第一章(承前)
11(承前)
「先日先生のクリニックで拝見したものですね。これが遺留品って……いったいどういうことですか」
孝昭は桜型の紙をつまみ、目だけ慶太郎に向けた。
「同じ形状をした、ピンクの折り紙が弁護士の転落事故現場から見つかったんです。裏の白地に『優秀』と書かれ、朱色の二重丸がされていたそうです。それと同じように」
慶太郎は彼の手と顔に目をやる。紙片の震えは、心臓からの振動だろう、にわかに激しくなっている。
「そ、そんな、そんなこと、あるはずない……姉がそんなことをするはずないじゃありませんか」
「僕も、そう思っています。だからこそ古堀さん、あなたにお話ししているんです。警察の捜査に支障をきたしかねない秘密の暴露になると、分かってのことなんです」
いま孝昭を動揺させたまま、友美のカウンセリングを行うことはできない。元々敏感で繊細な友美は、孝昭の小さな心の変化にも反応するからだ。今後も彼の協力なしに友美の治療はできない。
「ではどうして、これが転落現場にあったんですか。痴漢対策用のスプレーの成分が弁護士に付着していたってことは、それを使った後に石段から突き落としたってことですか」
孝昭は紙片を離した右手を自分に引き寄せ、左の掌で包み込んだ。すでに彼の頭の中では、友美が現場に立っている映像が動き始めている。目の前の紙片と、小学生のとき見た、友美が破り捨てたものがオーバーラップしてしまっているようだ。
「これは、お姉さんが所持していたものではありませんし、現場に落ちていた実物でもない。それに、これを持っていた人物が弁護士さんを突き落としたと決まったわけでもないんです。いったん冷静になってください、古堀さん」
と呼び掛けた。
「は、はい。深呼吸、ですよね」
孝昭は胸を膨らませたが、咳が込み上げて上手く息が吸えない様子だ。このまま浅い呼吸が続くと過呼吸になる。
事件に関連しているかもしれないという衝撃が大きいのだろうが、友美の過去を思い出し、自分もその頃に戻った瞬間に激しい身体反応を示したように見受けられる。どうやら孝昭にも、少なからず親子間の問題を抱えていた可能性がある。
「古堀さん、僕と一緒に一から十まで、数を数えてみましょう。息は自然でいいですよ」
慶太郎は指を折りながら、数を数える。
「一、二、三、そうです、その調子……」
孝昭は一つ数えるごとに、うなずき、徐々に呼吸が整ってきた。
「八、九、十。先生、ありがとうございます。落ち着きました」
「深呼吸が上手くできないときは、今のように十数えてください。そして落ち着いたら、また深呼吸をするといいですよ」
「すみません、私がこんなことでは」
孝昭はうつむいて首を振りながら、情けないという言葉を連発した。
「そんな風に自分を追い詰めないでください。これまでもずっと言ってきましたが、お姉さんのことと同じくらい、自分のことも大事にしないといけません。子供の頃の辛かったこととか、嫌だった思い出がふと頭に浮かんできた場合は、僕に話してほしい。お姉さんの治療に関係ないなんて気遣いは無用です。関係あるかないかは、専門家に任せてください。いいですね」
慶太郎は、孝昭にも「自己開示」してもらおうと思った。「自己開示」は文字通り、自分の考え、経験、人生観などこれまで秘密にしておいたことをさらけ出すことだ。一般的に人間関係を強く結びつける作用があるけれど、カウンセリングでは、自分でも気づかなかった自己に向き合い、それをよい方向へと差し向けることを目的とする。
例えば、友達と喧嘩別れしてそのままになっていることが、ずっと頭から離れないクライエントがいたとする。謝れなかったと後悔しているのなら、喧嘩の直後、顔を合わせなくてよかったと助言する。もし会っていたら「悪かった」という気持ちが生まれることがないほど、関係を悪化させたかもしれないからだ。後悔していることこそが、友情を保った証左だと、方向を転換させていく。喧嘩別れも悪いものではない、と前向きにとらえられるはずだ。
