対決!日本史

第4回 悪化する日韓関係をつなぎ留める処方箋

第4回 悪化する日韓関係をつなぎ留める処方箋

秀吉と家康「小牧・長久手の戦い」の舞台裏

安部 日韓関係の打開は容易ではありません。悪化した日韓関係を打開するため、秀吉と家康の交渉術に一つのヒントがあるように思います。秀吉と家康が小牧・長久手で戦ったとき(1584年)、秀吉軍は8万人、家康軍は2万人の兵力でした。ところが人数が少ない家康軍が、緒戦から圧倒的に勝つのです。家康の家臣(まつだいらいえただ)の日記には「1万5000人を討ち取った」と書かれています。
さんざん負けた秀吉軍は「この戦争はどうやっても勝てない」と観念しました。そこでどうしたかというと、家康は織田のぶかつを支援するために秀吉と戦っていたので、秀吉はまず信雄と和解するのです。そのことによって、家康から戦う大義名分を奪ってしまいました。そして家康との具体的な和平交渉を始めて「なんとか自分の政権下に入ってくれ」と交渉するのです。
佐藤 賢明な二段階交渉です。
安部 すると家康は「嫌だ。そんなことは認められない」と抵抗します。そこで秀吉がどうしたかというと、なんと自分の妹を離婚させて家康に嫁がせました。それでも家康は「まだ信用できん」と言って動かない。そこで秀吉は、自分のお母さんを家康の元へ人質に送ります。これにはさすがに家康も折れて、両者の和解がやっと成立しました。
公の席に臨む前夜、2人は密談します。秀吉は「今回のことは大変感謝している。これからもよろしく頼む。だけども頼みがある。明日みんなの前ではすべてをバラさず、私に臣従したフリをしてほしい」と頭を下げ、戦争を回避する和平交渉にさらなるくぎをさしました。
泥沼とも言える今の日韓関係を打開するためには、これくらいの忍耐、そして深いを働かせる度量が必要ではないでしょうか。
佐藤 そう思います。朝鮮半島と日本との関係においてとにかく重要なのは、いくらお互いにいさかいがあるからといって引っ越せないことです。もし隣の家の住人とどうしても相性が合わなければ、引っ越すという選択がありえます。でも国同士の付き合いは、いくら悪化したからといって引っ越すわけにはいきません。となると、どんな方法を使ってでも日韓は仲良くするしかないのです。
安部先生は作家としてたくさんの歴史小説を書かれ、秀吉の朝鮮出兵についても書かれています。歴史小説を通じて「過去に日本は朝鮮半島にこういう形で関与した歴史があるのか」という事実を読者に知らしめることに、とても大きな意味があります。(第5回へ続く)

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