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第3回 “二段階の戦い”という人生の秘訣

第3回 “二段階の戦い”という人生の秘訣

なぜ僕たちは創価大学に進学したのか

佐藤 優 ナイツのお二人が創価大学に進学した理由を教えてもらえますか。
土屋 伸之 僕は創価中学校を受験して落ちているんですよ。小学生のときにちょっと勉強ができたおかげで、母親から「創価中学校を受験してみない?」と言われました。まわりの同級生は公立中学に進む子ばかりで、私立を受験する子なんてほとんどいなかったんです。だから「カッコいいな」と思って受験してみることにしました。
佐藤 土屋さんが創価中学校に入れたらお母さんが喜ぶしね。
土屋 でも試験には落ちてしまいました。それがすごく悔しくて、創価高校の入試にもう一回挑戦してリベンジしようと思ったんです。するとほかの高校の入試は落ちてしまったのに、なぜか創価高校だけには受かることができました。
 もっとも、高校に入ってからは全然勉強しなかったので、創価大学に進学するのも危うい状況だったわけですが・・・。「エスカレーター式」に大学へ進めたわけではなく、なんとか勉強についていってギリギリ創価大学に進学できました。
佐藤 塙さんは?
塙 宣之 僕はもともと佐賀市に住んでいまして、小学生のときからお笑いをやろうと思っていたんです。ダウンタウンさんにあこがれて「芸人になろう」と思い、高校生時代にお笑いの大会で優勝しました。そのおかげで、福岡の吉本興業への所属が決まったんです。
佐藤 ずいぶん早熟だったんですね。小さいときから将来の展望を見据えて、大学には進学せず高校卒業後に業界に入ろうとした。
 なのに親が吉本興業に電話をかけて「息子は創価大学に行かせます」と言って、せっかく決まりかけていた吉本興業所属の話を勝手に断っちゃったんですよ。でもよくよく考えると、福岡から出発するよりも、いきなり東京に行ってしまったほうがいいんじゃないかとも思いました。
 ともかく芸人になりたい。東京に出たい。そう思っていた僕に親が「一度、創価大学を見てこい」と言うものですから、一人で八王子の創価大学を見学しに行きました。
佐藤 塙さんは佐賀で進学校に通っていたんですか。

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 浄土真宗系の龍谷高校に通っていました。高校受験のときに龍谷高校にしか受からず、しかも仏教コースに割り振られちゃったんです。創価学会員なのに、よりによって念仏専門のクラスに入れられちゃった。(笑)
 高校生時代の僕は、池田名誉会長のスピーチが聞ける本部幹部会の同時中継を会館まで一人で見に行っていました。任用試験(創価学会教学の基礎試験)で「じっかいろん」の勉強をしていましたから、龍谷高校の授業で「ろくどうりん」を教わっても、「六道だけじゃない」と思ってしまうから、当然ピンとこないわけです。
 また、お坊さんの振る舞いに違和感をもちましたし、高級車に乗って帰るお坊さんの子供や、お坊さんになる友だちが勉強もせずに遊んでばかりいるのを見たことで、逆に、信仰を熱心にしている親を尊敬するようになれました。
佐藤 学会員の皆さんは、教学をかなり熱心に勉強しますからね。塙さんはいろいろな意味で、早熟な高校生だった。
 高校で論文を書くときに池田名誉会長のスピーチを引用したところ、教師から「これは何だ。すごいね」と言われたことがあります。教師は浄土真宗の坊さんなのに。(笑)
 大学見学に出かけて施設や学生を見ていたら「創価大学をつくった池田名誉会長はすごい」と素直に思ったんです。そして受験勉強に挑戦した結果、創価大学に合格することができました。
 浄土真宗系の龍谷高校から創価大学に進学する学生は、めったにいません。「この学校から何年かに一回、創価大学に進学する者がいる。創価大学に進学したら創価学会の幹部になるらしい」と、クラスのみんなの前でバカにするお坊さんの教師もいました。おもしろいと思って、「全員、創価学会に入れてあげます!」と言ったらみんなメチャクチャ引いていましたけど。(笑)

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