五代友厚 記事トップ

この男、武士にあらず商人にあらず――

この男、武士にあらず商人にあらず――

 古川智映子作『小説 土佐堀川――広岡浅子の生涯』(小社刊)を原案とした、NHK連続テレビ小説「あさが来た」に登場するだいともあつが注目を集めている。薩摩藩士で早くから開明思想を持ち、おう。明治維新後は「東の渋沢(栄一)、西の五代」と並び称され、大阪経済の基礎を築いた人物だ。その半生を描いた長編書き下ろし小説『五代友厚――蒼海を越えた異端児』が評判となっている。著者は歴史小説家の高橋直樹さん。五代はどんな人物だったのかお話をうかがった。

歴史の持つダイナミズム

 高橋直樹さんの歴史小説は、膨大な資料を読み込んだ上で、史実をもとに大胆な構成と豊かな想像力で描きあげる世界観が魅力だ。本書でも、明治維新を鋭い国際感覚で成功に導き、維新後は日本の経済システムを造り上げる五代友厚の半生を独自の視点で切り取って、その人物像をいきいきと浮かび上がらせている。
 これまで源平時代や戦国時代を舞台に描くことが多かった高橋さんにとって、本書は初の近現代史ものである。
「歴史のダイナミズムに興味があるんです。例えば普段会う人たちを考えると、歴史小説の登場人物となるような強烈な人物はなかなかいない。でも歴史で淘汰されたなかに残った人を描いていけば、人間の持っている喜怒哀楽や行動を端的に描けるのではないか、と。たとえ文献で一カ所しか出てこない人物でも、そこに残っているということは、それだけのドラマがあるということ。五代のように、そのときこんなふうに考えて行動したのではないかと想像を膨らませてくれる人が私にとっては魅力的ですね。ただ今回は源平時代と違って資料がたくさん残っていますから、史実に想像の部分をどう入れこんで読み応えのある物語を創り出すか逆に難しい面もありました」

“異端児”という紳士

 物語は五代が薩英戦争のさなか、捕虜として英国軍艦に乗り込むところから始まる。艦長のクーパーに、西洋の進んだ技術を学ばせるために薩摩の若者を留学させたいと申し出る。敵方の捕虜となり、情報を売ったのではと疑われたことから薩摩では裏切り者の汚名を着せられるが、薩摩が英国と交渉するときに開国と英国留学を進言し、藩を導く。若くして長崎伝習所に学び、上海、欧州に渡航。日本の未来に何が必要かを考え抜き、豪胆に行動する姿に魅了される。
「枠にとらわれない面白さがありますね。日本のために枠に留まらず働いた人という気がします。商人でもなく武士でもなく、ある意味自由に行動した人。日本人でもなく外国人でもない、境界のない人だった。ただ、裏を返せば帰る場所のない哀しみも抱えていたように思うのです。“蒼海を越えた異端児”という副題どおりの人だったと思います」
 高橋さんは五代の写真を間近に見たときに、その思いをさらに強くしたという。りんとしたたたずまいで切れ長の鋭い目をした姿だ。
「大阪商工会議所が運営している起業家ミュージアムには、歴代会頭の写真がずらりと並んでいるのですが、五代は一人、雰囲気が違う。五代を語るときに、よく武士の気概と商人の精神を持つと言われますが、僕はむしろ、英国(紳士)の“ジェントリー”という言葉が思い浮かびました」
 1865年、若者たちの英国留学を引率しヨーロッパを回ったとき、ロンドンの証券取引所などを視察している。高橋さん自身が楽しんで描いたのが、五代がロンドンの地下鉄に驚く場面だ。
「イギリスで地下鉄が開通したのが1863年。蒸気機関車を改造して煙はあまり出さないものを造ったのだそうですよ。五代が地下鉄に乗ったという史実はありませんが、当時の日本人が一番驚いたのは地下鉄ではないか。彼の性格なら乗っただろうな、と思います」

西郷や竜馬なき、五代の「維新」

 イギリスから帰国後、五代は疲弊した大阪経済を立て直し、現在の造幣局や大阪証券取引所、商工会議所などを造り、多くの事業を興していく。
 文献では広岡浅子との接点はないが、どこかで交流があってもおかしくない。本書でも二人の出会いは印象的に描かれている。
「荒くれ者が多い鉱山に浅子が単身飛び込んでいきますが、当時は危険な場所です。そこで僕なりに想像を巡らせて書きました」
 夢を語るだけではなく、志を実現するためには人脈を駆使して駆け引きも厭わない。したたかなリアリストでもある五代らしい場面となっている。
 本書は、幕末明治を背景にしながら、さらには薩摩藩士の物語でありながら、西郷隆盛や坂本竜馬らの維新のヒーローたちがほとんど出てこない。だが、明治になり大阪経済の基礎を築くときに、中野いちや藤田でん三郎さぶろう(商工会議所第2代会頭)という五代の脇にいた人たちをしっかり描き込み、五代のなまの姿を浮かび上がらせた。
「新時代の日本は資本主義で行くべきだといち早く察知していたのが五代です。さらに官(国家)の限界を肌で感じ、安定した立場を捨ててまで民間の立場から大阪のために尽力した。当時、東京は政治都市で旧大名家の屋敷ばかり。一方で、大阪は蔵屋敷も多い商業都市でしたから、そこに目をつけたのだと思います」
 五代の志と行動が、明治時代の日本にもたらした功績。そして、その実現のために大阪にこだわり続けた理由。本書にはそうした、人間「五代友厚」が凝縮されている。それを知った上でドラマを見てみるとより深く楽しむこともできそうだ。

 取材・文=中島久美子

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文庫『五代友厚――蒼海を越えた異端児』

文庫『五代友厚――蒼海を越えた異端児』 高橋直樹著

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