対決!日本史

第6回 宗教改革と日蓮仏法の時代

第6回 宗教改革と日蓮仏法の時代

「僧侶が上、一般信徒が下」という誤った宗教観

佐藤 僕の専門分野はチェコ神学です。実はチェコの大多数のプロテスタント教会には十字架がありません。
安部 えっ、それはなぜですか。
佐藤 十字架は十字軍のイメージそのものだからです。十字架は基本的に、カトリック教会にしか立っていません。プロテスタント教会におけるシンボルは、十字架ではなくワインのグラスです。
 カトリック教会の教義では「キリストの血=ワイン」「キリストの肉=パン」と見なし、信徒は教会でワインとパンを少しずつ口にします。すると信者が「もしコップに入った血(ワイン)を誤って床にこぼしてしまったら畏れ多い」と言って、ワインを口にする儀式を辞退するようになりました。だからカトリックの教会では、今でも基本的にワインは神父しか口にしません。
 宗教改革のときの一つの大きな動因は「神父(僧侶)と信徒(一般信徒)は平等であるべきだ」という考え方でした。「オレたち一般信徒にもちゃんとワインを飲ませろ」という考え方が広まり、ワインのカップはプロテスタントの教会のシンボルになっていったのです。シンボルとして使われているワイングラスの画を見て、ときどき観光客が飲み屋だと勘違いして教会に来るらしいけど(笑)。

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安部龍太郎氏

安部 僕も間違えて入っちゃいそうだなあ(笑)。
佐藤 「キリスト教=カトリック」ではないし、「キリスト教=プロテスタント」でもありません。ギリシャ正教だってあるわけですし、一口に「キリスト教」と言ってもさまざまなキリスト教があるわけです。
 カトリシズム(カトリック主義)、それから一部のプロテスタンティズム(プロテスタント主義)には、帝国主義や植民地主義と結びついてきた歴史があります。学校教育でキリシタン史について教えるときには、今申し上げた側面もバランスを取って教えなければいけません。
安部 日本史の授業の中でも、ぜひそういうことを教えてもらいたいものです。フランシスコ・ザビエル以来の宣教師について、「危険を冒して極東まで宣教をしにやってきたいい人」というイメージでとらえている日本人が多いのではないでしょうか。それは一面的な理解の仕方です。「彼らは植民地支配の先兵としてやってきた人たちなのだ」と認識していなければ、キリシタンへの大弾圧がなぜ起きたのかがわからなくなってしまいます。
佐藤 「信教の自由を保障しなかった野蛮な日本」という感じでとらえると、歴史を見誤ってしまいます。
安部 イエズス会の布教方式にも組織構造にも、軍隊方式のヒエラルキー(ピラミッド型の上下関係)が明確にありました。
佐藤 そうです。軍隊そのものです。
安部 洗礼子は洗礼親に対して「絶対服従」を誓って洗礼を受けるわけです。すると洗礼親、洗礼子、洗礼孫にまたがるヒエラルキーが生まれます。
佐藤 ヒエラルキーを上がれば上がるほど「救いの確実性」は高まります。ヒエラルキーの上に上がっていけば、自分は確実に救われると考える。こういう思考は、おのずと「末端の信徒重視」ではなく「幹部重視」「組織重視」に傾斜します。
安部 そのヒエラルキーが、大名支配のヒエラルキーと対立するのは当然です。ひでよしたちはそれを一番おそれ、キリスト教弾圧に乗り出しました。
佐藤 仏教の中でも、「げい」と呼ばれるほっを頂点とするヒエラルキーによって、「僧侶が上、一般信徒が下」という差別意識を構造化した教団がありました。
「救いの確実性」を志向するヒエラルキーの原理には、要するに「司祭が上、一般信徒が下」「僧侶が上、一般信徒が下」という差別意識があります。こういう差別意識に裏打ちされた宗教は、人と人の間に深刻な溝を作ってしまうのです。

インテリジェンス・オフィサーとしての日蓮

佐藤 13世紀の鎌倉時代に活躍した日蓮は、傑出した宗教人でした。自分の土地と国の安全を、宗教人は明確に意識します。日蓮にはほかの宗教人にはない国際的な広い視野があったため、もうしゅうらい(1274年と1281年)を正確に予測し、時の国主にげんこうを警告しました。グローバルな予測に基づいて、安全保障上の警告を発したのです。

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佐藤優氏

安部 日蓮には北方からの情報が正確に入っていたようです。
佐藤 明らかにそうだと思います。日蓮は単なる宗教家にとどまらず、インテリジェンス・オフィサー(情報収集・分析の専門家)としての傑出した能力も備えていたのです。だからこそプロテスタントのうちむらかんぞう西さいごうたかもりうえすぎようざんにのみやそんとくなかとうじゅの4人に日蓮を加え、著書『代表的日本人』をつづったのでしょう。
安部 日蓮が書き記した言葉は素晴らしいですね。迷いがない。的確である。よくこれだけ的確な言葉を次々と発信できるものだと感心します。人の苦悩に優しいというのかな。民衆と接するときに、ともかく非常に優しい。日蓮自身、漁師村で生まれた一人の民衆です。
佐藤 日蓮はみなと(現・千葉県かもがわ小湊)で生まれました。
安部 彼の気質の中には、しんらんのような京都人のキャラクターとは全然違ったものがあると思います。

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