創価学会学生部員と『世界宗教の条件とは何か』を語る

第3回 民衆の側に立つリーダーの要件

第3回 民衆の側に立つリーダーの要件

無責任なことをいくらでもいえる野党

佐藤 日本共産党をはじめとする野党は、きれいなことがいくらでもいえます。福祉政策でも教育政策でも、野党は予算について考えなくてもいいからです。与党は予算の財源が確保できていない政策については、無責任なことはいえません。そのかわり与党がいったことは現実になります。
平和に関しても、野党だったらおなかいっぱい最大限の要求ができるわけですよ。与党は現実の歩留まりの中で、ギリギリのところで平和に向けた足かきをしていかなければいけません。

すると、創価学会が全力を挙げて支援している公明党がどこか日和見主義のように見えたり、あるいは権力の魔性に取りかれて平和を裏切っているように見えるときが君たちにもあるかもしれない。そのときに「そうじゃないんだ」と言い切るためには社会学的な知識も要るし、もちろん信心も教学的な理解も必要です。
共産主義の思想をもつ共産党がどういう体質に冒されていて、創価学会や公明党のどこを攻撃してくるのか。あるいは共産党系の有識者が、どういうロジックで攻撃を仕掛けてくるのか。皆さんはそこを鋭く見抜いていかなければいけません。

満たされない思いを抱えて鬱屈している人が、どういう心理状態にあるのか。心理学の観点から、そこを見抜く必要もあります。たとえば「研究者にまったくなりたくない」と思っている大学院生はいません。ところがいまは研究者のポストを得るのが非常に大変でしょ。大学の教育費が削られてポストはなかなか空きが出ないし、「ポスドク」(博士号を取得したあとポストを得られずにいる研究者)が大勢あふれています。研究員や助手、准教授といったポストを得られるかどうかは、偶然の要素も大きい。
 すると研究者の卵は「いま自分が置かれている場所で、自分は正当に評価されていない」という思いをもちやすいのです。たとえば、そういう研究者の卵の学会員がいたとすると、その鬱屈した思いを晴らすかのように、創価学会と公明党を恣意的に批判する本を出したりする。すると書評が出たり著者インタビューを受けたりして「こんな自分が世間から注目されている」「この路線でやっていけばマーケットの需要があるのだ」と勘違いしてしまう。こういう誘惑にハマり、そこから抜け出せなくなってしまう危険もあります。

自分が取っている行動は、いま本当に平和のために役立つものなのか。有識者である皆さんは、そのことをつねに考えていかなければいけません。ここは皆さんにとって複雑な応用問題です。
学生部の皆さんは、将来どの分野に進むにしても、社会においても創価学会においても、指導的な立場をになうリーダーになっていく人たちです。指導的な立場を担うということは、民衆に奉仕するということではないでしょうか。民衆に奉仕する立場の人が、増上慢なリーダーになってしまったら大変です。
若い学生たちはときどき、野党的な気分になって暴走してしまうことがあるから注意が必要なのです。在野精神をもつことは学生の特権ではありますが、そのうえでいかに与党の立場、民衆のリーダーの立場で平和を実現していくか。なかなか難しい課題ではありますが、この応用問題をじっくりと考えていってください。

同志社大学神学部での学生時代

長谷部梨絵(慶應義塾大学4年) 私は学会3世です。父親は母親と結婚するときに入会しました。率直にいうと、創価学会の信仰をもつ家庭に生まれて、ある種の生きづらさを感じることがあります。それは、学会活動や会合の予定が詰まっていると「なんでそんなに忙しいの?」とまわりの友だちからすごく不思議がられることです。
そのとき、自分が信仰をもっていることを打ち明けるべきかどうか。そのタイミングが今なのかどうか。「今じゃないな」と感じたときには、「今日は会合があるから」という理由をやわらかに伝えなければいけません。そういうときは、友だちに対して誠実でありたい気持ちとの板挟みになります。ただし私は「学会活動が嫌だな」とか「信心をやめたいな」と思ったことは一切ありません。

私がフランスへ留学していたとき、キリスト教からSGIに改宗するメンバーとたくさん出会いました。「なんで改宗したの?」ときくと、「SGIにはculpabilité(フランス語で「罪」)がないから」というのです。佐藤さんは創価学会にこれだけ理解を示されながら、プロテスタントの信仰を貫かれています。佐藤さんが信仰を貫くうえでの原点はどこにあるのでしょうか。

佐藤 私は埼玉県立浦和高校の出身なのですが、この学校の体質が当時はあまり好きではありませんでした。大学受験から逃げているところもあったんだけど、高校生時代は同時に自分のやりたい勉強を探していたのです。
私の母親はプロテスタントのキリスト教徒でして、私自身も洗礼を受けてキリスト教徒になりました。高校生時代にすでにマルクス主義の影響を受けていたこともあって、キリスト教的なざんを取り去らなければいけないと思ったのです。そこで私は無神論を勉強しようと考えました。当時、無神論を勉強できる大学は、同志社大学神学部しかなかったのです。そこで同志社大学を受験することにしました。

現在は各大学の神学部で、入学するにあたって洗礼を受けているとか、牧師や神父の推薦状は必要ありません。当時は同志社大学神学部以外では、全部洗礼や推薦状が必要でした。
同志社大学の先生たちは自信があったわけです。何らかの形で自分たちの門をたたいてコミットしてくる人間は、たとえ攻撃的に突っかかってくる学生であっても、自分たちの力をもってすれば半年くらいでひっくり返せる。そのことを同志社大学神学部の先生たちは経験的に知っていました。マイナスの関心であっても、その関心をプラスに転じさせることができる。熟練した神学者にとってみれば、これは簡単なことでした。

同志社大学に入って驚いたのは、教師がとても優秀だったことです。当時の日本の神学部は、博士号をもっている先生はほとんどいませんでした。ところが同志社大学神学部では、ドイツやアメリカの大学で博士号を取っている人がほとんどだったのです。英語もドイツ語も、まるでネイティブのようにたんのうでした。
なんでなんだろうと思ったら、その人たちは戦時中に同志社大学神学部に入ってきた人たちなのです。戦前の同志社大学神学部は、日本の総合大学の中で唯一の神学科でした。しかも全寮制だった。どうして全寮制だったのかというと、ほとんどの学生が勘当されてきたからです。アメリカ系の学校だということに加えて、あいつらはキリスト教なんて信じるはんこくたい思想の連中だと白眼視されました。京都市内の教会は、在日朝鮮人以外ほとんどいなかったくらいですからね。あとは牧師と家族しかいない。

それはそれはキツイ状況の中で、戦時中の同志社大学神学部の学生は勉強していました。さらにいうと、そんなキツイ状況であることに加えて、いつ徴兵に取られるかわからない。文字どおり生きるか死ぬかという中で勉強してきたから、ほかの学生とは根本的に気合が違うのです。
親元を離れて同志社大学神学部に進学してから、私はキリスト教と二度目の出合いを果たしました。そして大学1回生冬に洗礼を受けました。あのころの経験が、プロテスタント信者としての私の原点となっているのです。

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