓慰安婦問題合意」から見える米中の思惑

第4回 ワシントン発 「日韓慰安婦問題合意」から見える米中の思惑

ワシントンD.C.の中心部に位置するホワイトハウスの近くで本稿を執筆しながら、約9カ月前、日本の安倍晋三首相が米国を公式訪問した頃の情景を思い出している。新たな日米防衛協力のための指針を発表したり、日本の総理大臣として初めて米国連邦議会上下両院会議で演説をするなど、戦後70年という節目の年に、日米両国がより一層協力関係を深化させていくべく、安倍首相は精力的に動き、米国の関係者らに自らの言葉で発信をしていた。

「戦後の日本は、先の大戦に対する痛切な反省を胸に、歩みを刻みました。自らの行いが、アジア諸国民に苦しみを与えた事実から目をそむけてはならない。これらの点についての思いは、歴代総理と全く変わるものではありません。アジアの発展にどこまでも寄与し、地域の平和と、繁栄のため、力を惜しんではならない。自らに言い聞かせ、歩んできました。この歩みを、私は、誇りに思います」

安倍首相が米議会演説で語ったこの文言に「米国のアジア政策の推進という観点からも相当程度評価できるし、歓迎できる」(米国務省東アジア担当スタッフ)としていた米国当局は、近年、“慰安婦問題”が一つの原因で政治関係や国民感情が安定しない日韓関係を懸念していた。

ワシントンが日米韓関係を戦略的に重要視する理由とは

2014年3月25日、そんな米国のオバマ大統領が、オランダのハーグで開催された核セキュリティ・サミットに際して安倍首相と朴槿恵パククネ大統領を在オランダ米国大使公邸に“招集”し、日米韓首脳会談を実現させた事実にも、“懸念”がにじみ出ている。日本外務省の発表によれば、同会談では、北朝鮮問題を中心とする東アジアの安全保障について、日米韓の3カ国が一層緊密に連携していくことの重要性が確認され、有意義な議論が行われた。安倍総理及び朴大統領は、今回の会談を主催したオバマ大統領のイニシアチブ(先導)を評価した。(参照リンクhttp://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/na/page3_000712.html)

核セキュリティ・サミット

核セキュリティ・サミットの記念撮影に臨む安倍首相(奥右)と、韓国の朴槿恵大統領(手前左)ら各国首脳 Ⓒ共同

2014年6月〜2015年8月、私はワシントンD.C.を拠点に米国のアジア太平洋政策を観察する機会を持ったが、「中国の台頭にどう対応するか」というテーマが中心的であった一方、国務院の東アジア担当官や、かつて米国政府内で勤務をした経験を持つシンクタンクの研究者らが「前に進まない、膠着した日韓関係は米国の対アジア太平洋政策にとっての大きな不安要素だ」(元ホワイトハウスアジア担当高官)という認識を前面に押し出していたのが印象的であった。中国の軍事的台頭が不透明であり、予測することはもちろん、いかに関与していくべきなのかを捉えることすら困難であるからこそ、少なくともそこに対応するための基本的フォーメーションとして、日米韓の連携と信頼だけは常に強固なものにしておきたい。そんな思いを彼らが抱いていたように私には映った。

バラク・オバマ大統領としては、2015年という年に安倍首相、そして韓国の朴大統領に米国を公式訪問してもらい、日韓それぞれの指導者に対して、米国の対アジア太平洋リバランシング政策(軍事・外交上の重心をアジア・太平洋地域に移す米国の政策)にとっては、日米韓の連携と信頼が欠かせないこと、そのためには、自らの同盟国である日本と韓国が慰安婦問題で喧嘩をしている場合ではないことを伝えようとした。

ワシントンが日米韓関係をかつてないほど戦略的に重要視するインセンティブ(動機)としては、(1)米国が近年重要視するアジア太平洋地域における平和と安定を保障するための公共財としての役割を果たすこと、(2)オバマ大統領がノーベル平和賞を獲得した際にも掲げた“核のない世界”の実現とは逆方向に向かっているかに見える北朝鮮の核問題を有効的に解決していくこと、(3)不透明、拡張的、しかし着実に進行する中国の台頭に適切に対処・関与し、かつ東アジアにおける既存のパワーバランスが崩れないようにすること、(4)自由民主主義という価値観に基づいた政治体制、および法による支配やハイスタンダードに基づいたガバナンスシステム(統治体制)をアジア太平洋地域で実践していくこと、が挙げられるだろう。

2015年10月、朴槿恵大統領が米国を公式訪問した際に行われた米韓首脳合同記者会見にて、オバマ大統領は次のように語っている。

「昨年、朴大統領と私は日本の安倍首相を交えて会談をし(前述の日米韓首脳会談を指す※筆者注)、共有するチャレンジを主張した。そして、今月朴大統領が主催する3カ国サミット(11月1日にソウルで開催された第6回日中韓サミットを指す※筆者注)は日中韓の前向きな関係を推し進めるためのもう一つのステップとなるであろう」(参照リンク:https://www.whitehouse.gov/the-press-office/2015/10/16/remarks-president-obama-and-president-park-republic-korea-joint-press)

私から見て、オバマ大統領によるこの主張には、昨今における米国の北東アジアにおける戦略的利益の追求プロセスにとっての固執と葛藤が体現されている。同盟国である日本と韓国を含めた3カ国間の連携と信頼関係が不可欠である一方、年を追うごとに緊密化・多角化していく米中2カ国間関係はもちろんのこと、地域情勢やグローバル問題に対処していくうえでも中国との連携と信頼が不可欠になっていくなか、米国としては日中韓という三国間関係の安定的推進をも“歓迎”せざるを得ない状況に直面している。オバマ大統領が言及した“共有するチャレンジ”が指す直接的な対象は北朝鮮の核問題であろう。そして、この問題を解決していくためには、中国の協力、および中国との連携が不可欠であることは言うまでもない。

ただ、米国が求めるのは、日本と韓国が米国の同盟国、言い換えれば、米国の国益と価値観の体現者として緊密に連携するという前提条件下における日中韓協力の促進である。

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