星の申し子



 高校に入学して二週間ほどが経ったころ。ようやく緊張もほぐれてきたかなという頃に、おれはあるうわさを耳にした。
「同じ一年に、ものすごい美人がいるらしい」
 どうやらミーハーな男子たちは、休み時間になるとこぞってその女子を見に行っているという。近頃では先輩たちもわざわざやって来ているらしく、昼休みなどはその女子がいる教室の前は野次馬でいっぱいになっているらしい。
 そういうものとは生来無縁のおれは、どこか冷めた気持ちで噂話を聞いていた。が、中学校からの友人で同じクラスの原田までも騒ぎだす始末で、どうしたものかと困り果てた。
「分かったから、急かすなって」
 ある日の昼休み、おれは原田のしつこい誘いについに音を上げ、その教室へと一緒に向かうことになった。
 原田は分厚いレンズ入りの黒縁メガネを押し上げながら、いつもの独特な口調で言った。
「早くしないと、人だかりができるのですよ!」
 歩きながら、おれは言う。
「でも、原田が女子に夢中になる日が来るなんてなぁ」
「言ったではありませんか、彼女をそこらの女子と一緒にしてはいけないと! 何といっても、彼女は星の申し子なのですから!」
「あー、はいはい、そうだった、そうだった」
 おれは適当に返事をする。
 原田は基本的にはいいやつなのだが、少々性格に難がある。大のちゅう好きであり、宇宙の話題となると見境がなくなってしまうのだ。
 一度火がつけば、やれブラックホールがどうだとか、ダークマターがどうだとか、よく分からない専門用語を一方的にまくしたてる。そうかと思えば、UFOの目撃談や宇宙人の侵略説など、怪しげな話を大真面目に演説しはじめたりもする。
 興奮だけは十二分に伝わってくるのだが、科学もオカルトも混ぜこぜで、まともに付き合っているとチンプンカンプンに拍車が掛かってしまうのだった。
 その原田が、今度は噂の女子のことを星の申し子だとか言い出したのだ。こうせいがどうとか、太陽神ラーとかルーとか興奮気味に語っていたが、おれにはいまいち分からなかった。
「うわぁ、凄い人だよ……」
 教室の前にはすでに人だかりができていた。
「なあ、やっぱりやめとこうぜ」
 おれは言うも、原田はまったく聞いていない。
「さすがは星の申し子……民を引きつけてやまないんだ……」
 そんなことをぶつぶつ言いつつ、原田は人混みをかき分けはじめた。仕方なく後につづいて行って、やがて教室の中をのぞける窓のところまでやってきた。
「ほら、あの方ですよ……」
 原田が指差す方向に目をやって、おれは思わず声を出した。
「へぇ」
 さすがのおれでも、男子たちが騒ぎ立てる理由がよく分かった。その女子はたしかに美人で、教室の中でまばゆいばかりの存在感を放っていたのだ。いや、存在感だけの話ではなかった。見ていると本当に目がくらんできはじめて、自ら光っているふうに見えた。その姿は、そう――まるで星のようだった。
「あれがアマカワソラさんです」
 原田は「天川宙」という字を教えてくれる。
「彼女が星の申し子です!」
 そして原田は力説する。
「太陽の黒点の数の推移がロマ数列の第二十項までの数と一致したとき、太陽フレアが地軸を貫き、この地に星の申し子が誕生するのです!」
「はあ?」
「これが、かの有名なミッフェルケスの第三定理です。ですから、彼女はれっきとした星の申し子なのですよ!」
 まったく意味が分からなかった。が、これが原田の通常運転といえばそうだった。
「ああ、ぼくはなんて幸運なんだ……」
 原田は天川に熱い視線を注ぎながら、そんなことをつぶやいた。
 おれはほとほとあきれながら、途中からは上の空でやり過ごしたのだった。
 それからというもの、原田が天川を見に行こうと毎日のように誘うので、おれは渋々ついて行った。
 当の天川はいつ訪れても誰かと話している様子はなく、超然とした態度でひとり休み時間を過ごしていた。
「おまえだけが行けばいいじゃん」
 何度もそう言ったのだが、原田は強引だった。
「この目で見ることができるなんて、天文学的数字の幸運なのですよ?」
「女子一人に大げさだな」
「大げさではありません」
 原田は言った。