「……先生、そこまで私たちのことを」
「あなたの性格ですから、はいそうですか、そうさせてもらいます、とはいかないでしょう。それはよく分かっています。今やった呼吸と同じようにゆっくり、ゆっくりにね」
と慶太郎は微笑み、普段通りの顔つきで続ける。
「現場にあったこれが、お姉さんのものという仮説で考えてみますね」
慶太郎がテーブルの紙の桜花をまた手に取る。最も悪い状況から始め、徐々にストレスを和らげていく方法をとったほうがいいと判断した。
「姉のもの」
「仮説ですよ、あくまで。ゴミ箱に捨てられた花型の紙をお姉さんが保管していた。その可能性はありますね?」
「ええ、私が見つけることを前提に、捨てたのかもしれません」
孝昭はそれほど考えずに言ったように感じた。熟考しての発言よりも自己開示の度合いが高いと見るべきか。とすれば、小学生の頃に抱いた感情に近いものということになる。
「あなたが見つけることを前提に、というのはどういう意味ですか」
見当はつくけれど、聞き出すのが仕事だ。
「優等生の姉は、私の自慢でもありましたが、比べられる対象としては憎らしい相手でもあったんです。絶対私には言ってもらえないですよ、優秀なんて言葉。それを知っていて、私はこんなもの捨てるほどもらってるって、自慢したかったんじゃないかと思ったのが、正直な気持ちです」
「破って見せることで、わざとあなたの気持ちを逆撫でしたと?」
「僻んでましたから、悪いほうに受け取ったんです。でも悔しさを表に出せなかった。そのほうがもっと惨めだと分かってたんで」
「それならすべてを破り捨てなかったとも考えられますね。ゴミ箱に捨てるのは、あなたが発見するまででいい。目的を達すれば、手許に残したかもしれません」
「現場に残されていたものは、やっぱり姉の……?」
孝昭は悲しげな目で慶太郎を見た。
「そうだとすると、それがどうして弁護士転落現場にあったのか考えなければなりません。その前に、お姉さんと島崎という弁護士の接点があったか否かについては、いかがです? 心当たりはありますか」
「まったく、ありません」
孝昭は即答し、
「と、思います。実家にいるときに知り合ったのなら、私には分かりません」
と言い直した。
「吉田神社の事故がニュースになってから、ご両親と話されましたか」
「一度、電話をしました」
「そのとき事故の話は出ませんでしたか」
「お互いの体を気遣って電話を切りました。とくに姉の様子を気にしてました」
友美が京都に来てから、話題は友美の容態のことばかりだそうだ。
「ご両親が、お姉さんと直接話すことはなかった?」
「それはなかったです。呼んでも部屋から出てこないし、第一本人が嫌がります。嫌がるって言っても、さっきの話じゃないですが、虐待を疑われるような険悪なものじゃなくて、家を出て弟のところにいることが恥ずかしいみたいです。まあ、口うるさいから家出をしたんでしょうから、格好付かないんでしょうね。今さら何を言えばいいんだって、漏らしたこともありました」
「じゃあ京都に来て九年間、顔を合わせることはなかったんですか」
「いえ、当初は両親がうちに来たことが何度かありました。でも姉は部屋に閉じこもり出てきませんでした。そのうち体調がよくなると、少しは話すこともありますが積極的という感じじゃないですね。それでも実家には帰りたがらなかった」
やはり友美と両親の間には、何かある。突然家出をして実弟の住まいに居候する娘に対して、心配することは親として当然の感情だ。だとしても九年という月日を経てなおわだかまっているとすれば、どちらかに許しがたい何かがある。
「お姉さんのほうは、両親のことを気に掛けてますか」
「……心配はしていると思うんですが」
