第五章

 秋風が吹き抜けてゆく。
 幾重にも張り巡らされた堀、矢が刺さったままの土塁を横目に土橋の上を馬で進むまのすけは、ずれたさむらいを正して城を見上げた。丸木で組まれた櫓は真っ黒に焼けており、土塁に張り付くように配置されていた敵兵の姿はない。ふと後ろを見ると、槍を担いで続く部下たちの顏も幾分か明るい。
 既に破れているとはいえこれより敵陣、不測の事態がないとも限らない。気を緩めるなと怒鳴ろうとして、左馬助に並ぶように馬を進めるあけみつひでに止められた。この日の光秀は藍色の肩衣という軽装で、数日前、重そうな鎧をまとっていた姿とは程遠い。
「やめい。今日くらい大目に見よ」
 いつもは軍紀にうるさい光秀も、静まり返った城を見上げて薄く笑みを浮かべていた。
 気持ちは分からぬではなかった。
 この横山城は丹波の西部にある大城で、光秀が任されていた丹波攻めにおいても最後の大勝負と目された地だ。丹波に盤踞していたくにしゅうたちもここが分け目と悟ったか、連合軍でもってこの城に籠り大激戦となった。一時は敗退するなどの手痛い敗北を喫した末、力攻めの末に明智方が奪い取った。
この日は敵方が退去した横山城接収の手筈になっている。光秀からすれば苦難に満ち、心労で体調を崩しながらも繰り広げた大戦であっただけに、平定された横山城を前に思うところもあるのであろう。
 光秀一行は土橋から城に入り、馬上から曲輪を見て回った。なかなかの堅城だ。幾重にも防衛線が敷かれている様子が見て取れた。
 二の曲輪に達したところで、光秀は馬を止めた。
 かつては屋敷が建っていたようだが、既にそこには黒焦げた瓦礫があるばかりだった。開城の際に敵方が自焼していったらしい。もっとも敵方は火の不始末であると述べていたが、見事な焼けっぷりを見るにつけても、光秀には何も渡さぬという敵方の強い意志を感じた。
 だが、そんな悪意を前にしても、光秀は眉一つ動かさなかった。
「手間が省けるというものよ」
 そう言ってのけ、涼しげに瓦礫の跡を見遣っていた。
 言葉の意味を取りかねているうちに、光秀は淡々と続けた。
「今後、この城は丹波支配の要となろう。この城を造り替え、天下の堅城とせねば」
 丹波攻めは光秀の主君、のぶながの命令だと聞いている。丹波平定の暁にはそのすべてを貴様にくれてやろう――、というのが信長の約束であったというが、その話を仄聞したとき、左馬助は背中に冷たいものが走ったのを覚えている。戦においては「切り取り次第」といって、敵から奪ったものをすべて己のものにしてもよいという命令が下されることはあるが、あくまで城単位、村単位でのことだ。国の規模で切り取り次第を命じる者がいるなど未だに信じられない。畿内から美濃尾張にまで根を張る登り龍の破格振りに時折感覚が追い付かぬ左馬助がいる。
 左馬助は別家に仕えていたが、主家を出奔したのち、織田家の中でも新参である明智家に加わった。明智家を選んだのは、古い家でない分変なしがらみもなく、実力で評価してもらえると踏んだからだ。その予想は当たり、武勲を重ねる左馬助に光秀はうままわりがしらの地位でもって報いてくれている。
 光秀は馬からひらりと降りた。馬の首を撫で、薄く笑った光秀は、なおも馬上にある左馬助に目を向けた。
「のう、左馬助。そなたに難しい役目を任せたいのだが、受けてくれるか」
「なんなりと」
 左馬助も馬から飛び降り、その場に跪いた。
 ややあって、光秀は口を開いた。
「この横山城を、そなたに任せたい」
 左馬助は最初、耳を疑った。次に、冗談とも思ったが、光秀は謹厳そのものの表情を崩さなかったし、そもそも光秀は酒の席ですら軽口を叩くということをしない。事の重大さに気づいた時には、肩の震えを抑えることができなくなっていた。
 勿論、城を与えられるわけではなく城代格だろうが、武士にとって城持ちはこれ以上ない誉れだ。それに、最前線の城を任せようとしている光秀の心の内も思った。最前線の家臣は敵方からの篭絡に遭いやすい。事実、古今東西、前線に配置された家臣の裏切りによって崩壊した大名家も多い。前線を任されるということは、それだけ大将からの信頼が篤い証である。
 だが、理性の部分で引っ掛かりもある。
 左馬助の思考に先回りするように、光秀は焼け残った黒焦げの柱が数本立っている屋敷跡を見遣った。
「ここを平定するのは難事であろう。国衆たちの反発も大いにあるはずだ。あるいは、これから、戦漬けの毎日になるやもしれぬ。それでもそなたに頼みたいのだ」
 いやはない。
 左馬助には明智家に対する愛着がある。これまで仕えてきた他家では縁故や一族を優遇し、功を上げた者に報いることをしなかった。だが、明智家は違う。最も血を流した者に報いてくれる。今、己の心中に芽生えているのが忠義というものなのだろうか、と左馬助は自問した。
「心して当たらせていただきます」
 左馬助が頭を下げると、光秀は破顔して、そうか、と口にした。その言葉はどこか温かだった。
「実はもう一つ頼みがある。そなたは、亀を知っておるな」
 光秀の慈しみに満ちた言葉振りに、池にいる亀ではあるまいと考え、左馬助は頷いた。
 明智光秀には子が何人かあり、その一人に亀という姫がいる。摂津にいたあらむらしげの息子のところに嫁に出されていたが、村重が謀反を起こした際、送り返されてきた。今は坂本城で静かに暮らしているという。
「亀を貰ってはくれぬだろうか。他家、しかも謀反人の家からの出戻りではあるが、不憫でな。形ばかりでもよい。祝言を上げてはくれぬだろうか」
 控えめな光秀の意味を、左馬助は思った。
 娘を与えるということは左馬助を一門衆として扱うということに他ならない。ずっと流浪の身であったがゆえに光秀の一族郎党は多くない。光秀はそんな枢要な地位を左馬助に与えようというのだ。