「時期が来れば分かりますよ」
 その時期とやらが、やがて来る。
 ある放課後、原田が血相を変えて教室に入ってきたのだ。
「天川さんのところに行きましょう!」
 よく分からないながらもついて行くと、天川が廊下を歩いているところだった。その天川の後ろを、ぞろぞろと男子たちがついて行く。
 それ自体は珍しくはない光景だった。しかし、この日に限って様子がどうも妙だった。みんな目の焦点が合っておらず、ぼんやりした表情を浮かべていたのだ。
「なんか気持ち悪いな……どうしたんだろ」
 呟くと、原田は言った。
「天川さんの真の力がとうとう発現したのです」
「力?」
「周りにいるあの彼らは、いわば宇宙のちりのようなものなのです。塵は星に引きつけられるものでしょう? 彼らは天川さんという星に無条件で吸い寄せられているわけです」
「へー」
 塵呼ばわりされて気の毒だなと思いつつ、おれは言う。
「でも、天川もさぞめいわくなことだろなぁ」
「いえ、それが星を背負う者の宿命なのです」
 原田は分かったような口を利くのだった。
 天川の周囲の様子は、その日を境に少しずつ変わっていった。男子たちの奇行がより目立つようになってきたのだ。
 男子たちは、休み時間になるとわらわらと天川のいる教室の前へとやってくる。そこまでは同じだった。が、次第に彼らは教室に勝手に入りこみ、天川の周りをうずくようにぐるぐると歩き回るようになっていった。
 肝心の天川はそれを気にするそぶりも見せず、涼し気にひとり読書をしたり、ぼんやりしたり。時おり彼女が席を立つと、周りの渦もそれに合わせて移動した。
 おれは原田のそばで、その光景を遠巻きに観察しつづけた。
「あれ? なんかまた様子が変わった?」
 あるとき、おれは原田に言った。
「周りにいる男子たちが減ってない?」
「いまさら気がついたのですか」
 原田は言った。
「彼らの一部は衝突して消えましたよ」
「なんだなんだ、天川をめぐってケンカでもしたか?」
 物騒だなぁと顔をひそめる。
 違いますよ、と原田は言う。
「その衝突ではありません。彼らはいま、天川さんの周りで惑星を形成している途中なのです。時間の経過と共にぶつかり合って融合して、新しい姿へと変わっているというわけですよ」
「えっ、あいつら合体してんの?」
「はい。より高位ですうこうな存在になっている最中なのです」
 周囲の男子たちは日に日に少なくなっていって、やがてたったの十人になってしまった。
 その残った男子たちに、さらなる変化が現れた。彼らはあるときを境に地面を離れ、身体ごと宙へと浮いたのだ。そして彼らは天川の周りを公転しながら自転するという奇行を演じはじめた。
 原田に言わせると、彼らはついに惑星になったとのことだった。
「無事に軌道に乗ったわけです」
 惑星になった男子たちは、休み時間だけでなく、授業中も天川の周りを回りつづけるようになったらしい。おれはそれを、天川と同じクラスのやつから聞いた。
「最初はちょっとした騒ぎになったんだけどさ」
 そいつは言った。
「先生が天川に事情を聞いても返事はないし、飛んでるやつらを降ろそうとしても全然無理で。壁もぶち破って好き勝手に飛び回ってて、いまじゃみんなあきらめてるよ」
 隣で聞いていた原田が口を挟む。
「星の力に抗うことなどできないのです」
 その口調はずいぶん誇らしげだった。
 天川はどんどんまぶしくなって、やがて裸眼では直視できなくなってしまった。
 それでも原田は見に行くことをやめなかった。いわく、タイミングを逃せば一生後悔するとかなんとか。その原田の黒縁メガネは、いつしか度入りのサングラスへと変わっている。
 そんな状態で五月が過ぎ六月が過ぎ、七月も半ばを過ぎたころ。原田の言うタイミングというのがやってきた。
 その日、登校してきた原田は、いつにも増して興奮した様子で口にした。
「いよいよですよ……見てください!」
 突きつけられたのはノートだった。
「なんだこれ」
「これまでの観測記録です!」
 いつの間に書いていたのだろう、見ると何十ページにもわたって数字や数式がびっしり書き込まれていた。
