創価学会学生部員と『世界宗教の条件とは何か』を語る

第3回 民衆の側に立つリーダーの要件

第3回 民衆の側に立つリーダーの要件

このほど佐藤優さんの創価大学課外連続講座をもとに編んだ新刊『世界宗教の条件とは何か』(小社刊)が出版された。同書は創価学会学生部メンバーの間で大変な反響を呼んでいる。そこで2019年11月23日、作家の佐藤優さんと創価学会学生部メンバーとの座談会が開催された。参加したのは、首都圏の大学・大学院に通う15人の代表。「佐藤優白熱教室」の模様を、全9回連載でお届けする。学生の氏名は仮名。

「聖教新聞」を通して、創価学会の理解が深まる

滝沢英二(横浜国立大学大学院修士課程2年) 私は創価学会3世です。父方の祖母の家系は浄土真宗でして、祖母は学会員ではありません。父は、母の紹介で入会して結婚しました。
私は生まれたときから入会しているのですが、子どものころから、祖母と話をするときに、創価学会の話題がどうしても引っかかっていました。たとえば祖母からもらった果物やお菓子を仏壇に備えているという話をすると「それをお供えしているのはどの御本尊なんだ」と、祖母の口調がすごい剣幕になるのです。
いまでは、祖母は私たちの信心に理解を示してくれるように変わっています。「聖教新聞」を通して、池田先生(創価学会第3代会長)のすばらしさを知るようになり、弟が通う創価大学の学費まで払ってくれるようになりました。信心に反対していた祖母が変わっていく姿を通して、創価学会の正しさを証明することの大切さを学ぶことができました。

佐藤 優 いまのお話を興味深くうかがいました。キリスト教ではイエスがさまざまな土地へ布教に行くのですが、1カ所だけ成功しなかった場所があります。それはナザレというところで、イエスの出身地なのです。イエスは「故郷では預言者は受け入れられない」と捨てゼリフをついて出て行きました。最後は母親が信者になったのですが、母親も当初はイエスに対して冷ややかだったのです。


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佐藤優著『世界宗教の条件とは何か』(小社刊)

自分の周囲における折伏しゃくぶくは、本当に大変ですよね。公明党の山口那津男代表も苦労なさったそうです。山口代表のお母さんは難病でくなっていく子どもたちの先生をやっていて、お父さんは気象台に務めていました。お父さんが入会したのは、だいぶあとになってからだそうです。入会は自分のほうが先だったと述懐されていました(佐藤優・山口那津男著『いま、公明党が考えていること』潮新書、43ページ)。

滝沢さんのおばあちゃんは最初は信心に猛反発していたのに、「聖教新聞」をちゃんと読むようになった。「聖教新聞」を通して、学会への理解が深まっていった。マイナスからスタートしてそこまで変わられたのですから、すごい前進です。滝沢さんはじめご家族の信仰の力が、おばあちゃんの心を動かしたのでしょう。とても立派なことだと思います。

平和運動を進めるためにどのような団体・個人と対話すべきか

滝沢 国際社会の2030年に向けての指標である「SDGs(持続可能な開発目標)」について、創価学会においては、たとえば、ブラジルの「創価研究所――アマゾン環境研究センター」の活動を通して、森林の再生に取り組むなど、その普及と推進に貢献をしています。個人的にもSDGsについて、強い関心があるのですが、学生部として、こういう問題に関して、どういった団体や個人と対話していくべきでしょうか。

佐藤 滝沢さんは大学院生ですよね。まずは自分の周囲にいる人たちと仲良くし、新たに友だちになってくれそうな団体や個人との関係を強化していくことが大事だと思います。大学生や大学院生であれば、有識者と関わることもあると思います。有識者のなかには、創価学会について無知なだけで敵対心をもつ人もいます。そういう有識者と対話を進め、少なくとも中立の立場に立ってくれそうな人が見つかったら、たとえば講演会を企画してみるとか、大学の先生に対話を働きかけてもいいと思う。
ただし、なかには創価学会を攻撃することをビジネスにしている有識者もいるから注意してください。そういう人に接触すると、悪意をもった彼らから利用されてしまいます。アンチ創価学会の意見をもった真性の敵は孤立させる。反対に味方を強化する。有識者と対話を進めるときには、こういう二段構えのアプローチを取るといいと思います。

平和運動や格差是正といった社会運動にとって、いちばんの敵は日本共産党です。安倍首相主催の「桜を見る会」問題をめぐって、局所において共産党はいいところをいてきています。しかし共産党が最終的に目的としているところは、私たちの社会にとっての悪です。
現象面において共産党が正しいことをしているように見えたとしても、その本質に何があるのか――これは、人間主義という確固たる価値観をもつ皆さんだからこそ見極められるのではないでしょうか。
「共産主義は終わった」と考えるべきではありません。ああいう形の思想は、ソ連が崩壊して冷戦が終わろうが、またいつでも出てくるのです。皆さんにはマルクス主義の思想と歴史を勉強して、日本共産党の特殊性についてもどんどん学んでほしいと思います。
公明党結党50年の佳節に出版された『大衆とともに 公明党50年の歩み』(公明党史へんさん委員会)は、戦後の日本政治において公明党が果たした役割と同時に、日本共産党の本質についても学ぶことができる書物の一つです。ぜひ学んでみてください。