「よろしいのですか」
「ああ。そなたの働きが群を抜いておることはこの光秀、百も承知よ。これからも、明智のために奮起してくれ」
 光秀の顔を見上げることができず、ただただ地面を睨んでいた。そうでもしないと、熱い涙がこぼれてしまいそうだった。
 一月後に開かれた亀姫との婚儀を経て、左馬助は元の苗字を捨て、明智左馬助と名乗り替えをした。婚儀の際、亀姫と碌に目を合わせることもできなかった。初夜の際も、主君の娘が横に寝ているという恐れ多さに慄き、結局自らの夜着の中でまんじりともできぬまま次の日を迎えるほどだった。あれよあれよで婚儀が終わると新妻と共に丹波に戻り、横山城の改修に当たった。いかに堅城であったとはいえ、所詮は国衆が独力でこしらえた城、土塁で形作られた小山に過ぎず、縄張りも古めかしいものだった。周囲に睨みを利かせ、明智の威徳を見せつけるためにも最新鋭の城に改造すべし、との光秀の名を受け、坂本から穴太あのう衆を呼び寄せて石垣を組み、壮麗な門や天守を備えた大城を造り上げた。これを見て満足げに頷いた光秀は、
『横山などという名は改め、これからこの城は福知山城と呼ぶがよい』
 と左馬助に命じた。
 福地山城と共に名乗りを改める格好となった左馬助は、白亜の櫓を見上げながら丹波の平定のために力を尽くした。共に城代として置かれたふじ何某と協力して国衆たちの監督に努め、長い戦乱によってはっきりしなくなった境界の調停や水争いの解決、寺社の安堵といったこまごまとした雑務を積み重ねてゆく。これらの日々は、槍働きで身を立てる武将の働きとは勝手が違った。だが、これもまた武士の役儀と言い聞かせながら、毎日のようにやってくる書状の山に目を通し、花押を書きつける日々に身を慣らしていった。


 大石段を上っているうちに、太腿が熱を持ち始めた。福知山城で書状と格闘する日々が足を萎えさせてしまったか、と惨憺たる思いでいると、その様をみぞしげともに笑われた。
「おお、ごうりきしゃの左馬助がこれしきの段差で息を上げておるわ。たまには遠乗りをせねばいかぬぞ」
 溝尾も木綿の肩衣姿で腰に太刀を帯びているだけの軽装だが、顔には全く疲れの色がない。そんなに歳の変わらない溝尾の健脚を左馬助は羨ましく思う。
 溝尾は光秀の家老だ。古くから仕えていたらしく信任は厚い。常日頃より陰のように光秀に仕えているが、光秀が無口であるのに対し、溝尾は饒舌で陽気、むしろ粗忽ささえある。とはいっても、他家の取り次ぎでも手腕を発揮し、古くはあしかがよしあきと織田信長の間をつないだのもこの男だ。
「申し訳ござらぬ。ここのところ、書状とばかり戦っておりましてな」
「なるほど、それはいかぬな。遠乗りでもして英気を養わねば」
 溝尾はある段で足を止めた。追いついた左馬助が溝尾の様子を見遣ると、足元に目を落として手を合わせているところだった。足元の石段には、地蔵がはめ込まれている。なにを? と訊くと、溝尾はまたからりと笑った。
「皆が踏みつけにする地蔵様に手を合わせれば、霊験あらたかと思うてな。いつもここに来た時にはこうしておる」
 妙に信心深いのか、それともひょうげの類なのかは左馬助には判別がつきかねた。横倒しにされ、あおむけの形で用いられている地蔵は微笑を湛えたままでそこにある。
 ふと来た道を振り返ると、眼下の光景が露わになった。大石段の両側に配された壮麗な武家屋敷。さらにその向こうに広がる雄大な琵琶湖が秋の日差しを反射する。日差しのまぶしさに目を背け、山の方に目をやると、赤塗りの欄干が上部に張り巡らされた五重の天守が屹立していた。
 ここは、安土城である。
 十日前、福知山城で領国支配に当たっていた左馬助の許にふみが届いた。安土城の明智屋敷までやってくるように、との光秀の指示だった。従わないわけにはゆかないが、この忙しい時に困る、というのが左馬助の本音だった。あとひと月もすれば年貢米の徴収も始まる。福知山で迎える初の年貢徴収の時期だけに、福知山城内には緊張が漂っている。そんな中で城代が離れるのは好ましいことではなかったが、もう一人の城代の藤木何某が『拙者に任されよ』と背中を押してくれたおかげで、安土城にまでやってくることができた。
 それにしても――。左馬助は安土城のいやらしさを思った。
 この城は、家臣団の序列がすぐに見て取れる仕組みになっている。
 大手門の左右にはしばひでよしまえとしいえの二枚看板が屋敷を構え、中腹の辺りにはとくがわいえやすしばかついえながひでの屋敷が並んでいる。これは織田家重臣の立ち位置をそのまま表したものに他ならない。武士は体面を気にする生き物だ。この屋敷の並びを見た家臣たちは、しゃりきに働いて一つでも高い区画へと昇るべく力を尽くすことだろう。家臣の競争を煽るこの城の在り方にある種の残酷さを見た。
 光秀の屋敷は、家康屋敷のすぐ上にある。冠木門をくぐり、屋敷の中に足を踏み入れた。その際、浮かぬ顔をした若君と、その若君について回る家臣たちの一団とすれ違った。
 左馬助たちは足を止めて黙礼をした。若君たちが門を通り過ぎた後に頭を上げると、前で頭を下げていた溝尾が若君一行の背を眺めながら、これ見よがしに顔を曇らせた。
「若君にも困ったものだな」
 光秀長男のじゅうろうはこの年、元服の儀を執り行いみつよしの名乗りを得たものの、信長への目通り果たせずにおり、十五郎付の家臣たちは信長近辺の家臣に取り次ぎを願って回っている。今日は織田のぶただの屋敷に向かうとのことだった。信長が重臣の嫡男に会おうとしないのは異例のことらしく、明智家の重臣たちの間でも頭の痛い問題となっているという。何か考えがあるのだろうかと訝しんだものの、左馬助に信長の考えが分かろうはずもなかったし、そもそも十五郎付の家臣でもないから関係もない。頭から十五郎のことを追い出した左馬助は、奥の謁見の間へと上がった。
