対決!日本史

第2回 乱世を生き延びるための「史観」

第2回 乱世を生き延びるための「史観」

このほど安部龍太郎氏(作家)と佐藤優氏(作家・元外務省主任分析官)の対談本『対決! 日本史 戦国から鎖国篇』(発売日2020年6月5日 予約受付中)が上梓されるにあたって、本書の一部を「潮WEB」で無料配信します。第3回までの配信分が、『対決! 日本史 戦国から鎖国篇』の第1章「乱世を生き延びるための『史観』」です。

「源平の合戦」と「南北朝の騒乱」を東アジアから考える

安部 日本史を注意深く見ていくと、日本が大きく変わる契機は貿易の影響であることが多いのです。平安時代の終わりに起きたげんぺいの争乱(1180〜85年)は、にっそう貿易によってへいが経済的な力をガンとつけたことによってぼっぱつした内戦でした。14世紀に勃発した南北朝の騒乱は、にちげん貿易の影響です。
佐藤 中国大陸で元が退潮し、みんという高度国防国家が新たに誕生しました。日本は明とどう付き合っていけばいいのか、東アジア地域の大きな秩序変化の中で南北朝の騒乱は起きています。
安部 中国大陸には強大な権力を握る皇帝がいて、日本は力が弱い周辺国です。中国の体制に変化が起きれば、日本はもろにその影響を受けました。戦国時代には、なんばん貿易による経済構造の変化が騒乱の原因となっています。幕末にしても現代にしても、日本史は常に周辺諸国からの影響にさらされながら変化を繰り返してきたのです。
古墳時代以後の日本史を見渡すと、外国との貿易が盛んになることによって、国内に経済構造の変化が起こっていることが一貫して見て取れます。経済の発達によって国内に「もてる者」と「もてない者」の格差が広がる。日本に根づいてきたりつりょうせいと農本主義的な体制が、重商主義的な体制へと変わっていくのです。
佐藤 農業や漁業中心の社会に商業が入ってくれば、社会構造は根本から変わりますからね。
安部 その変化が日本社会の騒乱を生んできました。外国との貿易が盛んになればなるほど外圧的な要因が増し、国内の政治経済が変わっていく。こうした変化の流れは、日本史の中で背骨のように一貫してつながっているのです。まずそれを理解するだけで、日本と世界の関わりがどれだけ深いかがよくわかるでしょう。
佐藤 いまのシベリアにあたる地域を考えてみても、おおみなと(青森県の港町)からのネットワークは古代からずっとありました。
安部 そのとおりです。ちょうど僕は、鎌倉末期に起きた安藤氏(津軽の豪族)の乱を歴史小説に書き終えたばかりなのです(『太平記 十三の海鳴り』集英社)。安藤氏が津軽地方でなぜあんなに強大な力をもっていたかというと、北海道に住んでいるアイヌの人たちとの北方交易があったからでした。
アイヌの交易圏は、ユーラシア大陸のアムール川の流域まで広がっています。そこから入ってくる海産物やたかの羽など、いろいろなものを京都や鎌倉へもっていくと、ものすごく高く売れるのです。「交易から見た日本史」という視点で歴史を眺めると、歴史の見え方がダイナミックに変わってきます。

織田信長の火縄銃の火薬は輸入品

佐藤 江戸時代というと、みんな「日本は鎖国していた」という固定的なイメージで見ています。でもまつまえくち(北海道南西部)とオホーツク海は、鎖国の間もアイヌの交易路が生きていました。長崎の対馬つしま口と朝鮮半島には、朝鮮通信使による交易路が開いていたわけです。
長崎のじまにあった長崎口では、明やしんとの交易路が開いていました。さつ口(りゅうきゅう口)と明との間には、琉球使節による交易路が生きていたわけです。

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佐藤優氏

「鎖国」を現代の言葉で訳すならば、「日本の安全保障上脅威がある国との関係を断った」というだけの話でしょう。鎖国政策を取りながらも、当時の日本のサイズとして必要かつ十分な対外関係は依然として続いていたのです。
安部 おっしゃるとおりです。鎖国中にすべての外国と断交していたわけではなく、あれは日本が生き延びるための一種の外交政策でした。
僕は常々「戦国時代を鎖国史観で語るべきではない」と主張しています。「のぶながは鉄砲で天下を取った」とは教科書にも記されていますが、そこには「信長は火薬となまりの弾をどこから調達したのか」という視点がスッポリ抜け落ちているのです。
戦国時代の黒色火薬は、硫黄いおうしょうせきと木炭を原料として作られていました。硝石は日本では産出しない鉱物です。やがてかいこふんを使って硝石を作る方法が見つかったわけですが、信長の時代には蚕の糞だけでは火薬作りが全然間に合いません。だから信長の軍が使っていた硝石は、ほぼすべてが輸入品なのです。
佐藤 知りませんでした。戦国時代の真っただ中に、そんなに大量に武器を輸入していたのですか。
安部 最近の研究では、弾の原料でもある鉛の70〜80%は輸入品だと言われています。20年にわたって全国の古戦場から鉛弾を集めて成分分析して、どこの鉱山で掘られた鉛か徹底的に明らかにした調査があるのです。
佐藤 輸入元はどこが多いのですか。
安部 国内産が4分の1、朝鮮半島が4分の1、残りは東南アジアからの輸入品です。鎖国史観で語られた戦国時代史には、南蛮貿易による「軍事物資輸入」という視点が抜け落ちています。
そこを理解せずに「信長が強かった」だのと「たけしんげんが強かった」だの議論したところで、議論そのものが成り立ちません。だって火薬や鉛玉の輸入ルートをもっていなければ、戦争で鉄砲を使えなかったのですからね。

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