オバペディア



 おばさんにはなりたくないねー、と、女子高生たちは笑い合う。なんかウザいし。なんかダサいし。あとシミとかできるしね。じわもね。ホント、歳だけは取りたくないわー。ホントだねー。
 そんな会話もちらほらと聞かれるような世にあって、その〝おばさん〟に目をつけた一人の奇特な若者がいた。彼はあるとき、おばさんだけが持つ情報の稀少性と有用性に気づいたのだ。
 たとえばだ。
 おばさんは、地域のスーパーの情報に常に目を光らせているものだ。どこの店で、何が安く買えるのか。タイムセールは何時の間で、値引きシールはいつ貼られるか。誰に言われるわけでもなく、日頃からインプットを怠らない。おばさんは、買い物を安く済ませるための情報をたくさん持っているのである。
 他にも、彼女たちは節約術に関する情報も有している。使い回しはお手の物で、安く作れるDIYなどにも精通している。
 他人の個人情報を得る術にも長けていて、日頃から情報収集を欠かさない。誰がどの職業についていて、どれくらいのかせぎがあるのか。どんな悩みを持っていて、どんなものに興味があるのか。誰と誰の仲が良く、誰がいがみ合っているのか。あらゆることが頭の中にあるのである。
 現代は、検索すれば何でも出てくると言われる時代だ。しかし、そんな時代においてもインターネットがもうし切れていない情報……それを持っているのがおばさんで、彼女たちは情報の宝庫であるに違いない――。
 くだんの若者はそんな確信に基づいて、おばさんの持つ独自情報にアクセスできるサービスを仲間と共に立ち上げた。
 仕組みは、とてもシンプルだ。
 ユーザーは、スマホで希望のエリアのおばさんを選択し、電話を掛ける。欲しい情報を求めると、おばさん側からその情報の稀少度合いに応じた価格が示される。ユーザーが承諾すれば取引成立。守秘義務のもと、口頭で情報の受け渡しが行われるという具合である。
 オバペディア。
 それがこのサービスの名称で、ローンチ直後から大きな反響が寄せられた。
 最初にヘビーユーザーとなったのは主婦層だった。
「すみません、卵を安く買いたいんですけど……」
 同じ町のおばさんにそう問い合わせると、すぐに情報を教えてくれる。
「それなら、今日はあそこのスーパーがお買い得よ」
 ユーザーは、簡単に安い卵を手に入れられるというわけだ。
「あの、ハンバーグを作りたくて……」
「合挽肉なら、今日はあそこの肉屋が最安値。タマネギは商店街の八百屋でね。そこのニンジンは高いから、もしニンジンを買うのなら、あっちのスーパーのタイムセールで買うのがオススメ。付け合わせのポテトサラダのじゃがいもは、こっちのスーパーで詰め放題をやってるわよ」
 この程度の情報ならば利用料も少額で、格安品を買って浮いた分をそれに当ててもお釣りがくる計算になっている。
 無論、オバペディアが提供するのは食料品の情報だけに留まらない。生活の知恵を借りる者も多くいた。
「猫のさくが欲しいんですけど、メーカーのものが高くって……」
 そんなリクエストもお安い御用だ。
「ワイヤーネットの大きいやつを結束バンドで横につなげて、柵にしたらどうかしら。倒れないようにスタンドも付けて。ぜんぶ百均にあるものでそろうわよ」
 こんな悩みも持ち込まれる。
「枕の寝汗の匂いが気になって……市販の消臭剤じゃ消えないんです」
「そんなときはじゅうそうの出番ね。水で溶かしたものをスプレー容器に入れて、吹きかけるだけでオッケーよ。容器は少しいいものを買っておいたほうが、機能性が高くて後々お得ね」
 おばさんは、豊富な知見でアドバイスをしてくれる。