 上段と下段に分かれた謁見の間は、静寂が横たわっている。上段には脇息が置かれており、主の来訪を今か今かと待ち構えていた。溝尾と共に下段に座り、しばし言葉を交わしていると、やがて縁側に一つの影が差した。光秀かと思い身構えたものの、予想は外れた。
 部屋の中にやってきたのは、家老の一人、さいとうとしみつだ。この日は青い素襖に烏帽子というなりだが、いかにも武骨なこの男には今ひとつ似合わない。やはりこの男は鎧に身を包む姿が一等似合っていると心中で独りちていると、斎藤は左馬助たちに挨拶すらせず、下段の間にどかりと腰を下ろした。
「おお、利三。よう来たな。来れぬやもしれぬと文が届いた際には気を揉んだぞ」
 溝尾が話しかけると、斎藤は不機嫌に応じた。
「ならば、この忙しい時節に呼ぶでない」
「すまぬと思っておるよ」
「分かっておらぬ。今、丹波は刈り入れを控えておる。そんな時に城代がふらふらと歩き回る法はない」
 斎藤は丹波の黒石城を任されている。状況は福知山と似たようなものなのだろう。
 溝尾は首を振った。
「そなたがおらずば始まらぬよ。そなたは明智家の筆頭家老であろうが」
「まあ、のう」
 斎藤はようやく不満の色をひっこめた。
 溝尾と並んで古くから明智光秀に仕えてきたのが斎藤利三だ。溝尾が光秀の影だとしたら、斎藤は光秀の太刀であろう。光秀が重用されたびたび用いられてきたのには、斎藤利三という猛将の武力が買われたからでもある。斎藤利三は織田家に仕えた美濃のいないってつのもとで雷名を轟かせていたが、良将を得んと欲していた光秀が高禄で引き抜き、これに怒りを発した稲葉が信長へ裁定を願い出たという逸話まである。同輩の家臣を奪い取るという掟破りをしてまで求められた将――、という評判が、さらに利三の名声を高いものにした。だが、光秀からしても安い買い物ではあるまい。利三は土佐の大名ちょうもとちかの外戚である石谷氏と縁戚関係を結んでいる縁で、織田家との取り次ぎを果たしている。また、直情径行、言葉を換えれば竹を割ったような飾らない性格は部下にも愛され、明智家の顏にもなっている。
 新参者の本音を言えば、あまり斎藤のような男は好きになれない。斎藤の在り方は家中に寄り掛かっている。冗談の類ではあるとはいえ我儘を述べ、それが見過ごされているのを見るにつけ、さまざまな家を渡り歩いてきた左馬助を爪弾きにした一門衆の臭いがしてならない。だが、明智の名を得た左馬助もまた、今はもう一門の側だ。いい加減、僻みを捨てねばならぬと思案しているうちに、今度こそ縁側から主君が現れた。
 やってきた光秀は、素襖に烏帽子という姿だった。横鬢に白髪が混じり始めたその姿はまさに老人といった風情だが、全身から発されている気のおかげで溌溂とした気配を放っている。上段の間に腰を下ろした光秀は、開口一番詫びの言葉を発した。
「利三、そして左馬助、忙しい時に呼び立ててすまぬな」
「まったくでございますよ、殿」斎藤は甘えるような声を発した。「今、丹波は色々と忙しゅうございます。猫の手を借りたいとはまさにこのことでございまして」
 苦笑いを浮かべたまま、光秀は頷いた。
「わかっておる。だが、おやかた様が、そなたらを呼ぶようにとお達しでな」
 〝八方睨み〟とも謳われる、利三の大きな眼が見開かれた。
 左馬助も内心、驚きで満たされた。信長はあくまで主君の主君であって、直接の主従関係はない。だが、その信長が直接会いたいと言う。栄誉には間違いがない。
「用意せえ、信長様はお待ちであるぞ」
 光秀を先頭にした一行は信長の待つ天守へと登っていった。途中、織田信忠邸やのぶずみ邸、壮麗な二の丸御殿を行き、本丸に続く門番に止められることもなく御殿へと向かう。いつも信長は家臣との会談には二の丸御殿を使うらしく、前を行く光秀も、
「本丸御殿の曲輪に入るのはずいぶん久しぶりぞ」
 と、横鬢から汗を流していた。
 案内人は本丸御殿の脇を抜け、天守にまで一行を導いた。
「信長様はこちらにおられます」
 天守は余程の者でないと立ち入りを許されないという。そんな場所に陪臣ごときが足を踏み入れてもよいのか、と恐れの気持ちが湧いてきたが、今更引き返すこともできない。左馬助は溝尾や斎藤と共に天守の中に足を踏み入れた。薄暗い入り口で履き物を脱ぎ、冷たくじめじめとした階段を上ると、すぐに開けた場所に出た。
 吹き抜けになった空間の真ん中には、人の背の五倍はある金と漆の多宝塔が建ち、やってきた者たちを見下ろしている。その周囲には二階間や三階間の欄干が張り出しており、その欄干からは金銅の飾りがぶら下がっていた。その様は、まるで屋敷に置かれた仏壇の中に迷い込んでしまったかのようだった。
 多宝塔を見上げ呆然としていると、案内人が声をかけてきた。
 天守の中は、まるで迷路のようだった。城の御殿も似たようなものだが、天守は御殿が何重にも重なったものであるだけに、複雑さは幾倍にもなっている。右へ左へ、階段を上り下りする間に、ようやく五階の客間に通された。
 そこは南向きで、上段と下段を有した存外に広い二十畳敷きの部屋だった。上段には狩野かのう派の誰かが描いたのであろう龍の屏風が置かれ、開かれた窓からは秋風迫る琵琶湖の様子が一望できる。この日の琵琶湖は透き通るような青の空を映し、穏やかな色を誇っていた。
 しばし光秀たちと共に下段で待っていると、やがて、高い足音が聞こえてきた。光秀が平伏したのに従い手をついて頭を下げていると、高い足音が客間に入り、やがて上段の間でぴたりと止んだ。
「面を上げよ」
