八人のサムライ再び・前

  夜の八時ちょっと。
 ゆうぞうたちは駅裏にある『』の小上がりに陣取っていた。
 集まっているのは、昭和ときめき商店街・町おこし推進委員会の面々で通称を『独り身会』。それぞれの前には湯気の立つ、おでんを盛った皿が並んでいる。
「今夜は俺の快気祝いというか、何というか。わざわざこんな席を設けてもらい、誠に申しわけない。おかげ様で傷のほうも……」
 と今夜の主役ともいえる裕三が礼の言葉を述べようとすると、
「硬い話はなしだ、裕さん。いつものように、ざっくばらんにいこうじゃないか。要するに快気祝いにかこつけて、みんなで集まって飲んで食べてしゃべりたいだけなんだからよ。しゃっちょこ張ったあいさつは抜きにして、いつものようによ」
 笑いながらほらぐちがいった。
 洞口しゅうは喫茶店『エデン』のマスターで、町おこし運動の委員長でもある。
「そうそう。私たちに、しゃっちょこ張った話は似合わない。ぶらぶらと残り少ない余生を楽しむ、年寄りばかりの独り身会でもあるんですから。みんな、気のおけない同級生でもありますし」
 役所を定年退職して年金暮しのかわが、すぐに同意の言葉を出すと、
「ちょっと待ってよ」
 対面に座るきりが声をあげた。傍らのさえなりみやの顔に、まず視線を走らせてから、
「私たちは年寄りでもないし、みんなの同級生でもないし――だけど、いちおう、ちゃんとしたメンバーでもあるんだから、そこのところを忘れないでほしいんだけど。なあ、しょう
 隣の翔太に同意を求めるが、何となく桐子の主張は難癖じみているようにも聞こえる。それを察してか、
「それは、まあ」
 と翔太はあいまいな返事をする。
 五十嵐いがらし翔太と桐子はおさなみで、同じ高校に通う二年生だった。桐子は洞口の孫娘でもある。
「大体ねえ――」
 じろりと桐子が洞口と川辺をにらんだ。
 桐子は誰に対しても単純明快で、いいたいことはずばずばいう性格で通っている。
「裕さんの快気祝いはいいとしても、それをなんで、おでん屋でやるのよ。いつものように居酒屋の『のんべ』でやれば、焼き物だって揚げ物だって、肉だって魚だってデザートだって、何でもあるし。だけどここは、おでんだけ。年寄りにはいいかもしれないけど、私たちには」
 そういうことなのだ。桐子は、これが不満だったのだ。
「それは、お前。ここは川辺が選んだ店であって、俺たちには、そういうことは、まったくわからねえが」
 洞口が慌てて小声でいった。
「じゃあ、、川辺のおっさん。これっていったい、どういうことよ」
 桐子の目が真直ぐ川辺を見た。
「それは何といったらいいのか。この店の売り上げが少しでも伸びれば、さとさんも喜ぶというか何というか」
 しどろもどろで川辺が里美の名前を口にしたとたん、みんなの目が一斉にカウンターに向かった。
「あら、どうかしました、しげるさん」
 カウンターのなかで、鍋の様子を見ていた里美がこちらを見た。
「あっ、いえ、何でもありません。この店のおでんは、やっぱりおいしいなという話で盛りあがっていて」
 かん高い声を川辺があげた。
「それは有難うございます」
 里美はみんなに向かって頭を下げ、ふわっと笑った。
 れいだった。里美は誰が見ても美人だった。それに里美は独り身だった。以前は夫婦二人で店をやっていたのだが、五年ほど前に心筋梗塞の発作で旦那が倒れて、そのまま死亡。あとを里美が引き継いだ。里美の年は四十代のなかばで、子供はいなかった。
「この店の売り上げって、ここはみんな里美さん目当ての客で繁盛してるんだろう」
 裕三が思わず声をあげると、
「そう。去年あたりまで大繁盛してたんですけど、里美さんの身持ちが固くて誰にもなびかないというのを客が悟って、今はかなり下降ぎみ。だから少しでも店に貢献しようと思って」
 申しわけなさそうに川辺がいった。