 最も高額な情報は、個人にまつわるものである。
「二丁目の上杉さんの奥さんにお礼の品を贈りたいんですけど、どんなものがお好みか、ご存知ですか?」
「あの方は最近ルイボスティーにハマってるから、あげたらきっと喜ぶわ」
 事実、その通りにうまくいく。
 時には、すぐに返答をもらえないこともある。
「お隣の方に出産祝いをあげようと思ってるんですけど、何をあげたらいいものか……」
「ちょっと一日待ってもらっていいかしら。リサーチするわね」
 その翌日、おばさんから電話が掛かる。
「よだれかけが欲しいそうよ」
 依頼主は、お隣さんに情報通りのものをあげる。
「えーっ! ちょうど欲しいと思ってたの! なんで分かったの!?」
 オバペディアのおかげで、近所付き合いもえんかつになるというわけだ。
 おばさんの情報網は子供にまでも及んでいる。
「最近うちの子がつるんでる男の子、素行はどうなんでしょう……」
「お節介なようだけど、あの子は不良グループに入ってるから、すぐに付き合いをやめさせたほうが将来のためよ」
「お向かいさんが子供の成績を自慢してきてウンザリなんです。実際のところはどうなんですか?」
「表向きはああだけど、中の上くらいの成績よ。どうか、はいはいって受け流してあげてね」
 それを知って、心の健康も保たれる。
 おばさんは各家庭のふところ事情も熟知している。
「後藤さん家の奥さん、ランチに誘っても来なくなっちゃったんだけど、何か悪いことをしたでしょうか……」
「大丈夫。ダンナさんの会社が業績不振で、給料をカットされちゃったのよ。いまは一家で倹約中なの。心配しないで」
「ママ友の三村さん家、なんだか旅行に行ってばかりみたいなんですけど、何かあったんでしょうか」
「ダンナさんが宝くじを当てたのよ。一千万円ですって。半分はローン返済に回して、残りの半分で旅行することに決めたみたいね。うらやましいけど、こればっかりはね」
 適度になだめてくれるのも、おばさんのいいところである。
 引っ越しをするときも、オバペディアの出番が訪れる。引っ越し先の町のことを知るためには、不動産屋に聞くよりも、地場のおばさんにヒヤリングするほうが有用なのだ。治安に加えて、そこに住む人たちが自分の肌に合っているか。育児環境はどうなっているか。おばさんに聞けば、ネットでは分からないリアルな情報を手にすることができるのだった。
 オバペディアの登場により、おばさんの地位は飛躍的に上昇した。望んで〝おばさん〟になりたいという人も多くなった。
 しかし、適齢の女性ならば誰でも〝おばさん〟になれるのかというと、そんなことは決してない。特にオバペディアが軌道に乗りはじめてからは、公式のおばさんとして認められるためには厳正な審査をパスしなければならなかった。
 希望者は、まず書類審査で志望動機や自己PR、おばさん歴などを書かねばならない。不純な気持ちがけて見えると、この段階で落とされる。真のおばさんには、損得を越えた純粋な好奇心が必要なのだ。
 これを通れば、次はテストが待ち受けている。
 そのひとつ、プロのおばさんが監修している買い物テストはこんな具合だ。
 試験会場に赴くと、受験生たちには大量のチラシが配られる。架空の町の、架空のスーパーのチラシである。これに加え、八百屋や肉屋、魚屋などの価格表も渡される。それらの店が町にあるという設定なのだ。同時に各店舗がマッピングされた町の地図も配布される。
 事前に与えられる時間は三十分。その間、受験生たちは情報のインプットにひたすら努める。そして時間が来たら、こんな設問の書かれた回答用紙が配られる。