「このデータをもとにモヘミヤ解釈が成り立つと仮定して計算を進めていくと、時間軸tが示すのが今日という日なのです!」
 全然意味が分からなかったが、とりあえず聞く。
「何が起こんの?」
「超新星爆発です」
 原田は言った。
「ぼくはこの瞬間をずっと待ち望んでいました」
「なんだ? その超なんとかって」
「超新星爆発です。星がその命の終わりを迎えるとき、周囲を巻き込み大爆発を起こすのです。そしてそれが、また次の星をつくる源になるわけです」
「えっ、爆発すんの? 天川が?」
「そういうことです」
「危ないじゃん」
「捉え方次第ですよ」
 そして運命の瞬間は唐突に訪れた。
 その日の三限目の授業中、不意に原田が「あっ」と叫び声をあげた。その視線の先には、公転する男子たちをまとって校舎の中庭を歩いている眩い存在――天川がいた。
「天川さんッ!」
 いきなり原田が教室を飛び出した。
「ぼくを置いていかないでッ!」
 おれも授業をよそに慌てて後を追っていく。
 天川は校庭の真ん中まで歩いて行って、そこで止まった。
 おれは距離を置いてたたずんでいる原田のそばに近寄るも、安易に話しかけてはならない緊張感がそこにはあった。
 自転する男子たちは、相変わらず宙に浮かんで天川の周りを公転していた。
 と、しばらくして、男子たちの描く楕円が少しずつ縮みはじめたのに気がついた。彼らは徐々に天川のほうへと引き寄せられていっていた。
 いったい何が起こっているのか――。
 そしてついに、ひとりの男子が天川の強い光の中へと吸収された。
 それを皮切りに、ひとり、またひとりと男子たちは光の中へ消えていき、とうとう最後のひとりも消えてしまった。
 校庭は異様な空気に包まれていた。みょんみょんと、異音が耳にひびいてくる。
 突然、それまで隣でじっとしていた原田が声をあげた。
「ぼ、ぼ、ぼくも!」
 原田は叫んだ。
「ともに宇宙の真理となるのですッ!」
 うわああッ!
 そう言って光に向かって駆けだした。
「原田ッ!」
 とっに引き止めようとしたものの、おれの身体は金縛りにあったように動かない。原田はそのまま光に消えて見えなくなった。
 その次の瞬間だった。
 視界がいきなり真っ白になり、次いで爆音が耳をつんざいた。
 おれは吹き飛ばされて、気づいたときには地面に転がっていた。身体のところどころに痛みがあり、転がった拍子に打ちつけたのだと遅れて分かった。
「原田ッ!」
 急いで顔をあげて校庭を見渡し、原田を探した。
 しかし、原田も、天川も、男子たちも、どこにも姿を見出すことはできなかった。

 それからの数日は頭の整理で精一杯で、瞬く間に過ぎ去った。
 立ち入り禁止になってしまった校庭には、爆発を示す大きな穴が残っていた。そしてその穴のあたりには、オパールのように虹色に光るもやのようなものができていた。
 この数日のうちに、おれは図書室に通って宇宙の本を何冊か開いてみた。超新星爆発という項目に書かれた説明はよく理解できなかったが、掲載されていた写真を見て目をみはった。
 写真の下には、かに星雲と書かれていた。それは超新星爆発のざんがいにあたるものだということで、校庭の靄とそっくりだった。



 やがて終業式がやってきて夏休みに突入すると、立ち入り禁止のテープがほどかれた。
 おれは夏期講習がある日には、授業が終わるとひとり校庭へと足を運んだ。そこでは何事もなかったかのように野球部やサッカー部が練習をしていて、時おり虹色の靄の中を人やボールが通っていく。
 夏の日差しを浴びながら、おれはベンチに座って時おり原田の言葉を思い返した。
 ――超新星爆発は、また次の星をつくる源になる――
 そのうちおれは、学校の至るところに小さな球体ができはじめていることに気がついた。球体は日に日に大きくなって、近ごろでは光を帯びだしている。
 これらが次の星となっていくのか――それは正直、分からない。
 けれど、だ。
 おれはこう願っている。
 原田が星に生まれ変われますように、と。
 そして無事に、宇宙の真理となれますように。
                       (完)

 インスパイアを受けた方
  ・林一さん
  (お題「行列のできる惑星」)