「言葉としては、出てこない。そうですね」
「ですが、憎しみ合うあっているんじゃないんです、本当に……」
「もちろん分かっています。僕が知りたいのは、少なくともご両親はお姉さんのことを心配しているということ。そして、もし亡くなった島崎弁護士さんを知っていたとすると、当然話題にのぼるであろうこと、なんです。その点はどうですか」
紅茶を飲み、少し考えてから、
「母がこんなことを言ってました。テレビで吉田神社が映ってたけど、あんたのアパートの近くやなって。でも、亡くなった人のことには何も触れなかった気がします」
「お姉さんは知っていたが、ご両親は知らない。これも仮説です。そんな関係の弁護士と接点があるとすれば、いつ頃でしょうね」
孝昭は十八歳で京都の会社に就職した。そのとき友美は二十三歳。二十六歳で家出をするまで引きこもりの生活をしていたが、体調のいいときは工務店の経理事務を手伝っていた。
「あなたが高校生のときに、お姉さんが島崎弁護士と知り合うことがあったのかどうか。また二十三歳から京都に出てくるまでの三年間で、そんな機会があったのか。考えてみてください」
慶太郎はコーラのおかわりをしに立つ。孝昭の緊張を解くためだ。コーラディスペンサーの前に立って一息つき、できるだけゆっくりと時間をかせぐ。
ちらっと孝昭を見ると、携帯電話で誰かと話していた。垣間見る表情から、おそらく実家への電話にちがいない。
盆に孝昭の分のコーラも載せた。たぶん冷たい飲み物を欲すると思ったからだ。電話が終わった頃に席に戻る。
「先生」
電話をテーブルに置きながら孝昭が言った。
「電話はご実家に?」
そう言いながら、コーラを彼の前にも置く。
孝昭は礼を言って、
「ええ、父に。そしたら、やっぱり島崎さんなんてまったく知らないそうです。むろん母も。うちは小さな工務店ですが、土地の境界線とか、空き家の相続なんかで相談する弁護士さんが地元にいるんだそうです。単独では予算がないんで、周辺の住宅設備会社や下水道工事会社、電機メーカーが何社か共同で顧問契約してるみたいで。弁護士といえば、その方しか面識はないということです。で、私が実家にいるときは一日の大半を自室に閉じこもってたんで、あんな有名弁護士と関わり合いになるとは考えられません」
とコーラを口に含む。
「なら、九年前、京都に来てからの関係しか残ってませんね」
「かなり調子が良くなってましたけど、買い物ぐらいしか外出してないです」
孝昭は首を垂れた。
「とはいえ二十六歳から三十五歳までの期間に接触したとします。するとこの優秀の紙の存在がおかしくなる。中学生のときにもらった、こんなものを持参して何をしようとしたのか分かりません。結論から申します。現場に残されていた紙の優秀の文字は、筆跡から島崎さんが書いたものである確率は高いそうです」
「じゃあ姉は中学の頃に」
「お姉さんが中学生のとき、島崎さんは二十四歳で神戸の大学に通っていた。接点があるようには思えません」
「何が何だか分からない」
「ここでもう一つの仮説です。現場のものと、あなたがゴミ箱で見た桜型の紙は別物だ。つまり現場にお姉さんは行っていない。それを証明したいんです」
孝昭に内緒で指紋を採取することも考えた。しかしそれはどう考えても、信頼関係を最も重視しなければならない精神科医のやることではない。自分の仕事は、犯人さえ特定できればそれで終わりではないのだ。
友美の新聞記事への尋常ではない反応には何かがある。彼女の指紋が出るか、出ないかにかかわらず、その後も友美はクライエントだ。心を癒やしてやらなければならない。それは孝昭も同じだ。きちんと事実と向き合うために、慶太郎がこれからやろうとしていることの意味を理解していてほしい。
「証明なんてできるんですか」
「そのために、嫌なことをお願いしないといけません」
慶太郎は、今日のカウンセリングの際に友美の指紋を採取したい、と告げた。
