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第2回 人生の苦難が人を鍛える

第2回 人生の苦難が人を鍛える

「浅草芸人」としての生き方

 僕たちも芸人としての“新兵”時代、思わぬ経験をしました。交通事故にってから1年近くリハビリし、ようやく普通に歩けるようになった2001年の夏、ナイツとして初舞台を踏んだんです。ところが、僕らの漫才は全然ウケません。
土屋 アンケートを見ると「全然おもしろくなかった」とか、厳しい意見がストレートに書かれていましたよね。
「気持ち悪い」ならまだしも、ある時は「クサイ」とか・・・(笑)。もうボロクソです。ただでさえドン底なのに、さらに追い打ちをかける出来事が起きました。所属事務所の社長から「浅草にある漫才協会に入れ」と言われたんです。
土屋 あの当時、浅草の漫才協会はとても暗いイメージで、僕らには全然関係ない場所だと思っていました。
 絶対行きたくなかったので社長に断ったのですが、「お前らは絶対あそこに入ったほうがいい」と言って、ちっとも折れてくれません。そこで仕方なく、当時漫才協会の会長をやっていたつみ桂子師匠のもとに弟子入りしました。2002年10月のことです。
佐藤 なんで内海桂子さんの門をたたいたんですか。
 僕らが所属する事務所の大先輩だったからです。社長から「内海師匠の弟子になれ」と言われ、自分たちの意志とはまったく関係なく「今日から弟子になります」と頭を下げました。
土屋 桂子師匠にしてみたら、いい迷惑だったでしょうね。急に名前も知らないナイツなんて2人組がやってきて「今日から弟子になります」なんて言われて。
 その日から着物のたたみ方を勉強し、師匠や先輩芸人にお茶を出し、演芸場の外でハッピを着てお客さんの呼び込みをする生活が始まりました。テレビでは2001年からM-1グランプリが始まり、同世代の若手芸人が大爆笑を取っているわけです。
土屋 M-1の決勝戦まで行った彼らはテレビのレギュラーがバンバン決まって人気者になっているのに、僕らは着物をたたんでお茶出しをして、師匠から説教ばかり受けていました。
佐藤 それはイヤになっちゃいますよね。
 「なんでこんなところでお茶出ししてるんだよ」と歯がゆい思いをしていました。でも池田先生は、「環境のせいにするな」「自分の力によって環境は必ず変えられる」と常々指導されているわけです。「漫才協会はイヤだ、イヤだ」と文句ばかり言っていても、何も状況は変わりません。真剣にお題目を唱えるうちに、初めて出たライブで「ナイツはクサイ」「気持ち悪い」とこくひようされたことを思い出しました。ひょっとしたらイメージしていたものとは違う路線の漫才が、自分たちにはあっているのではないか、と気づいたんです。
佐藤 内心「イヤだな」「イヤだな」と思っていた浅草芸人の路線こそが、自分たちに合っているのではないかと気づいた。
 当時は1カ月に1本しかネタを作っていませんでした。こんな芸人が日本一になれるわけがありません。「絶対日本一になる」と祈り、そこから毎日1本ずつネタを書いていきました。2年間で700本くらい漫才を作ったでしょうか。
佐藤 毎日1本ずつネタを書くことを自身に課したんですね。塙さんのように、“努力しないといけない”と気づくこと自体が才能ですし、さらに、“努力できること”はとっても重要な才能です。僕は、創価学会員の努力ができる才能の秘訣は、日々の勤行にあると思う。創価学会員のお子さんは小さいころから勤行をしていますよね。小さいころは、「勤行しようね」とすすめる親に対して「勤行したら喜んでくれるかな」とか、「早く遊びに行きたい、辛いな」という気持ちの中で、勤行をしていると思うんですね。しかもお二人が子供のころは、今より勤行は長かった。
土屋 よくご存じですね。勤行していたようにしか思えない。(笑)
 仏法では、人間の生命の状態を10種類に分けて考えます。その中で、仏道修行で得られる境涯をしようもんかいえんがくかいさつかいぶつかいせいと位置づけています。「南無妙法蓮華経」と祈っていくと、そうした境涯になっていくわけですが、簡単に言うと“やる気スイッチ”が入るんですね。「がんばろう」「努力しよう」という気持ちになってくる。

0035ナイツ×佐藤

土屋 やる気スイッチが入らなければ、何も始まらない。
 やる気が出てくる根本的な元気は、祈りにあるように思います。朝、晩と勤行をしてやる気を出して、ネタを作る。その繰り返しです。
佐藤 キリスト教でも、「祈ること」「働くこと」という中世からの伝統的なスローガンがあります。祈りがある人は、きちんと働くし、働くというのは祈りの中で働くという考えです。
土屋 キリスト教と仏法で共通することがたくさんあるんですね。
ナイツは、M-1グランプリでは2〜3回戦での敗退が続いていたのですが、2008年から3年連続で決勝戦まで勝ち進めました。僕らの漫才が変わった理由は、浅草ので徹底的に場数を踏んだからです。以前は月に5〜6回しか舞台に立っていなかったのですが、寄席に出るようになってから年間500回くらいお客さんの前に立つようになりました。漫才協会に所属したからこその結果です。
佐藤 ナイツのお二人は逆境に直面したとき、ひねくれたりななめにかまえたり、今やるべき課題をぶん投げてしまわない。その根底には池田名誉会長の指導と御本尊への祈りがあるわけです。

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