無責任なことをいくらでもいえる野党

佐藤 日本共産党をはじめとする野党は、きれいなことがいくらでもいえます。福祉政策でも教育政策でも、野党は予算について考えなくてもいいからです。与党は予算の財源が確保できていない政策については、無責任なことはいえません。そのかわり与党がいったことは現実になります。
平和に関しても、野党だったらおなかいっぱい最大限の要求ができるわけですよ。与党は現実の歩留まりの中で、ギリギリのところで平和に向けた足かきをしていかなければいけません。

すると、創価学会が全力を挙げて支援している公明党がどこか日和見主義のように見えたり、あるいは権力の魔性に取りかれて平和を裏切っているように見えるときが君たちにもあるかもしれない。そのときに「そうじゃないんだ」と言い切るためには社会学的な知識も要るし、もちろん信心も教学的な理解も必要です。
共産主義の思想をもつ共産党がどういう体質に冒されていて、創価学会や公明党のどこを攻撃してくるのか。あるいは共産党系の有識者が、どういうロジックで攻撃を仕掛けてくるのか。皆さんはそこを鋭く見抜いていかなければいけません。

満たされない思いを抱えて鬱屈している人が、どういう心理状態にあるのか。心理学の観点から、そこを見抜く必要もあります。たとえば「研究者にまったくなりたくない」と思っている大学院生はいません。ところがいまは研究者のポストを得るのが非常に大変でしょ。大学の教育費が削られてポストはなかなか空きが出ないし、「ポスドク」(博士号を取得したあとポストを得られずにいる研究者)が大勢あふれています。研究員や助手、准教授といったポストを得られるかどうかは、偶然の要素も大きい。
 すると研究者の卵は「いま自分が置かれている場所で、自分は正当に評価されていない」という思いをもちやすいのです。たとえば、そういう研究者の卵の学会員がいたとすると、その鬱屈した思いを晴らすかのように、創価学会と公明党を恣意的に批判する本を出したりする。すると書評が出たり著者インタビューを受けたりして「こんな自分が世間から注目されている」「この路線でやっていけばマーケットの需要があるのだ」と勘違いしてしまう。こういう誘惑にハマり、そこから抜け出せなくなってしまう危険もあります。

自分が取っている行動は、いま本当に平和のために役立つものなのか。有識者である皆さんは、そのことをつねに考えていかなければいけません。ここは皆さんにとって複雑な応用問題です。
学生部の皆さんは、将来どの分野に進むにしても、社会においても創価学会においても、指導的な立場をになうリーダーになっていく人たちです。指導的な立場を担うということは、民衆に奉仕するということではないでしょうか。民衆に奉仕する立場の人が、増上慢なリーダーになってしまったら大変です。
若い学生たちはときどき、野党的な気分になって暴走してしまうことがあるから注意が必要なのです。在野精神をもつことは学生の特権ではありますが、そのうえでいかに与党の立場、民衆のリーダーの立場で平和を実現していくか。なかなか難しい課題ではありますが、この応用問題をじっくりと考えていってください。

同志社大学神学部での学生時代

長谷部梨絵(慶應義塾大学4年) 私は学会3世です。父親は母親と結婚するときに入会しました。率直にいうと、創価学会の信仰をもつ家庭に生まれて、ある種の生きづらさを感じることがあります。それは、学会活動や会合の予定が詰まっていると「なんでそんなに忙しいの?」とまわりの友だちからすごく不思議がられることです。
そのとき、自分が信仰をもっていることを打ち明けるべきかどうか。そのタイミングが今なのかどうか。「今じゃないな」と感じたときには、「今日は会合があるから」という理由をやわらかに伝えなければいけません。そういうときは、友だちに対して誠実でありたい気持ちとの板挟みになります。ただし私は「学会活動が嫌だな」とか「信心をやめたいな」と思ったことは一切ありません。

私がフランスへ留学していたとき、キリスト教からSGIに改宗するメンバーとたくさん出会いました。「なんで改宗したの?」ときくと、「SGIにはculpabilité(フランス語で「罪」)がないから」というのです。佐藤さんは創価学会にこれだけ理解を示されながら、プロテスタントの信仰を貫かれています。佐藤さんが信仰を貫くうえでの原点はどこにあるのでしょうか。