「指紋が一致しなければ、桜型の紙は二種類あったということになります。お姉さんが中学生の頃もらったものと、別の誰かがもらったもの。その誰かが、島崎さんにスプレーを噴射し、石段から突き落とした犯人ということになります」
「姉じゃないことが証明される……」
孝昭は新しいおしぼりの封を切った。彼は緊張すると手を拭う癖があるようだ。
「奇妙な偶然だったということです、これは」
慶太郎は、桜型の紙を手帳に挟み、カウンセリングでの手順を話した。
12
孝昭は本宮医師を伴い、自宅に入った。鍵を開ける手が震え、そこでも十を数えなければならなかった。
「ただいま」
と声をかけ、中に入る。
リビングテーブルには、友美が昼食として食べたコンビニのサラダ、冷麺のプラスチック容器が出し放しになっている。孝昭はそれらを素早くシンクに片付けた。
「お邪魔します」
と言う本宮医師と共に、座卓のある居間へと進む。
「こんにちは、本宮慶太郎です。この間、テレビに出たんですが、見てくれましたか」
本宮医師が襖に近い場所から言った。
今回のカウンセリングも、やはり部屋から出てこようとしない友美と本宮医師の、襖越しの会話から始まった。
中で物音がして、友美が襖に近づいてくる気配があった。その反応の早さが、孝昭が声をかけるときとはちがう。
孝昭は冷蔵庫から麦茶のペットボトルを取り出すと、コップと一緒に卓に置き、
「姉ちゃんに頼みたいことがあるんだって」
と立ったまま声をかけた。打ち合わせたとおり、友美が出てきたら本宮医師の隣に座れるようにスペースを用意しておく。
「そうなんです、友美さん。テレビ撮影で付けていたブローチの評判が良くなくてね。手を加えてほしいんです」
本宮医師は襖に耳を近付ける。
その様子を見ながら、頭に桜型の折り紙がよぎる。
ゴミ箱に捨てられたピンク色の紙片、あんなものが二つも存在するのか。そんな偶然があるだろうか。本宮医師の言葉を疑いたくはない。彼は自分の手の内を明かしてくれているのだ。単に事件への興味で行動しているのなら、秘密裏に指紋を採取することもできた。
それは頭では分かっている。けれど父の友美への虐待疑惑に続いて、指紋の話が持ち上がれば、気持ちがぐらついても仕方ないではないか。今は、信じることより、疑わないでいるほうが難しい気さえする。
何より、もし友美の指紋と一致すればどうなる。その場合でも、本宮医師は友美の味方でいてくれるのか。相談に応じてくれるのだろうか。
孝昭は本宮医師に悟られぬよう、心中で十を数えたが、動悸とよからぬ思考は止まらない。
友美が発作を起こしたとき、吉田神社の名を出したら「孝昭、あんた、何でそれを……」と言って、表情が変わった気がした。そして、近くで人が死んだことは誰もが怖いと慰めた直後の言葉が「あんたは何も分かってない」だった。
あれは、友美自身が事件に関与したことを仄めかしていたともとれる。
関与とは──。
孝昭は自分の頬を拳で小突いた。そんな恐ろしいことをしていたのなら、あの程度の発作で収まるはずはない。いや、壊れやすい友美が事故から三週間、引きこもってはいるものの大きな発作を起こさず暮らしていることをどう考える。ない、絶対にあり得ないことを物語っているではないか。
「……僕は、ふくろうも猫も好きなんで、どちらでもいいんですが」
本宮医師の一方的な話しかけが続いていた。
「ただ、この前、ここのテレビ台にある猫を見て、リアルなのもいいなと思ったんですよ。このモフモフ感、つけごたえあるなって。僕のふくろうは古い。一昔前のフェルト細工ですよね。ちゃんとお金払いますんで、やっぱり猫のブローチを作ってくれませんか。お願いします」
本宮医師は、少し声を低めた。営業では懇願するとき、むしろ大きな声を出すのだが、これも心理的な手法なのだろうか。
襖の向こう側で畳を擦る足音がした。