 男のそれにしては甲高い声に従い、左馬助が顔を上げると、上段の間に一人の男が座っていた。
 萌黄と赤の片身替わりに紺の袴という略装で威儀を正して座るその男は、眠たげに目をしばたたかせていた。大男でもなければ小男でもない。年の頃は五十ほどだろうか。これまで戦場で遠巻きにしか見たことがなかったがゆえ、殊更に若々しい大男だとばかり思っていたが、目の前の男のありふれた印象に驚かされた。
 大きな鼻をした男は、少し口角を上げ、名乗った。
「織田信長である」
 竜の屏風を背にした信長は、扇を袴から引き抜いて太腿の上で立てた。
 また平伏をすると、信長はさらに甲高い声を発した。
「斎藤、久しいな」
 平伏していた斎藤利三が顔を上げた気配があった。
「長宗我部相手の取り次ぎをきちんと果たせ。ここのところ随分かの者は調子づいておるようだが、わしの意は伝えておろうな」
「は、はっ」
 斎藤の狼狽と困惑は声音になって表れている。畳を睨んでいると、左馬助の頭上に例の甲高い声が降りかかってきた。
「ということは――、そなたが左馬助か。顔を上げよ」
 左馬助が顔を上げると、顎に手を遣り、楽しげに口角を上げる信長の顔がそこにあった。その姿はまるで、名物の刀を前にした好事家のようであった。目を輝かせ、扇の先をぐりぐりと己の太腿に押し付けながら、信長は口を開いた。
「知勇兼備の猛将と聞いておるが――。なかなかどうしてよい武士もののふではないか。出来ることなら我が許に置いておきたいものだが」
「なりませぬ。左馬助は一門衆でございますれば」
 光秀が冷ややかに述べると、信長は、つまらぬ、とばかりに眉を少し上げた。
「戯れぞ」
 そう述べた信長は、斎藤、溝尾、左馬助を見渡し、咳払いをした。
「そなたら三人は光秀の股肱。これより光秀には大役を与えることになるゆえ、なおも精勤に励むがよいぞ。詳しくは、後で来る信澄に聞くがよい」
 それだけ述べると、信長は上段を立ち、足早に廊下に消えた。
 信長が去った。それまでは気づかなかったが、手の中にじっとりと汗をかいている。これまで数々の大戦に身を投じてきたが、こんなに気持ちの悪い汗をかいたことはなかった。
 短く息をついた光秀は、誰にともなく労いの言葉を口にした。
 しばらくして、客間に一人の若侍がやってきた。青の肩衣姿のその男、津田信澄は顔見知りだ。というのも、信長の甥っ子である信澄は光秀の娘を娶っており、左馬助からすれば義理の兄弟に当たる。
 さっきまでの張りつめた気配から打って変わり、和やかな気配が場に満ちる。
 知ってか知らずか、信澄も柔らかく笑みを浮かべながら、信長からの申し送りを読み上げる。
 大まかに、信澄の述べたことはこのようなことだった。
 光秀の丹波攻略の大功を賞し、これまでの支配地である近江坂本や山城北部はそのまま安堵、さらに丹波全域を光秀の支配地とすること、この地にいる国衆たちの支配や動員も光秀に任されること――。
 ここまではこれまでの権益の確認に過ぎなかった。むしろ、そこから先が問題となる。
 信長の目代であった信澄は、表情を硬くした。
「丹後のながおか、大和のつつを与力とする」
 与力とは、戦が起こった時に指揮下に入る将のことである。長岡も筒井も明智の家臣ではないが、ある程度は家臣同様に使うことができるようになるということだ。光秀が信長の代行者として行動できるという権限を得たことになる。
 さらに――。信澄はこう言葉を重ねた。
「光秀殿に、正式に〝これとう〟の苗字が下賜されることになります」
 後で聞いたところでは、〝惟任〟というのは九州にかつていた名家の苗字であるという。丹羽長秀に同じく九州名族の〝惟住〟の苗字が与えられたのに合わせたものだという。惟任という苗字がいかほどのものかは分からないが、織田家の譜代重鎮である丹羽長秀と同じ名誉に浴した。つまりこれは、光秀が織田家の中で家老格にまで格上げされたことを意味している。
おやかた様は、光秀殿に畿内の安寧を期待しておいでです。近江の一部、山城の北部、そして丹波の地をお与えになられ、京近辺の大名を与力につけられたということは、足元を固めてくれると期待なさっているということ。――なおもお励みくださいませ、義父上」
「承りましてござる」
 光秀は硬い表情をして頭を下げた。だが、その顔には晴れがましさを見て取ることもできた。
 信長、信澄との会談を終えた光秀たち一行は天守を後にした。その後、明智屋敷に戻るものとばかり思っていたが、光秀は二の丸御殿へ上がると言い、溝尾と斎藤を先に帰させた。
「左馬助、付き合うてくれ」
 二の丸御殿に上がり、面会の間でしばし光秀と共に待っていると、やがて老女を連れた女人がやってきた。艶やかな黒髪、腰に巻いた打掛、そして涼やかなうすぎぬの着物が映える。優しげに微笑む様には人を包み込むような愛嬌がある。
 腰打掛の女人は部屋に入るなり、老女に下がるように言った。不安げに老女が去った後、女人はその場に腰を下ろし、光秀に恭しく頭を下げた。
「これはこれは。ご無沙汰いたしております」
「久しくしております」
 光秀が堅苦しく応じると、女人は一瞬顔を凍らせた。だが、すぐに元の優美な表情を取り戻した。
「余り堅苦しい挨拶は好みませぬ。昔のようにお話しくださいませ」
「そうは参りますまい。あなた様は今や、おやかた様の側室であらせられるのですから」
「――そうですね」
 そっけなく答えたこの女人はつま殿という。妻木氏の一員で、光秀亡き妻の末の妹にあたるのだが、光秀が織田家に仕官してしばらくして、織田家の側室に送り込まれた。それからは織田と明智をつなぐかすがいとして様々な場面で力添えをしていると聞く。
 光秀は妻木殿に身を近付け、小声を発した。
「此度の件、随分妻木殿にはお骨折りいただいたようで、感謝至極でござります」