「店にじゃなくて、里美さん本人にだろ」
 ぼそっと裕三は口に出す。
「大体、川辺さんじゃなく、って何だよ。お前、相当この店に入れこんでるな。常連中の常連だな」
 洞口も皮肉っぽくいう。
「要するに、川辺さんは里美さんが好きなんですね」
 それまで黙っていた翔太が、みんなの代弁をするようにさりげなくいった。
「あっ、それは、まあ、何というか」
 耳のつけ根を赤らめる川辺に、
「そういうことなら、まっ、いいか」
 思いがけなく、いい出しっぺの桐子が肯定の言葉を出した。
「人の恋路を邪魔するやつは、馬に蹴られて何とやらということわざもあるくらいだからな……これはまあ、しようがねえな。ちょっと悔しいけどよ」
 洞口が本音じみたことをいって、この件はこれで落着ということに。
「しかしまあ、裕さんの傷が長引かないで完治してよかった。あのときは本当に肝を冷やした。何しろ、あたりは血の海で俺はもう、これは駄目なんじゃねえかと」
 ためいきをつくようにいう洞口の言葉を受けて、
「助かりました、本当に助かりました。あのときぼりさんが私の前に飛びこんでくれなかったら……」
 成宮が裕三に向かって深く頭を下げた。小堀は裕三の姓である。
「そうだよ。あんたが今ここに座っていられるのも、みんな小堀さんのおかげ。この恩は死んでも忘れないようにね、とおるさん」
 今度は冴子が頭を下げた。
 冴子は町内に事務所を構えるテキヤのやましろぐみの長であり、成宮透は若頭だった。テキヤとはいえ、山城組は律義な一家として町内に貢献していた。
「よかったです、本当に。あのとき、もし小堀さんが……そんなことになったら本当に僕は……」
 いつも冷静な翔太が珍しく、感極まったような声をあげた。
 二週間ほど前のことだった。
 裕三たち八人は、商店街を食い物にしようとしていた総勢三十人ほどの半グレ集団と真正面から衝突した。
 事のおこりは山城組の冴子に対する、ちょっかいだったが――その後、半グレ集団の山城組への行為は段々とエスカレートして商店街にまで及び、ついには各店舗へのミカジメ料の徴収というところにまでいった。これを止めるため八人は、乱闘も辞さずの覚悟で半グレ集団のアジトに乗りこんだ。
 結果は八人の勝利に終ったが――最後に半グレの一人がナイフを手にして、リーダーひしかわと闘っている成宮につっかかった。とっさにそれを阻止しようと裕三が成宮をかばい、ナイフは裕三の脇腹をえぐった。
 周りは血の海だった。すぐに救急車が呼ばれ裕三は病院に搬送された。一時は出血多量ということで一命も危まれたが、何とか手術は成功した。ナイフの刃は肝臓にまでとどいていた。
「しかし肝臓にまで及んでいた傷が、二週間ほどで退院とはよ。今の医学はすごいというか、何というか」
 洞口が感嘆したようにいうと、
「今の医療は昔と違って、患者を甘やかさない早期退院が一般的ですから。だから患部のほうはまだ、相当痛むんじゃないですか」
 翔太が裕三に問いかけた。
「確かに痛い、相当痛い。だから酒もひかえて、おでんだけを食べてるよ」
 確かに裕三のコップのビールは、ほとんど減っていない。
「あのあと、ナイフを手にした男はもちろんですが、菱川も殺人未遂やら暴行罪やらで逮捕されて、これでもうひと安心ですね」
 ほっとした顔で冴子がいう。
「でもよ、あれからが大変だったよな。マスコミの事件の取りあげ方がよ」
 うんざりした顔を洞口が、みんなに向ける。
 この事件のあと、全国各紙の新聞や週刊誌はこの騒動を大々的に取りあげた。
『古武道の達人、半グレ相手に大暴れ!』
 大体がこんな見出しで、事件の大筋とその場の様子を面白おかしく報道した。古武道の達人とは、この場には参加していないがしんきゅうげんのことで、大半の半グレたちを倒したのはこの源次だった。
