対決!日本史

第3回 「世界史」と「日本史」の学び方

第3回 「世界史」と「日本史」の学び方

このほど安部龍太郎氏(作家)と佐藤優氏(作家・元外務省主任分析官)の対談本『対決! 日本史 戦国から鎖国篇』(発売日2020年6月5日 予約受付中)が上梓されるにあたって、本書の一部を「潮WEB」で無料配信します。第3回までの配信分が、『対決! 日本史 戦国から鎖国篇』の第1章「乱世を生き延びるための『史観』」です。

世界史と日本史を分離する高校教育の弊害

安部 現行の高校教育では、日本史と世界史の科目が別々に分離されています。歴史小説を書いている僕から見ると、日本史と世界史を縦割りで分けてしまうことに、そもそも弊害があると思うのです。日本史と世界史は密接に連関しているし、もっと言うと両者は地続きだと思いませんか。
佐藤 私は1988年から95年まで、在ソ連(ソビエト社会主義共和国連邦)・在ロシア日本国大使館で外交官として勤務していました。この間にソ連崩壊がありましたので(91年12月)、ソ連からロシアへの大きな体制転換をこの目で見ています。
ソビエト時代、あの国には「世界史」というくくりの科目がありませんでした。
安部 ということは「ソ連史」しかなかったのですか。
佐藤 そうです。要するに「世界史はソ連史にしゅうれんされている」という考え方なので、世界史もソ連史も同じカテゴリーだったのです。旧ソ連のクレムリン(現・ロシア大統領府)は「ソ連を中心とする共産主義革命は全世界へと広がっていく過程にある。やがて最終的には全世界が共産主義国家になるのだ」と本気で考えていました。だから当然のことながら、世界史はソ連史の中にスッポリ収まるのです。
資本主義陣営のアメリカにおいても、歴史教育は「history」という一つの科目しかありません。一般の教育課程において、世界史はアメリカ史、自国史に全部吸収されているのです。

第3回★

安部龍太郎氏

安部 ところが日本では、昔から世界史と日本史を二本立てで分けて教えています。
佐藤 日本語の科目名については「日本語」ではなく「国語」ですが、歴史の科目名は「国史」という言い方ではなく「日本史」です。考えてみると「日本史」ってやや突き放した言い方だと思いませんか。
日本をベースとした歴史を眺めてみると、こう見える。今度は世界という観点で歴史を眺め直してみたら、違った見え方がある。同じ歴史を二つの方向から見る作業は、受験生にとっては手間がかかります。でも若い人たちが複合的な視点で歴史を学ぶことは、とてもいいことです。

歴史が苦手な高校生は「世界史A」の教科書を読もう

安部 いまおっしゃった「歴史の相対化」の作業がうまくいっていれば、世界史と日本史が科目として分かれていてもいいんですけどね。でも残念ながらいまの高校教育の現状は、日本史も世界史もお互い孤立しています。しかも「世界史未履修」とか「日本史未履修」とか、そもそも高校で歴史をまったく勉強していない生徒も多いのは大きな問題です。
佐藤 同感です。現在の教育課程では教科書が「日本史A」と「日本史B」、それから「世界史A」と「世界史B」に分かれています。Aは実業学校用で、Bはいわゆる進学校用です。AとBを比較すると、教科書は圧倒的にAのほうがおもしろいんですよ。
安部 大学入試に特化した教科書のほうがつまらない。
佐藤 わかりやすく言うと、Aは「社会に出ちゃうと、もうこのあと歴史を勉強することはない」という前提で作られているのです。Aの教科書では、近現代史が読み物っぽくストーリーてで書かれています。だから僕は、歴史が苦手な進学校の生徒には「まず世界史Aや日本史Aの教科書を読むといい」とアドバイスするのです。
安部 なるほど。二種類の教科書を併用して、まずはAで歴史の流れをおおまかにつかませる。そのうえで、受験勉強に特化したBを併読するのですね。
佐藤 理科系を選択すると、単位の関係で進学校でも教科書は「世界史A」だったりします。これはこれで問題です。さらに問題なのは、理科系の学生はほとんどが日本史を選択しません。それだから、理科系の生徒たちはかわいそうなのです。歴史を勉強したくても、カリキュラムのせいで十分に勉強できないのですから。

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