赤ちゃんエクスプレス



「か、かわいいーっ!」
 病院の個室で、思わずさけび声がれた。
 細く閉じられた目、頭に生えたうぶにぎりしめた小さな手。同世代の友達が初めて産んだ赤ちゃんに、ひたすら母性をくすぐられる。
 恐る恐る抱っこをして、不器用に左右にらしてみる。泣きだす前にと友達に返すと、わたしは出産祝いを彼女に手渡す。
「えーっ! ありがとーっ!」
 笑顔をかせる彼女の姿はどこか聖母のようでもあり、本当におめでたいなぁと思わされる。
 と、そんな中、ふと会話が途切れたとき、友達はぽつりとこんなことを口にした。
「でも、ほんと、登録してよかったなぁ……」
「登録?」
「そう、赤ちゃんエクスプレス」
「う……ん?」
 初めて耳にする言葉に、わたしは首をかたむけた。ベビー用品店のことだろうか。そう思いつつ、素直に聞いてみることにした。
「それって、なに?」
「えっ」
 彼女はおどろきをかくさずに声をあげた。
「知らないの?」
「赤ちゃん……なんだっけ?」
「エクスプレス」
「知らないけど……」
「えぇっ!」
 友達は目を丸くしながらつぶやいた。
「それじゃあ、もしそのときが来たら、コウノトリが、ってことなんだねぇ……」
 ただ、そう言ったあと、彼女はすぐに言いえた。
「でも、考え方は人それぞれだし、夫婦の間でも意見が分かれたりすることだから、わたしがどうこういう話じゃないよね。ごめん、変な話して。いまのは忘れて」
 それで友達は話を打ち切ろうとした。
 けれど、そんなことを言われて忘れられようはずがない。
「ちょっと、教えてよ! 何の話なの?」
 わたしは彼女に食い下がり、説明を求めた。
「そもそも、コウノトリっていうのは何のこと?」
 友達はしばらくまようそぶりを見せていた。が、やがて赤ちゃんをベビーベッドに移してから口を開いた。
「ほら、昔から、赤ちゃんはコウノトリが運んでくるものだって言うじゃない?」
 まどいながらもうなずくと、彼女はつづけた。
「それのこと」
 しゃくするためにいっぱく置いて、わたしはたずねる。
「えっと、空想上のお話が、なんでいきなり出てきたの?」
「空想? えっ、ウソ……」
 そっか、そこからなのか、と彼女は言った。
「えっとね。いい? あの言葉は空想なんかじゃなくてさ。昔から、赤ちゃんはコウノトリが運んでくるものだって決まってるの。学校とかで習わなかった?」
 何のじょうだんかとあいまいに笑ってみた。けれど、友達の目は真剣で、わたしは答えざるを得なかった。
「習った覚えは、ないね……」
「そうなんだ……」
 友達は同情の色を目に浮かべつつ、なら仕方ないね、とつづけて言った。
「そういうことなら、いまがその機会ってことだよね。それじゃあ、分かった。わたしが責任を持って教えてあげる」
 そして少し頭を整理する様子を見せ、彼女は言った。
「まず、あのコウノトリが赤ちゃんを運ぶって話。あれ自体は、じつは大げさな表現で。実際には、コウノトリは夫婦のところに知らせを運んできてくれるだけなの。おめでとうって書かれた紙が入った小箱を届けてくれて。それを受け取った瞬間に、赤ちゃんがお腹の中に宿るわけ」
 わたしはこう言わざるを得なかった。
「ねぇ……それって本気?」
「本気も本気。ただ」
「ただ?」
「ずっとつづいてきた伝統的なことなんだけど、ここ何年かでそれを不安視する声が出はじめたの」
 ――間違えて届けたりするんじゃないか。
 ――鳥の病気が流行っているのに、衛生的に問題はないのか。
 ――途中で落としたりしないのか。
「そんな中、こういう苦情が爆発的に多くなって」
 ――不在で受け取れなかったら、どうしてくれるのか。
「コウノトリが家庭に知らせを運んでくるのは、昼間だけなの。うちもそうだけど、いまって夫婦共働きのところが多いじゃない? だから、お休みの日に来る分にはまだいいんだけど、平日の昼間に来られても、家に誰もいなくて受け取ることができないでしょ?
 でも、だからって、いつ来るか分からないコウノトリを待つためだけに、ずっと休暇を取って家にいるわけにもいかないじゃない。これまでは、なんとか夫婦で交代しながら家にいる日をなるべく増やす。それくらいしか解決策がなかったわけ。そりゃ、出生率も下がるよね。
 で、そんな要望をみとって新しく生まれたのが、赤ちゃんエクスプレスなの」
 友達は言った。
 おめでた界に革新を――。
 そんなうたい文句である団体がはじめたのが、赤ちゃんエクスプレスというサービスだった。コウノトリのような旧時代的な慣習は、一刻も早くさっしんせねば。我々は、イノベーティブなおめでたを人々に提供していくのだ。
 団体の詳細は、一切がなぞに包まれている。けれど、それがかえって神秘的な雰囲気をまとわせるのだろう。夫婦やカップルの間で、またたく間にその存在が知れ渡った。
「それって、どうやって登録するの……?」
「WEBサイトがあって、そこに登録さえしておけば、自分はそのサービスを選ぶっていう立場表明になるの。独身でも、若くても、歳をとってても、登録だけなら誰でもできて。
 でも、登録したからって、絶対に赤ちゃんをさずかれるわけじゃない。そのへんは、あくまで自然のせつちゅうじつでね。赤ちゃんエクスプレスの役割は、コウノトリの替わりにお知らせの小箱を運ぶことだけ。だから、いつやって来るかは分からないの。中にはちょうを感じる人もいるらしいけど、突然なことがほとんどね」
「……だったら、やっぱりそのお知らせを受け取れない人が多いんじゃないの?」
 わたしは素直な疑問をぶつけてみる。運ぶ役目がコウノトリじゃなくなっただけで、本質的にはコウノトリの場合と同じじゃないか。そう思ったのだった。
 すると、友達は「うん」と軽く頷いたあとにこう言った。
「たしかに、そこはあんまり変わらないね」
 でも、と、彼女は言った。
「決定的に違うのが、最初に来てくれたときにたとえ家にいなくても、ちゃんとポストに不在票を入れてくれるってところなの」
「不在票!?」
 わたしは思わず声をあげる。
「だから受け取れなくても、改めて時間を指定して再配達をお願いすればいいだけで。いそがしい夫婦にとって、こんなにうれしいことはないでしょ? 再配達のときに受け取り場所を選んでおけば、コンビニで受け取ることだってできちゃうの。こんなの絶対、コウノトリには無理だよね」
 たしかに現代的だなぁと、わたしはうなる。
「ちなみにうちは、マンションの下の宅配ボックスにそのお知らせが入ってた」
 何だろうと小箱を開けると、おめでとうと書かれた紙が入っていた。それで何が起こったのかを理解して、すぐに夫へ電話をした。
 本当に登録しておいてよかったなぁ……。
 友達は幸せそうに口にした。
 わたしは、まだまだきつねにつままれたような気分でいた。けれど、友達のその表情を見ていると、これ以上追及するのも野暮だなぁと思わされた。
 長居も彼女に悪いことだしと、赤ちゃんの顔をもう一回ながめたあと、わたしはそろそろこの場をきょすることにした。
「……それじゃあ、また会おうね。母子ともに、元気でね」
 そう言って、病院を後にしたのだった。