「視聴者って、けっこう見てるもんなんですね。きっと評判になります」
「猫は、いま人気だから」
と友美が襖を開き姿を見せた。
「こんにちは。とびきり可愛く、本物そっくりの猫を頼みます」
本宮医師は、いつの間にか手にしていたブローチが入った透明のポリ袋を、友美に見えるよう持ち上げた。
「どれだけ下手に作っても、それよりはリアルで可愛くなります。そこで待ってて」
「この袋に入れて持って帰りますので、お願いします」
友美は袋を奪い取るようにして、部屋に引っ込んでしまった。
本宮医師の声が追いかける。
「あの、どれくらい時間がかかります?」
「前に作ったものがあるんで、それをブローチにしますから、三十分ほどで」
襖越しの友美の返事は、いつもより力がこもっているように聞こえた。
本宮医師が軽くうなずく。
孝昭は、本宮医師と世間話をしながら座卓に出したポテトチップスをつまむ。治療を目的とした訪問ではないと、友美に感じさせる演出の一つだと本宮医師は言っていた。
だから吉田神社に結びつく文言は使わないように申し合わせしている。それ以外は本当にたわいもない雑談だ。
はじめは、野球が好きな孝昭に本宮医師が付き合ってくれた。関西人なのに西武ファンなのは、球団のメインキャラクターであるレオが好きだからだという話から、その作者である手塚治虫へと話題が移った。
「手塚漫画は、リアルタイムで読んでないんで、よく知らないんです。たまたま大津の散髪屋さんにあった『ジャングル大帝』が面白くて。これが西武に使われてるのかって、球団を応援するようになりました。先生はリアルタイムですよね」
「いや、そんなこともないです。小学校に上がるか、その前くらいに読んだ『ブッダ』が最初だったんじゃないかな。雑誌の連載だったと思います。だから、アニメのアトムもジャングル大帝も見てません。だいぶん後になって再放送で知ったんです」
本宮医師がノートに何かを書いて、こちらに向けた。
そこには『絵や芸術の話は、この後のカウンセリングに役立ちますので、とてもいいですよ』とあった。
孝昭は一つうなずき、
「『ブッダ』ですか。子供には難しいでしょう? 私は大人になってから読みました。五年ほど前だったかな」
と話を継いだ。
「釈迦の人生ですから、それは奥深い。五、六歳児に内容が分かるはずありません」
子供だった本宮医師は、内容よりも修行に出たばかりのシッダルタ、後のブッダが動物たちに話しかけるシーンの、トリやウサギ、魚や草木に至るまでに優しく注がれるまなざし、柔らかな表情に魅力を感じたのだと言った。
「漫画なんですけど、人間らしいっていうのはこういう顔つきなんだなって思いました。その反対に苦痛に歪んだ人の表情を嫌うようになりました。そりゃ僕らは、生身の人間ですから嫌なこと、苦しいことも悲しいこともあります。病気だってしますし、辛い別れも必ずある。そんなときに穏やかでいられるはずはない。でもそれを不幸の種にしてしまうか否かは、やっぱり心で決まる。そう思って精神科に興味をもった部分もあるんです。まあ、そう簡単ではなかったんですが」
「先生が精神科医になろうと決めたのは、そんな子供の頃だったんですか」
「いや、いや、それはもっともっと後です。『ブッダ』では病人を懸命に看病するシーンが出てきますから、薬学とか医学に精通する人への憧れは芽生えていたでしょうけどね。精神科医になると決めたのは阪神・淡路大震災です。まだ日本では新しい医学でもあり、興味もありましたが専門医になる覚悟はなかった。研修医だった僕も現場に駆り出されましてね。そこで自分のことも省みず患者と向き合う先生たちに出会った。その姿と『ブッダ』の看病する絵とが重なったのかもしれません。こじつけになるかな」