「源次さん、今頃ほっとした顔で温泉に浸っているんでしょうね」
 ぽつりと翔太がいう。
 源次が姿を消したのは四日前。
「これじゃあ、たまらん。わしは温泉にでも行って身を隠す」
 こういって、みんなの前から姿を消した。
 事件後数日――源次は『二十一世紀の武芸者』と持ちあげられて、マスコミ各誌から追い回されていた。何とか最初はそれに応じていたものの、表に出るのが嫌いな源次はついに精根つき果てて、逃げるが勝ちとばかりにさっさと商店街から姿を消した。源次らしいといえば源次らしかった。
しのびは闇に潜むが本分――この言葉が源ジイの口癖でしたからね。あまりに質問攻めにされて、自分の素性がばれるのを恐れたんじゃないですか」
 川辺がいうように源次は古武道の達人ではなく、木曽流忍法の後継者だった。ただ、源次が忍者であるということは、ここにいる七人以外は誰も知らない。
 自分がもし忍者だということが知れれば、この商店街ともども脚光を浴びることに間違いはない。しかし自分が死ねばその熱も急速に冷めて、商店街に目を向ける者もなくなる。これでは困る。町おこしにならない。だから自分が忍者であることを表にすることはできない。
 これが源次の持論だった。
 源次はがんを煩っていた。
「まあ、あと二、三日もすれば、あのすずめの巣のようなもじゃもじゃ頭をきながら帰ってくるんじゃないか」
 笑いながら裕三がそういうと、
「早く見たいですね、あの武骨な顔を」
 しみじみとした口調で翔太がいった。
 東大現役合格確実といわれる翔太は、源次のファンだった。
「みなさん、おでんの追加いかがですか」
 そんなところへ里美の声が飛んだ。
「あっ、私、ハンペン。ここのハンペン、やっぱりおいしい」
 と声をあげる桐子を手で制して、
「見つくろってお願いします、里美さん。特にハンペンは大盛りで、里美さん」
 里美の名前を二度も連呼しながら、川辺が大声をあげた。
 すぐに大皿に盛ったおでんを手にして、里美が小上がりにくる。
「分けるのも何ですから、このままここに置いときましょうね」
 にこやかにいう里美の顔は、やっぱり綺麗だった。どこからどう眺めても、十歳ほどは若く見える。そんな里美の横顔をうっとりした様子で川辺は眺めているが、裕三はその端整な横顔にどことなく憂いのようなものを感じた。勘違いかもしれなかったが。
「じゃあ、失礼します。ごゆっくりと」
 愛想のいい声を残して戻っていく後ろ姿を、川辺が名残り惜しそうに見ている。
 ひとしきりみんなは、おでんを食べながら酒を飲む。翔太と桐子はむろん、ウーロン茶である。
「この間の、あの事件ですが」
 はしを止めて、翔太がふいに声をあげた。
「いちばんの功労者は、やっぱり桐ちゃんだと思うんですが」
 はっきりした口調でいった。
「偉い、翔太。さすがにみんなから、天才少年だといわれていることはある。私はいつ、その言葉が出るか出るかと待ってたんだけど、ようやく」
 いいながら、桐子の両目は左右に忙しく動いている。どうやら桐子は、翔太がなぜ自分を誉めたのか、よくわからないようだ。
「もし桐ちゃんが、あれは殴りこみじゃなく、半グレたちとの話し合いにすべきだと主張しなかったら。そして、女の自分を一緒に連れていけば、その証拠になると主張しなかったら、僕たちの立場は――事実をいえば、あれは正真正銘、殴りこみでしたから」
「そう、それよ」
 桐子が大声をあげた。ようやく翔太の言葉の意味がわかったような勢いだ。
「もし私を連れていかなかったら、あれは殴りこみと見なされて、じっちゃんたちは今頃どうなっていたか。それを忘れてもらっては大いに困るから、私としては」
 薄い胸を張るが、桐子のいうことはもっともだった。