「構いませぬ。わたしの命は明智家、そして織田家のためにございます。両家が栄えているのならば、わたしの値打ちがあるというものです」
 妻木殿は、織田家への人質であると同時に、織田家の内実を伝え、明智を織田家内部から援護するという難しい立場に置かれているにもかかわらず、十全にこなしている。今回の〝惟任〟賜姓や長岡、筒井の与力化にも何らかの寄与を果たした様子だ。
「あと――」光秀は深刻気に眉をひそめた。「十五郎の謁見の件、何卒取り次ぎを願いたく」
 妻木殿は己の胸を叩いた。
「お任せください。何とか、信長様にお話ししておきましょう」
 頷いた光秀は、後ろに控えている家臣に命じ、三方を妻木殿の前に差し出した。かかっている紫の袱紗を取ると、三方の上に載っているものが露わになった。それは、鼈甲の櫛であった。市井の者が使うような粗末なものではない。持ち手の辺りは影彫りなされたのちに螺鈿や石がはめ込まれ、牡丹の形を成している。櫛の歯も丁寧に削り出されている。
 これは、と妻木殿に問われるままに、光秀は答えた。
「京のさる商人から買い上げましてござる。妻木殿に似合うと思い、買い上げましてございます」
「へえ、よい櫛ですね」
 三方から櫛を取り上げた妻木殿は、しばしその櫛の姿を眼前に晒した後、すいはつにした髪に差し入れた。するりと通る櫛を何度か梳きながら、へえ、と声を上げた。
「ありがたく頂戴いたしますわ」
「もし、足りぬものがあれば何なりと」
 光秀が述べたその時、妻木殿は髪を梳く手を止めた。先ほどまで光を反射していた黒髪は光沢を失った。
「足りぬもの――。そうですね、来年の春にでも、昔のように、光秀様と花見をしとうございます」
 妻木殿は光秀から見れば妻の妹になる。まだ織田家に仕官する前、光秀は海のものとも山のものとも知れぬ牢人であったという。その頃のことを妻木殿は思い出しているのであろう。
 そう当て推量する左馬助を前に、光秀は曖昧に頷いた。
「左様ですな」
 すると、妻木殿は殊更に明るく言葉を返した。
「相変わらず、ずるいお人」
 それから、たわいのない――左馬助があえて同席する理由のない――会話がしばらく続いた。だが、この面妖な面会は、時を告げる老女がやってきたことで終わりとなった。
「いい気散じとなりました。また、お越しくださいませ」
 妻木殿が恭しく頭を下げると、
「また、参りましょう」
 と光秀は応じ、立ち上がった。慌てて左馬助も後ろに続く。
 光秀と共に二の丸の廊下を歩きながら、ふと左馬助は主君の背を見遣った。だが、そこに光秀の感情や思いの形を見出すことは難しい。
 光秀の妻は既に亡い。下々の者どもの婚姻ならば、先妻が死んだ後、その妹を後妻に迎える例も多い。後妻にとって残された先妻の子はおいめいに当たるゆえに邪険にはしないし、残された子も叔母相手ならばなつくがゆえだ。妻木殿も、光秀の後妻に収まるかもしれぬ地位にあったということになるが、光秀があれよあれよと出世したことで運命はねじ曲がり、信長の側室に収まった。
 当人に問い質すことはできないが、光秀は妻木殿のことを憎からず思っているし、妻木殿は妻木殿で光秀に淡い思いがあるのではないか、というのが左馬助の見立てだった。光秀が妻木殿を見遣る際の優しい視線、妻木殿がその視線に応じた際の優美で温かな笑み。けれど、二人の間には自制が働いていて、ある一線を絶対に越えようとしない。左馬助を連れて妻木殿に会いに行ったのも、光秀自身、何かの弾みでその一線を飛び越えぬように用心しているとも見えた。
 心中で二人の関係についてあれこれ考えていると、前を行く光秀が振り返った。
「どうした、左馬助」
「いえ、なんでもございませぬ。ぼうっとしておりました。信長公に初めてお目にかかりましたものですから」
 どうやら左馬助の言い逃れを信じたらしい。前を向いた光秀は大きく頷いた。
「あのお方の目は恐ろしいからな。が、やがて癖になるぞ」
 あいまいに頷くと、光秀は続けた。
「一度あの目を前にすると、もう他の主君の下で働けなくなる。あれはな、常に前にあるものを見定めておる目よ。昔も先も関係ない。ただ、今を見て、断を下す。己を天秤にかけられることがこんなにも張り合いになると知らされたのは、信長様の勤めでのことよ」
 光秀の声は弾んでいた。
 織田信長といえば、気に食わぬ家臣は過去どんなに功績を上げていたとしても放逐するが、今現在輝いているならば軽き者でも重く用いようとするお人だ。その態度は、謀反を起こした荒木村重のことを一度は許そうとしたその寛大な態度にも表れている。
 思わず背が冷えた。己が仕えている主君が己の命を以て博打を打つことに快感すら覚える気狂いだと知ってしまったからだ。だが、よく考えれば長らく信長の下で働き、比叡山の焼き討ちや紀州攻めでも鎧を赤く染め、怨嗟を浴びながらも役目を貫徹した男だ。
「左馬助、あれが信長様ぞ。覚えておくとよい」
 光秀は己がことであるかのように、主君を誇った。


 それから数日の後、左馬助は光秀と共に、安土城内にある長岡家の屋敷にいた。
「いや、この度は真に助かりましたぞ、光秀殿」
 豪放に笑い飛ばすこの男は長岡ふじたか。この長岡屋敷の主人であり、丹後の支配を任された大名である。六尺はあろうという筋骨隆々たる体を折り曲げるように座り、肉付きのいい掌を己の腿に打ち付けた。
「おかげで信長様との目通りも首尾よく果たせて感無量。礼を申し上げる」
「いや、礼には及びませぬ。長岡殿と拙者の仲ではありませぬか」
「昔から変わりませぬな」