  • ・町で一番、カツオのたたきが安い店はどこか。
    ・最安値の豚バラが売り切れた場合、二番目に安いグラム単価で豚バラを購入できるのはどの店か。タイムセール品を除いて答えよ。
    ・地図上のA地点に住む人から依頼があった。以下のレシピでグラタンを作る際、一時間以内で具材を最も安く揃えるための方法を、買い物ルートも交えて答えよ。



 これらの問に答えるべく、受験生はチラシと格闘しながら必死で回答欄を埋めていく。
 買い物テストが終了すると、同じように掃除や料理、DIYなどの生活の知恵を問うテストも行われる。そしてその上位五パーセントに入った者のみが最終ステージにたどりつけるようになっている。
 最後に実施されるのは、対人の情報収集スキルを見るためのテストである。
 舞台は、郊外に用意された町のセット。そこで暮らす人々――もちろん全員仕込みだが――のプライベートな情報を、一定期間のうちに集めるのがミッションだ。
 受験生たちは、あの手この手で人々から情報を聞きだしていく。ある受験生は、立ち話をきっかけにしてさりげなく。ある受験生は、手土産を渡すついでに相手の懐に入っていって。ある受験生は、持ち前の大胆さで真正面から切りこんで。
 強引に情報を引きだすなどは問題外だ。継続して情報を集めるためには、相手に不快感を与えないことが重要なのだ。
 こうしてすべてのテストをパスして合格すれば、晴れてオバペディアの公式おばさんに認定されるわけである。
 しかし、選ばれし公式おばさんであろうとも、時には個人の感情で誇張した情報を渡したり、ミスで誤報を流してしまうということもあった。が、その点はネットの世界も似たようなものだ。いや、一般的にはネットのほうが、より正確性に欠けた情報を流しているといえるだろう。ゆえに、オバペディアのユーザーも少々のことには寛容で、クレームを入れるような者はほぼいなかった。もっとも、不満を漏らしたところで、派遣されてきたおばさんに言葉巧みに丸め込まれるだけだったのだが。
 オバペディアは拡張の一途をたどっていき、人々はますますそのサービスを利用した。おばさんのおかげで生活がラクになり、人間関係で悩むことも少なくなった。
 ある自治体は、人と人との良い潤滑油になるとして、おばさんを積極的に誘致して町の活性化につなげたりもした。ここまで規模が広がると、個人情報を渡すことに抵抗感を覚える人も少しは出そうなものであるが、実際のところはそうはならない。それを感じさせないスキルを持ったプロフェッショナルが、おばさんなのだ。
 おばさんの中でも特に人気の高い〝スターおばさん〟も誕生した。彼女たちは単に情報を提供してくれるだけではない。時におかずの余り物を持ってきてくれたり、時に独身者に素敵なお見合い相手を紹介してくれたり。まるで親戚のおばさんのような温かさで寄り添ってくれるのだ。
 そういうおばさんには一生そばに居て欲しいというファンのような人までついて、人気ゆえに他の町から好条件で引き抜かれることなども起こりはじめた。そのたびにファンは追いかけて同じ町に引っ越しをするほどだったが、他の人から町を荒らすなというクレームが入り、行き過ぎた引き抜き行為は禁止となった。
 ユーザーが増えるにつれて、オバペディアには広告も出稿されるようになっていく。情報を提供する前に時間を設け、おばさんが広告を紹介するのだ。それが嫌なユーザーは、広告なしの課金プランを選択した。その課金分や広告収入はおばさんたちへと還元され、おばさんたちは経済的にますます豊かになっていった。
 世間では、オバペディアの公式おばさんになるための対策塾やセミナーが開催され、希望者が殺到して予約も取りづらいほどになった。「一日十分であなたもおばさん! おばさん超入門」という本がベストセラーとなり、「おばさんになるために女子大生がすべきこと3選」というWEB記事が爆発的に閲覧された。国際的にも注目されだし、〝OBASAN〟のスキルはCIAが参考にしているとさえ噂された。
 おばさんは、いまや高収入、好待遇が約束された輝かしい職業のひとつとなった。若い女性たちがこぞって憧れの眼差しを注ぐのも、もっぱらおばさんなのである。
 その影響は、小学生を対象にしたアンケートにも顕著に見られる。
 女の子のなりたい職業ランキング。
 その最新結果は、こうなっているということだ。



 三位――パティシエ
 二位――看護師
 一位――おばさん
                         (完)

 インスパイアを受けた方
  ・サラリーマンさん
  (お題「貯まるおばさん」)