 始めから一戦を交えるつもりなら、桐子のような女子や、翔太のような少年を同行するはずがない。話し合いの末の乱闘。それも仕掛けたのは半グレたちのほうで、裕三たちは防御のためにそれを迎え討っただけ。警察はそう解釈した。そういうこともあるかと、武器を持っていかなかったのも幸いした。
「過激な行為は厳に慎むように」
 裕三たちは警察から、こう厳重注意されただけで、それ以上のとがめはなかった。
「そう、本当にそう。もし桐子さんがあの殴りこみに同行しなかったら、私たちは今頃、とんでもないことになってたかもしれない」
 冴子が感心したようにいった。
 とたんに桐子が腰を浮かせて「はっ、はっ、はっ」と豪快に笑った。両手をしっかり腰に当てていた。
「私は控えめなたちだから、なかなか自分の口からはいい出せなかったけど、翔太のおかげでやっと胸のつかえが、おりたかんじ」
 みんなをへいげいするようにいう桐子に、
「そうそう、お前は、どうやら控えめらしいからな。よくわかったから座れ。ほれ、これでも飲んで、頭をよ……」
 最後の言葉をむにゃむにゃと濁して、洞口はウーロン茶を取って酌をするように桐子のコップに注ぐ。
「ところで、裕さんが入院している間に、ひとつ問題がおきた」
 大きな溜息をひとつもらしてから、真面目な顔つきで洞口がいった。
「俺たちが町おこしのために最初に手がけた、おおたけ豆腐店のことだよ。あそこのせんいちさんから連絡があった」
 三日前のことだと洞口はいった。

 大竹豆腐店には後継者がいなかった。
 今年を迎える仙市は、水仕事と力仕事がメインの豆腐づくりに体が悲鳴をあげていると裕三にいった。そして、何とか頑張ってみても、あと三年ほど。それを機に廃業するつもりだとも。
 裕三はこれに対し、外部の若者を店に入れることを提案した。探せば真面目に豆腐づくりに取り組んでくれる若者が必ずいるはずだと、仙市を説得したのだが返ってきたのは、
「もし、そんな若いのがいたとしても、そこはやっぱり他人だからよ」
 どこの商店街でも問題になる、血筋と土地家屋に関わる言葉だった。
 しかし、ある事件があって裕三はこの問題を何とか仙市に納得させ、外部の血を入れることを承諾させた。
 ネットを使って募集をかけ、その結果八人の若者がこの話に乗ってきた。裕三は八人すべての若者と面接して真意を探り、最終的に一人の女性を選び出した。
 千葉に住むやまおりという十九歳の女性で、高校を卒業してからは職につかず、ほとんど自宅に引きこもりの状態だったというが、豆腐づくりに関しての情熱は半端ではなかった。豆腐の味はもちろん、歴史、製造法についてはネットで勉強したといって熟知しており、
「何よりもとにかく、お豆腐が好きなんです。そこに理屈はありません」
 その熱い思いを香織は裕三に訴えた。
 なぜ引きこもりになったか、その理由をくと、
「対人恐怖症です」
 と香織は一言だけいい、それ以上は何もいおうとしなかった。
「豆腐屋はつくるだけでなく、お客さん相手に売らなければならないが、その点は大丈夫ですか」
 さらに肝心な部分を質問すると、
「お豆腐のためなら、何でもやります」
 そういって香織は、膝の上に置いた両手をぎゅっと握りしめた。
 この子にきめよう。
 心配な点は多々あったが、とにかく豆腐に対する情熱は本物に思えた。この子に懸けてみようと心にきめたものの、問題がもうひとつあった。
 化粧だった。
 香織は化粧が濃かった。
 顔の色も目の周りも、そして唇も……香織の顔は派手な化粧におおわれていた。顔のつくりは清楚で可愛いかんじだったが、せっかくのその顔は化粧のなかに埋もれて表には出てこない。
 だが、化粧は個人の趣味嗜好の問題なので、そこまで口を挟むのは越権のような気がした。他人の心のなかに土足で踏みこむようなものだと、これには目をつぶることにしたが、問題は手だった。