佐藤 私は埼玉県立浦和高校の出身なのですが、この学校の体質が当時はあまり好きではありませんでした。大学受験から逃げているところもあったんだけど、高校生時代は同時に自分のやりたい勉強を探していたのです。
私の母親はプロテスタントのキリスト教徒でして、私自身も洗礼を受けてキリスト教徒になりました。高校生時代にすでにマルクス主義の影響を受けていたこともあって、キリスト教的なざんを取り去らなければいけないと思ったのです。そこで私は無神論を勉強しようと考えました。当時、無神論を勉強できる大学は、同志社大学神学部しかなかったのです。そこで同志社大学を受験することにしました。

現在は各大学の神学部で、入学するにあたって洗礼を受けているとか、牧師や神父の推薦状は必要ありません。当時は同志社大学神学部以外では、全部洗礼や推薦状が必要でした。
同志社大学の先生たちは自信があったわけです。何らかの形で自分たちの門をたたいてコミットしてくる人間は、たとえ攻撃的に突っかかってくる学生であっても、自分たちの力をもってすれば半年くらいでひっくり返せる。そのことを同志社大学神学部の先生たちは経験的に知っていました。マイナスの関心であっても、その関心をプラスに転じさせることができる。熟練した神学者にとってみれば、これは簡単なことでした。

同志社大学に入って驚いたのは、教師がとても優秀だったことです。当時の日本の神学部は、博士号をもっている先生はほとんどいませんでした。ところが同志社大学神学部では、ドイツやアメリカの大学で博士号を取っている人がほとんどだったのです。英語もドイツ語も、まるでネイティブのようにたんのうでした。
なんでなんだろうと思ったら、その人たちは戦時中に同志社大学神学部に入ってきた人たちなのです。戦前の同志社大学神学部は、日本の総合大学の中で唯一の神学科でした。しかも全寮制だった。どうして全寮制だったのかというと、ほとんどの学生が勘当されてきたからです。アメリカ系の学校だということに加えて、あいつらはキリスト教なんて信じるはんこくたい思想の連中だと白眼視されました。京都市内の教会は、在日朝鮮人以外ほとんどいなかったくらいですからね。あとは牧師と家族しかいない。

それはそれはキツイ状況の中で、戦時中の同志社大学神学部の学生は勉強していました。さらにいうと、そんなキツイ状況であることに加えて、いつ徴兵に取られるかわからない。文字どおり生きるか死ぬかという中で勉強してきたから、ほかの学生とは根本的に気合が違うのです。
親元を離れて同志社大学神学部に進学してから、私はキリスト教と二度目の出合いを果たしました。そして大学1回生冬に洗礼を受けました。あのころの経験が、プロテスタント信者としての私の原点となっているのです。

慶應義塾大学での学生部メンバーとの出会い

佐藤 先ほど長谷部さんが、自分が学会員であることを友だちに打ち明けるべきかどうかという話をされていました。自分が信仰をもっていることをいって、それが興味本位でからかわれるような状況であれば、あえていう必要はないと思います。それから、自分の真実をすべて語ることが必ずしも正義とはいえないからね。積極的なウソをつくのは良くないけど「ちょっと用事がある」「野暮用だ」といってその場をあとにし、かわすことはいくらでもできます。

私は慶應大学法学部の片山もりひで教授と『平成史』(小学館文庫)、『現代に生きるファシズム』(小学館新書)という共著を出していまして、片山先生から「慶應で教養の講座をやってほしい」と頼まれて2019年4月に大学へ出かけました。
私が話をしたあと「学生の皆さんからの質問を全部聴きますよ」といったら質問が途切れなくなっちゃった。三田キャンパスの警備員がにじり寄って「そろそろ……」といわれるまで、夜9時ごろまで質疑応答をやっていました。
質疑応答が終わって帰ろうかと思っていたら、そこに真面目そうな顔をした何人かのグループがいて、手には雑誌の『第三文明』をもっていてそれにサインを求めてくるわけ(一同笑)。「学会員?」「そうです」というやり取りで、彼らが学生部メンバーであることがわかって、そこからしばらく話しこみました。

「今は慶應で勉強していますが、アメリカの大学にも合格しています。今後どうするべきだと思いますか」とか、みんなの相談を受けたあと記念撮影をしたら、そばにいた片山杜秀先生が「慶應に創価学会の学生がこんなにいたの?」と驚いていました。片山先生は「『自分たちは創価学会員だ』とオープンにいう慶應の学生を初めて見た。それで好感をもった」といっていました。
そうやって率直に言ってくるということは、学生部の皆さんが私のことを信頼してくれているからです。それと同時に、横にいる片山先生のことも信頼しているからですよね。「自分たちは創価学会学生部のメンバーです」と宣言したほうが、信頼感が増す先生もいるのです。少なくとも、好意的中立になってくれる先生たちがいることはたしかでしょう。たとえば、慶應大学のような伝統のある大学においても、創価学会の名前を正面から語れるようにしていくことは、重要な課題かもしれませんね。(第4回へ続く)

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