対決!日本史

第4回 悪化する日韓関係をつなぎ留める処方箋

第4回 悪化する日韓関係をつなぎ留める処方箋

韓国・国会議長による「盗っ人猛々しい」発言の意味

佐藤 2019年2月、韓国の文喜相ムン・ヒサン・国会議長が「(生前退位する天皇は)戦争犯罪の主犯の息子ではないか。そのような方が一度おばあさんの手を握り、本当に申し訳なかったと一言いえば、すっかり解消されるだろう」(2月8日、ブルームバーグ通信日本語版)と発言しました。
この発言に批判が高まると、文喜相議長は「賊反荷杖」という四字熟語を使って反論します。直訳すると「泥棒が逆に杖をもって振り回す」という意味なのですが、日本語メディアでは「盗っ人猛々しい」という翻訳で報道されました。
安部 うーん、それは受ける印象がだいぶ異なりますね。
佐藤 「盗っ人」が入ることによって、相手に対する侮辱的、攻撃的なニュアンスが強く出てしまいます。ここは「居直っている」くらいの意訳でかまわないと思います。
安部 ただでさえ日韓関係がまずいときなのに、「盗っ人」なんていう強い蔑称をわざわざ選んで翻訳する必要はありませんでした。
佐藤 河野太郎外務大臣(当時)は「韓日議連の会長まで務めた人間がこのようなことを言うというのは、極めて深刻」(2月20日、衆議院予算委員会)と言いました。「人間」を「サラム」(人)と翻訳すれば良かったのですが、韓国では「インガン」(人間)と伝えられています。「インガン」という言葉には「人でなし」みたいなニュアンスがありまして、これまた要らぬ誤解を生みました。
安部 2019年8月2日には、ホワイト国(輸出優遇)除外措置に対する文在寅ムン・ジェイン大統領の言葉も「盗っ人猛々しい」と報じられています。これまた佐藤さんがおっしゃるように「居直っている」と翻訳しておけば、感情的な反発を招くことは少なかったと思います。
佐藤 じゅんさん(歴史学者)が書かれた『翻訳の政治学 近代東アジア世界の形成とにちりゅう関係の変容』という学術書に、おもしろい話が出ているのです。江戸時代に日本にやってきた朝鮮通信使について、日本では「朝貢」(外国の使いが日本の朝廷にみつぎものをもってやってきた)という解釈がなされています。ところが朝鮮通信使が掲げていた旗には「巡察」と書いてありました。朝鮮通信使は、朝鮮の辺境で暮らす日本を見守って回っていたのです。


syoei

『対決! 日本史 戦国から鎖国篇』(小社刊)

安部 それはおもしろいなあ。「朝貢」と「巡察」では意味がまったく違いますからね。大真面目に翻訳せず、適度にサボタージュしていれば、摩擦や衝突を避けられるあかしです。
佐藤 自分たちがやっていることの意味を、えてお互い正確に翻訳しない。翻訳しなかったおかげで、朝鮮通信使と日本の関係は平和裏に成り立っていました。それを真面目に翻訳し始めると、国と国との関係は面倒くさくなってしまいます。翻訳という概念が政治に入ってきたせいで、近代になってからさまざまな紛争の原因となってしまった。そんな話が與那覇潤さんの『翻訳の政治学』という本に書いてあるのです。
韓国では、ちょっと前にユニクロのコマーシャルも大問題になりました。13歳の女の子(黒人)が98歳のおばあちゃん(白人)に「私の年齢の時には、どんな格好をしていたの?」とたずねると、おばあちゃんは「昔のことは、忘れたわ」と答えるのです。
韓国語版のCMではこれに「まさか! 80年前以上前のことを覚えているかだって?」という字幕がつけられました。このCMが「日本企業は80年前の慰安婦問題を忘れたというキャンペーンを展開している」と大変な反発を招き、ユニクロは謝罪してCMを中止しました(2019年10月21日)。「それだけでは済まされない」と言って、韓国ではものすごい騒動になりました。
安部 うーん、ユニクロのお店は韓国にもたくさんあるわけですし、いくら何でもそういう意図でCMを作ったわけではないと思いますけどね。
佐藤 ええ、ユニクロはそういう意図はもっていなかったことは間違いありません。日韓関係が緊張しているタイミングでそういったCMを流したせいで、意図せざるところで要らぬ反発を招いてしまいました。翻訳の話と関係しますが、今の日韓関係の文脈を慎重に読み解いて言葉を選んでおけば、こうした事態は未然に避けられたはずです。

慰安婦問題と歴史認識問題

佐藤 慰安婦問題はいつも歴史認識問題の一部にくくられるのですが、僕は歴史問題としてはとらえられないと思うのです。慰安婦問題はahistorical(非歴史的)な問題ではないでしょうか。
安部 慰安婦問題は過去の一部、歴史の一部ではなく、今現在も続く連続性のある問題として、人々がとらえているということですか。
佐藤 ええ。アメリカにおいても韓国においても、慰安婦制度は女性に対する深刻な人権侵害として、今この瞬間の問題としてとらえられていると思うのです。日本人にとって、広島・長崎の原爆体験が「過去の一部」ではないのと同じです。
安部 佐藤さんの言葉を借りれば、原爆投下は「非歴史的問題」ということですね。
佐藤 そうです。今この瞬間、再びああいった核戦争が起きれば世界はどうなってしまうのか。日本人の心の中にはそういう想像力が働いているから、核廃絶という課題は非常なリアリティをもって迫ってくるのです。
ヨーロッパにおけるナチズムもそうでしょう。ナチスによるホロコースト(Holocaust=ユダヤ人の大虐殺)は歴史の一部、過去の一部ではありません。ナチスが使っていたハーケンクロイツ(かぎじゅう)のマークは、人間の不安心理をかき立てるデザインとして非常に優れているとも言えます。でもこのマークは、デザインとして絶対に二度と使うことは許されません。加害者側の国が「過去の歴史」と割り切れても、被害者側の国にとっては「今も続く苦しい現実」なのです。
余談ですが、15歳のときにソ連・東欧へ一人旅に出かけたとき、旅行社の人から「まんじマークが入っているお守りをもっていくのは気をつけてくださいね」と注意されました。
安部 地図上で「お寺」を示す「卍」マークは、ナチスが使っていたハーケンクロイツとは向きが逆ですし、角度も異なります。
佐藤 でも両者はよく似ていますから、ソ連や東欧の出入国時にトラブルになる可能性があるのです。旅行社の人からは「せいがんにも注意してください」と言われました。
安部 「征露丸」の名前の由来は、ロシアを征伐するということです。それが問題なのでしょうか。
佐藤 「露」がロシアを連想させるのがまずいのではなくて、正露丸は丸薬なので、麻薬と間違えられることがあるのです。だから「正露丸をもっていくのではなくて、錠剤のセイロガン糖衣Aをもって行ってください」とアドバイスを受けました。ああいう丸薬型の薬は、ヨーロッパにはないようなのです。
安部 正露丸はかなり強い匂いがしますから、麻薬犬に見つかったらたまらない。(笑)

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