 十本の爪全部に、裕三には理解不能な絵柄が極彩色で描かれていた。まずかった。厚化粧は仙市に何とか納得させることができたとしても、このネイルのほうを納得させるのは無理な気がした。
 豆腐づくりは水との闘いだった。何度も何度も水のなかに手を入れて様々な作業をしなければならない。この派手なネイルをした手でその作業をすれば――おそらく仙市は激怒するに違いない。そのことを丁寧に香織に説明すると初めは渋っていたが、最終的にはネイルをしないことに同意した。そのとき思いきって、
「ネイルが好きなのかな」
 と香織に訊いてみると意外な言葉が返ってきた。
「特に好きではないけど、顔の化粧が濃いので、その上下のバランスを取るために派手なネイルをしています」
 上下のバランスのためだと、香織はいった。
 一理あるといえばそうともいえるが、男の裕三にはなかなか全部は理解できない理屈だった。
 とにかくネイルはしないことを約束させ、裕三は香織を仙市の許に連れていった。厚化粧の件は事前に話をして了解をとっていたものの、実際に香織の顔を見た仙市は低いうなり声をあげた。が、それ以上は何もいわなかった。香織は大竹豆腐店の二階のひと間を与えられて店に住みこみ、豆腐づくりの修業をすることになった。
 半月ほどして裕三が大竹豆腐店を訪れて様子を訊くと、
「早寝早起きも苦にせず、力仕事や水仕事にも音をあげず、一生懸命やってくれているよ。作業を間違えて叱りつけても、めげるようなこともないし。いや、いい人を小堀さんは見つけてきてくれたよ。今や職人の世界も、男より女なのかもしれんなあ」
 仙市はこんなことを口にして、手放しで喜んでいたのだが。
「それで何だ。仙市さんは、香織さんの何が問題だといってるんだ」
 裕三が洞口に問い質すと、
「さあ、そこだ。仙市さんは裕さんに直に話すからといって何が問題なのか、まったく教えてくれない。だから退院したばかりで申しわけないが、そこんところを」
 拝むような仕草を洞口はした。
「わかった。近いうちに必ず、行ってみることにするから――で、その他に何か問題点はどこからか出ているのか」
 心配そうな口ぶりで裕三は訊く。
すずらんシネマは、例のよしなが特集でまあまあの観客動員があったものの、平日はやっぱり入りが悪いらしい。それで、年末年始にかける作品の、セレクションをやってほしいというのがあったが」
「そうか――それなら、吉永小百合特集をセレクトした、昭和大好き人間の翔太君に次の作品の選択もやってもらうのがいちばんいいな。どうだ、翔太君」
 笑いながら声をかけると、
「喜んで、やらせてもらいます」
 打てば響くような言葉が返ってきた。
「じゃあ、気の重い話はこれで終りということで」
 洞口がほっとしたような声でいうと、思いがけず、成宮が手を挙げた。
「この店のさらに裏手にあるマンションですが、近頃妙に若い男女の出入りがあって、自分はそれが妙に気になるというか、訳がわからないというか。みんな背広を着こんだ、ちゃんとした格好はしてますけど」
 けんの異名を持つ成宮にはそぐわない、妙に恥ずかしそうな素振りでいった。
「それはあれだよ、婚活。今、若い連中が集まるといえばそれしかないよ」
 すぐに桐子が答えを出した。
「ああ、なるほど、婚活ですか」
 ぼそっという成宮に、
「透さんは冴子さんとラブラブだろうから、そんなことはまったく考えたこともないだろうけど、世の中にはさびしい男女が一杯いるんだよ」
 けしかけるように桐子はいう。
 とたんに成宮の顔は赤く染まり、冴子は視線を膝に落してうつむいた。
「こら桐子、大人をからかうんじゃねえ」
 すぐに洞口の一喝が飛ぶが、
「からかってなんか、ないよ。私もそろそろ、婚活というのを前向きに考えようとしてるところだから。どうだ翔太、私と一緒にどこかの婚活にでも、もぐりこんでみるか」