震災後ひと月が経った頃、体の傷は徐々に癒やされていくけれど、心的外傷後ストレス障害の傷はむしろ深くなることがあって、それが突然パニック発作を起こすのを目の当たりにした。大震災の避難所でのことだった、と本宮医師は述懐した。
震災が起こったのは、孝昭が五つのときだ。大津市内も激しい揺れで、飛び起きてテレビをつけると、アナウンサーが震度五だと叫んでいた。早朝の薄暗さが妙に不気味に感じたのも、この日がはじめてだ。余震が来るたび、不安で堪らなかった。
その日から両親や工務店の職人の動きが慌ただしくなり、ただ事ではないと、姉弟で話した。多くの家の修理で忙しくなるから、いい子にしてないといけない、と言った友美の真顔もしっかりと覚えている。あのとき経験した以上の地震が、十六年後に東日本で起こるとは思ってもみなかった。
東日本大震災の報道を見るたび思い出し、恐怖や不安も蘇る。そんなことを孝昭は本宮医師に話した。
「心的外傷後ストレス障害を発症した方も多いんです。恐怖体験もひどくなると、逆にまったく覚えていない人もいます。脳には記憶されているんですが、それと思い出すための回路を無意識に遮断してしまっているんです」
「そんなこともあるんですか。でも、嫌なことなら忘れたい。そのほうが幸せなんじゃないです?」
営業先での小さな失敗でも、思い出したくない。夢に出てきて、冷や汗で目が覚めることさえある。
「いま言ったように、記憶はしてるんです、脳の記憶野に。それが厄介なんですよ。何かの拍子に、フラッシュバックしちゃうから。予測できないとき、場所で、ね。トラウマそのものを覚えてないので、当人にとっては脈絡がない恐怖です」
自分では経験したことがない恐ろしい場面や、音、匂い、触感が急に襲ってくる。予期しない分だけ精神的な衝撃は大きいと、本宮医師は説明した。
「心構えができないってことですね。聞くだけで怖いです」
孝昭はティッシュペーパーで手のひらを拭った。汗のべたつきが気になった。
「酷ですが、治療のためには、しまわれているトラウマと記憶との回路をつながないとなりません」
「思い出すということですね」
「ええ。何がトラウマを思い出す引き金になるかを、あらかじめ知ることで反応に対応し、それを緩和していくんです」
「それで良くなるんですか」
「症状にもよりますし、カウンセリングだけでは難しいこともあります。いろいろな方法を駆使し、それで回復した方もいらっしゃいますよ。ただそれは、僕たち医師の力じゃなく、ご本人の力です。寄り添いながら、弱った患者さんの生命力を元気にしてあげることしか、僕らにはできません」
本宮医師は襖を見た。そして、
「阪神・淡路大震災のときに、避難所でのカウンセリングをやったチームに凄い先生がいらしたんです。その先生が後の著作にこんなことを書かれた。『心的外傷から回復した人に、私は一種崇高ななにかを感じる。外傷体験によって失ったものはあまりに大きく、それを取り戻すことはできない。だが、それを乗り越えてさらに多くのものを成長させてゆく姿に接した時、私は人間に対する感動と敬意の念を新たにする』。何度も何度も読んでいるうちに覚えてしまいました」
と言った。
そのとき奥の部屋で物音がした。
薄い襖一枚、そのすぐ側で話す声は、ほとんどが筒抜けだ。
カウンセリングの原則は対面だけれど、それは自らの足で診療所に来たときのことだ。診療そのものを望まないクライエントには、漏れ聞こえる言葉のほうが耳に入ることがある、と本宮医師は打ち合わせで言っていた。
友美は二人の会話を聞いていたのだろうか。
「友美さん、できました?」
本宮医師が声をかける。
「もう、もう少し、です」
友美の鼻声は、すぐそこから聞こえた。襖に近い場所にいたようだ。
「話しながら、作業ってできるんですか」
「できますけど」
「じゃあ、話してもいいですか」
本宮医師は、軽い調子でさらりと聞いた。
返事がない。
孝昭は神経を耳にそそぎ、またティッシュに手を伸ばした。
〈つづく〉