 光秀と藤孝は二人してずっと敬語を使い合っている。藤孝はこの度光秀の与力となったにもかかわらず、である。それもそのはず、元を正せば藤孝は管領細川家の一員で、御公儀の奉公衆として活躍していた頃、浪々の身である光秀を引き上げたという経緯がある。最初は藤孝のほうが立場は上だったのである。だが、二人が信長に仕えるようになってから地位が逆転した。藤孝は立場上敬語を使わねばならず、光秀は敬語の癖が抜けない、というのが実際のところだろう。
 二人の微妙な関係は、席次にも現れている。上段に座るようにと光秀に進めてくる藤孝と、それを固辞する光秀の間で押し引きがあり、結局二人して下段の間に座ることにし、光秀が上座を占めることでようやく話がまとまった。が、二人の気脈は通じている。敬語を使い合っているのは家臣の手前で、もし二人きりとなれば互いに堅苦しい敬語を脱ぎ捨てて、友垣のように遠慮のない言葉を交わすのであろうことは、なんとない二人の会話からも見て取れた。
 むしろ、左馬助が気になったのは、藤孝の横に座る青年であった。
 前髪が取れて少しという風情の若者で、線が細い。だが、左馬助の心中をゆるがせにする何かがある。そう気づき、しばらく眺めているうちに、怖気の正体が目であることに気づいた。普通、どんな人間の目にも光や熱がある。野心や感情といったものを映しているのだろうというのが左馬助の見立てだが、目の前の青年の目は、深い海を見下ろしているかのように黒く、底が見えない。隠しているわけではなく、自然体で測ることができない。
 光秀の横でずっとその青年の顔を見遣っていると、不意に声がかかった。声の主は、藤孝であった。
「おや、左馬助はうちの息子を見るのが初めてであったか。ほら、名乗らぬか」
 促され、ようやく青年は名乗った。
「長岡与一郎ただおき
 藤孝と親子。思わず藤孝と顔を見比べてしまった。すると藤孝は苦笑を浮かべた。
「似ておらぬとよう言われる」
 藤孝は筋骨隆々の大男といった体つきだが、忠興は線が細く、絵巻物の貴公子といった風情をしている。それに、藤孝の放つ気はさながら炎のようであるのに対して、忠興はまるで氷のようだ。親子でこうも性質が異なるものか、と見遣っていると、藤孝は短く笑った。
「顔は似ておらぬが、似ているところもある。武芸はなかなかのものぞ。幼い頃から学ばせておるからな。ここのところ、家中でも相手にできる者がおらず困っておる」
「ならば」光秀が嘴を挟んだ。「左馬助が稽古をつけましょうぞ」
「左馬助が?」
「不満であられるかな」
「いやはないが――」藤孝は左馬助を見遣った。「左馬助からすればいい迷惑だろうと思うてな」
 左馬助は首を振って答えに代えた。
 本当は厄介なことこの上ない。他家の御曹司を怪我させては後々面倒だが、主君の命令となれば如何な難事とはいえ果たさねばならない。
 かくして、忠興との試合が始まってしまった。
 襷を打った左馬助にたんぽ槍が渡された。庭先に降りて構えると、五間ほど先でたんぽ槍を試すようにしごく与一郎の姿が目に入った。稽古前だというのに、涼しげな表情を崩そうとしない。だが、槍の繰り出しは決して速くない。
 すぐに終わらせよう――。
 試合の始まりを告げた声と同時に左馬助は間合いを詰め、一閃を繰り出した。これまで多くの武者を屠ってきた必殺の突きが忠興の左胸に走る。
 だが、難なく後退した忠興が、左馬助の伸び切った槍をかいくぐり突きを返してきた。しかも、先ほどの突きとは比べ物にもならぬほどの速さで。
 あれは策略に過ぎなんだか、と気づいた。もしも突きの速さが同等だったならやられていたことだろうが、槍を引き戻し、策を打つだけの時はあった。手元に槍を戻すと、忠興の突きの軌道を槍の柄で抑え込んで替え、石突きで庭の砂を巻き上げた。そうして怯んだ隙に一気に間合いを詰め、たんぽ槍の先を突き付けた。
「勝負あり、だな」
 縁側に立っていた藤孝はそう宣言した。
 槍を突き付けられる格好になっている忠興は、それでもなお悔しげにすらせず、涼しげな顔をしていた。だが、ややあって左馬助に頭を下げると槍を背負い、踵を返した。最後まで感情を見せることなくこの場を辞していった。
「ご苦労であった」
 屋敷のほうに戻ると、光秀が迎えてくれた。お前ならばやってくれると思うた、と言わんばかりの笑みだった。
 少し気になったのは藤孝の態度だ。試合のことであるとはいえ、御曹司に砂をかけてしまったのだ。だが、藤孝は恬淡としており、左馬助を咎めようという気はないらしい。
「噂に違わぬ豪傑だな。まさか、あ奴の槍を初見で見切るとは」
 あえて口にはしなかったが、左馬助はあることに気づいていた。
 忠興の繰り出した返しはわずかにかった。全力で繰り出しているのではなく、手の内を残した一撃のようであったのだ。つまり、あの青年はなおも本気を出していないことになる。
 左馬助の心中を知らず、藤孝は腕を組んで、与一郎の消えた物陰を見遣った。
「あれは今、武芸のみに血道を上げておる。少々まずいと思うておってな」
 まずいのですかと聞くと、藤孝は頷いた。
「いずれにしても、この稽古はいい薬になったろう」藤孝はしみじみと述べた。「これで、武芸のみではいかぬと気づいてくれればよいのだが」
 内心、左馬助は反発を持った。
 大名と雖も武士だ。である以上、戦働きがすべてであろう。昨今の大名のように、茶や連歌に現を抜かすのは本道ではない。
 左馬助は、忠興にこそ共感を覚えてならなかった。


 左馬助は道端に立つ赤く染まった紅葉を見上げ、思わず息をついた。京や丹波では紅葉はもう少し遅い。やはり山の上では少しだけ季節の移ろいは早いらしい。馬上から山稜を見遣ると、赤や黄色の糸の織り込まれた錦が辺り一面に広がっていた。
 十月、左馬助は光秀と共に大和にやってきた。もちろん、主君の光秀についてきた形である。