 うそか本当かわからないことを、桐子はいった。
 とたんに洞口が両肩をがくっと落した。
「それから、川辺のおっさん」
 桐子の矛先が川辺に変った。
「志の田はいいとして、何でこんな小上がりを予約したんだよ。ここのテーブルは六人座るのが精々で、七人は狭すぎるよ」
「それは桐ちゃんのいう通りだ。ここは七人には狭い。源ジイがいなくて八人じゃなかっただけ、ましではあるがな」
 すぐに裕三は同意する。
「あのね、川辺のおっさん。この小上がりの突き当りには、六畳の小部屋があることを知らなかったの、それとも知ってたの。どっちよ」
 妙な訊き方を桐子はした。
「知ってましたけど、おでんを食べるにはやっぱり、狭くても小上がりのほうがと」
 蚊の鳴くような声で川辺が答えた。
「小部屋に入ると、里美さんの顔が見えないからですか」
 何気なく冴子が口走った。
 ふいに桐子がしょげた。どうやらそれがいいたくて、うずうずしていたらしい。そんな桐子の様子にはお構いなく、洞口がだみごえをあげた。
「川辺、おめえよ――」
 とあとをつづけようとしたとき、裕三のスマホが音を立てた。すぐにポケットからスマホを取り出し裕三は耳にあてる。
 雲隠れした源次からだった。
 裕三は音声をスピーカーに変えて、テーブルに置く。
「退院はいつだ。快気祝いをやらねえといけねえから、そろそろ帰ろうと思ってるところだがよ」
 源次の野太い声がいった。
「退院は今日だよ。今みんなで志の田に集まって快気祝いをやっているところだ」
「ええっ、今日なのか」
 気の抜けた声がスマホから聞こえた。
「何はともあれ、明日帰る。そろそろ金がつきる」
 それだけいって電話が切れると同時に、翔太が拍手をした。
「翔太君はやっぱり、源ジイが大好きなんだな。それだけ喜ぶところを見ると」
 口元をほころばして裕三がいうと、
「それもありますけど、別の思惑もあります」
 妙なことを口にした。
「マスコミの攻勢はひと段落つきそうですけど、次にやってくるのは」
 言葉を切る翔太に、
「いったい何がくるっていうのよ。何かとんでもないものがくるっていうのか」
 興味津々の表情で桐子が訊いた。
「次にくるのは源次さんに教えを乞おうという者と、源次さんと勝負がしたいという腕自慢……だから、また源次さんの不思議な術が見られるかもしれないと思って」
 目を輝かせて、翔太はいった。
「源ジイの不思議な術か。それなら私も絶対見たい、ねえ若頭」
 冴子も目を輝かせて、隣の成宮の顔に視線を走らせる。
「自分も見たいです。あの人の術を見ると、何となく胸がすかっとしますから」
 弾んだ声で成宮も答えた。
「そうですか、腕自慢ですか。半グレたちがいなくなってから、源ジイの出番も消えて淋しくなったと思ってたんですけど、これで楽しみがひとつ増えました――不謹慎ですけど、半グレたちとやり合ってたときは怖い反面、少年のような胸のワクワク感がありましたから」
 川辺が本音じみたことを口にした。
 実をいえば裕三自身も川辺と同意見だったが、洞口だけは普段のままの顔つきだ。
「ところで裕さん。塾のほうは、いつから開くんだ」
 至極真っ当なことを訊いてきた。
「一週間ほどのんびり体を休めて、それから開こうと思ってる」
 裕三は、いわゆる落ちこぼれといわれる子供たちを対象にした『小堀塾』という私塾を開いていた。口の悪い連中は名前をもじって『こぼれ塾』などと呼んでいたが。
「なら、大竹豆腐店のほうは……」
 これがどうにも気になるらしい。
「なるべく明日あたり、行くようにするよ。しっかり話を聞いてきて対応を考えるよ」
 裕三は洞口に向かって大きくうなずく。
 しかし、いったい香織は何をやらかしたのか……いくら考えても、出るはずのない答えといえた。
                       (つづく)