 大和国守筒井じゅんけいに対し、信長はある命令を下した。本拠とする城以外の破却である。大和は様々な小勢力や国衆が入り乱れ、それゆえに乱の絶えない地であった。拠る城がなければ反乱は起こりえない、という信長の考えに沿った破却命令である。それと同時に、順慶に対して検地の実施を求めた。大和の地の石高が確定して税収がはっきりするのと同時に、それまで大名の介入を阻んでいた者たちを屈服させることができるがゆえだった。いくら大和が平定されたとはいえ国衆たちの反発は大いに予想されたゆえ、明智光秀、滝川かずますの織田家重臣二人が奉行となり、検地の見届けをすることになったのである。
 だが――。馬にまたがり左馬助の横にある光秀の顔が浮かない。どうしたのかと問いかけると、光秀は力なく応じた。
「ああ、佐久間殿、林殿の仕儀を思っていたのだ」
 思わず、同調の声を発してしまった。
 天正八年八月、譜代重臣ののぶもりはやしひでさだといった面々に対し、信長が譴責を行なった。特に信盛に対しては十七条にも及ぶ譴責状を送り付け、その怠慢を責めた。標的となった家臣たちは信長の威を恐れ、ある者は出奔し、ある者は剃髪をした。
 このなさりようは、安土城下に激震をもたらした。佐久間、林といえば信長の覇道を支えてきた重臣であるというのに、まるで犬の子を捨てるがごとき信長の仕儀に家臣たちは戦々恐々としている。そんな中でも余裕があるのは羽柴秀吉や柴田勝家、滝川一益といったびとばかりだ。てっきり己の主君も余裕をもって眺めているのかと思いきや、相当憂慮しているらしい。
 紅葉を眺めながら心中で主君の心の疲弊をおもんばかっていると、踏ん切りをつけるように首を振った光秀が左手を指した。
「あそこにかつて城があったはず、行ってみよう」
 向かった先は、田の真ん中に浮かぶ島のような小城であった。大名や国衆が戦略のために置いた城というよりは、この辺りの村人たちが戦のあった時に拠るための砦のようで、曲輪が二つ三つあるばかりで馬出しなどもない、素朴極まりない土の城であった。馬で曲輪に登るうち、左馬助はあることに気づいた。郭は小高い丘の頂上に造られており、かつては曲輪の境目には土塁と空堀があったようだが、既に土塁は壊され、空堀の上に土がかかっている。わずかに堀の痕跡は残っているが、馬での上り下りも楽にできる程度の落差しかない。
「随分と丁寧な城割をしておりますね」
「それほど、筒井は信長様を恐れておるということだ」
 堀を埋め立てられた山城は、まるで血を流した巨人が命乞いに平伏しているようにも見えた。
 急ごう、と言い、光秀は馬首を返した。
「そういえば」城から降りる途中、左馬助は光秀に問いを発した。「若様をなぜ同道させぬのですか」
 光秀長男の十五郎のことだ。
「ああ。此度の任は危険ゆえ、あえて同道させなんだ」
「危険、ですか。されど、初陣にはちょうど良かったのではありませぬか」
「ああ、まあな。だが、ようやく馬乗りを覚え始めたところでは、逆に邪魔となろう」
 十五郎は元服しているというのに、未だに戦に出ていない。武芸を覚えさせようとしているようだが板につかず、茶人のそうきゅうや連歌師のさとむらじょうに師事しているらしい。武士の子なら先に武芸を学ばせるのが筋であろうが、武芸の稽古を捨て置き、茶や連歌に邁進しているのはあまり褒められたものではない。もっとも、あくまで主君の子のことゆえ、強くは出なかった。
 街道を進み数刻、やがて目的の城が見えてきた。石垣を備えた壮大なその城は、まさに当世流行の城の形であった。それまで街道の端々で見かけた土の城とはわけが違う。白亜の壁、三重の櫓、壁に切られた鉄砲狭間。これは、安土城や坂本城で見ることのできる城の工夫そのものだ。忘れ去られている土の城の代わりに現れた真新しい城は、大和の新しい仕儀を否が応でも際立たせている。
 この城は大和郡山城である。
 門前にいた兵に声をかけると、門が開いた。光秀と共に中に入り、二の丸御殿へと案内された。真新しく、何も絵の描いていない襖の続く大廊下を歩いていると、案内役の小姓が言い訳がましく「引っ越してきて日が浅いため、調度が整っておりませぬ」と述べた。
 通された部屋もまた、質素なものだった。上段と下段を備えているから謁見の間で間違いあるまいが、襖はやはり白いままで、上段の間の床の間には軸はおろか花も活けてない。しばらく下段の間で待ち構えていると、ややあって、家臣たちを引き連れ、僧形をした若い男が縁側からやってきた。
「お待たせして、申し訳ございませぬ」
 じゃら、と音がしたのに気づいて見ると、右手に数珠を持っている。
 僧形の男が下段の下座に腰を下ろすと、光秀は薄く笑みを浮かべた。
「順慶殿。壮健そうで何よりですな」
「いやはや、ありがたい限りでございます」
 頭を下げた男は浅い咳を繰り返した。しばし扇で顔を隠していたものの、咳の途切れた時に顔を上げると、先ほどまで紅の差していた頬は真白になっていた。
 この男こそが筒井順慶である。
「遠路はるばる、ようお越しくださいました。既に滝川殿も到着しており、大和の国々を見て回っておられます」
「おお、左様で。では、我らもさっそく任に当たらねばなりませぬな。――ところで、文にあった謀反人たちの件は」
 順慶の目が暗く光った。
「はい、すべて、上げてあります」
「順慶殿が表に出られては後々の障りになりましょう。我ら明智衆にお任せいただきたい」
「ありがたきことでございます」
 順慶は頭を下げた。
 次の日から、左馬助たちは大和の国内を走り回った。謀反人たちの討伐のためだ。
 かつて大和にはまつながだんじょうという姦雄がいた。足利将軍家に仕えるよし家の家宰を振り出しに、将軍家をしいし、主家を裏切り、独立独歩の大名として織田信長に仕えていたものの、大和で謀反を起こして信長に攻められ自刃した。この際、大和の国衆の中にも松永弾正に呼応した者たちがいた。これらの者たちの多くは筒井順慶に従おうとせず、織田の権威にもそっぽを向いている。
 砦にも似た土の小城を囲みながら、鎧姿の左馬助は苦々しい思いでいた。国衆たちの多くはせいぜい百人ほどを動員できるだけの小勢力に過ぎない。芥子粒に過ぎぬ彼らが気炎を発したところで、織田が、そして明智が揺らぐはずもない。この日は既に二つ城を開き、当主を連行している。どうせこの城も、すぐに降参してくるはずだ。負けることが分かっているのになぜ抗うのか。その理由が分からない。
 やはり、この城の主も降伏した。一刻ほどのち、家臣を引き連れて一人の男が出てきた。色落ちした木綿の肩衣を纏い、自ら縄を打って門をくぐった男は、左馬助とそう年齢は変わらない。
 近付いてきた一行を押し留め、左馬助は一喝を放った。
「貴殿がこの城の領主であられるか」
 左様、とだけ答えた男は、縄を身に打っているというのに、まるで委縮した風はなかった。
「なぜ、抗う」
 つい、疑問が口を突いて出た。
 しばしの思案の後、国衆の男は答える。妙に明瞭で清らかな声だった。
「それしか、選ぶ道がなかったのだ」
「どういう意味だ」
「余計な問答は不要でござる。それとも、織田の武者は、問答で戦われるのか」
 冷ややかに言われてしまっては、これ以上問いを重ねることもできなかった。
 それから数日後、左馬助をはじめとする明智家臣たちがほうぼうを回って集めた松長弾正寄りの国衆たちを、大和郡山城近くの原へと連れて行った。明智家の手で陣幕を張り、もっこうもんの旗指物をいくつも立ててある。陣幕の中には緋毛氈がしいてある一角があり、そこでは刀の目釘を唾で湿らせる素肌武者が己の出番を待っていた。
 左馬助は見届け人の座る床几に腰を下ろした。しばしの間無言で待っていると、やがてこの場に光秀と順慶が現れた。この日の順慶も、僧形を崩していない。
「本当にご覧になられるのですかな」光秀は順慶を一瞥した。「あえてご覧にならずとも」
「いえ、見ておかねばなりませぬ。大和国守としてのせめでございますれば」
 これから行なわれることが直視に耐えるものではないことは分かっているだろうに、目を逸らすつもりはないらしい。二十そこそこの若き大和国守を内心で褒めた。
 左馬助が順慶に一目置いた間にも、粛々と陣幕内は用意が進んでゆく。
 そして、この場を取り仕切る家臣の言上から、処刑が始まった。
 一人一人、国衆たちが引っ立てられ、陣幕の向こうからこちらに現れる。見届け席から十間ほど離れた毛氈の上に正座させられ、待ち構えていた処刑人によって首を刎ねられていく。
 見れば、順慶はしきりに右手の数珠を触り、小さく真言の呪文を唱えている。
 処刑とはいっても、後腐れがあってはならない。処刑される側にも辞世の句を詠むだけの時は与え、言い残したいことを話させた。十人にも満たぬ処刑だが、時はかかる。見れば、処刑人の前の土には赤黒い水溜りができていた。
 順慶の唱える呪文がわずかに聞こえる中、ちょうど首が転がった処刑場の有様を眺め、軍扇を開いて口元を隠していた光秀は、ぽつりと言葉を発した。
「やはり、十五郎を連れてこんでよかった」
 その言葉の意味するところが分からずに思わず問うと、光秀ははっきりと言い放った。
「血の池地獄に慣れるが武士の仕法というが、こんなものに慣れてはならぬ」
 織田家家臣の中でも特に信長の戦に参加し、誰よりも忠実にその命に従った男の言とは思えなかった。信長の過酷なやりようが世に知れ渡った比叡山攻めの際、信長の手足となって坊主どもを撫で切りにして回ったのは明智光秀その人だった。
「殿らしくない物言いでございますな」
 そうか、とだけ言い、会話はそこで途切れた。
 すべての処刑が終わった。目の前の原は家臣たちの手によって清められてゆく。あたりに水が撒かれ、血の飛沫が飛んだ辺りには黒土をかぶせている。死体は筵に包み、戸板で外に運び出している。早くも血の匂いを嗅ぎつけたか、烏がけたたましい声で仲間を呼びつつ、近くの木の梢に止まっていた。
 そんな中、それまで呪文を唱えていた順慶が光秀に向いた。
「光秀殿。此度は誠にありがとうございました。これで大和は平らかになりましょう」
「取り次ぎとして当然のことでござる」
「ところで光秀殿。ずっと考えておったのですが・・・。拙者に、貴殿のお子をお預け願えませぬでしょうか」
 順慶には子がない。元より体が弱く、僧形を取っているため妻がない。そのため、養子を迎え、その子に後継者としての教育を施したい・・・。そのようなことを順慶は述べた。
「では、次男を筒井家の養子としましょうぞ」
「貴殿のお子ならば、この大和を治める大器となりましょう」
 手を取り合う順慶と光秀の姿を、左馬助は冷ややかに見ていた。結局のところ、順慶は織田とのつなぎを果たし、こうして手を汚してくれた光秀に媚を売っておきたいのであろうし、光秀からしても、与力将と深い関係を結んでおきたいのだろう。代替わりした際に、明智家の血を引いた者が当主に登れば、事実上家臣になったも同然だからだ。
 一人、左馬助は陣幕の外に出た。戸板に乗った死体を運ぶ明智家臣たちの姿がある。あれらの死体は国衆の家族に引き渡されるようだ。
 ふと、左馬助は己が捕えた国衆の言葉を思い出していた。
『それしか、選ぶ道がなかったのだ』
 本当にそれしかなかったのか。もっと他に良い道があったのではないか。
 何度も心中で問うた。だが、その言葉を口にした国衆は、それ以上言葉を告げることはなかった。
 じょうじょうと風が吹くと、辺りのすすきをわずかに揺らし、沈みゆく日の方角へと流れていった。 (つづく)