 自宅に帰ると、わたしはなんだかさびしくなった。
 自分のほかに誰もいない、一人暮らしのせまい家。パートナーはもう何年もいなければ、できる気配もまったくない。
 いや、パートナーはいるにはいた。二年ほど前からいはじめた猫が一ぴき
 わたしはその猫をでながら、友達の幸せそうな顔を思い起こす。
 赤ちゃんエクスプレス――。
「わたしも登録してみようかなぁ」
 猫に向かって話しかけ、WEBサイトを検索してみる。検索結果の一番上にサイトが現れ、タップするとページに飛んで、友達から聞いたとおりの内容が書かれていた。
 何度かタップを繰り返すうちに、やがてサービスに登録するための入力フォームにたどりついた。なんとなく、わたしはそのまま名前や年齢、住所などを入れて、ボタンを押した。送信完了の画面に変わると、サイトを閉じて一息ついた。
「いつかわたしも、親になる日が来るのかなぁ」
 呟く声を聞いているのかいないのか、猫はあまえる声を出した。



 状況が一変したのは、友達の話を忘れかけたころだった。
 ある日、仕事を終えて帰宅すると、ポストに不在票が入っていた。
 なんだろうと差出人のところに目をやってみて、しんぞうが飛びだしそうになってしまった。
 赤ちゃんエクスプレス。
 そこにはたしかに、そう書かれていたのだった。
 わたしはすぐさま、翌日の夜の再配達を依頼した。その間にも、いろいろなことが頭をよぎる。
 まさか自分が子を授かったということだろうか?
 だけど、だ。身に覚えはまったくない。
 いったいこれはどういうことか……。
 次の日は仕事が手につかず、早めに切り上げ家でじっと荷物を待った。やがて指定の時間帯にチャイムが鳴ると、わたしはそれを受け取った。
 やぶれんばかりに急いで小箱をこじあける。と、「おめでとうございます」と書かれた紙が中から出てきた。それはまさに、聞いていた通りのお知らせの紙に違いなかった。
 と、その瞬間、ある人物がわたしの頭をよぎっていた。
 聖母マリア――。
 じゅたい告知を受けたその人物は、不義なく神の子をごもった。
 まさか自分も、聖母と同じような状況に……?
 もしそうならば、とんでもないことじゃないか……!
 まずは検査をしてみなければ。そう思い、めまいがするまま何とか病院を予約した。
 検査日までは仕事も休んだ。そしてわたしは、その日を迎えた。
 ところが当日、わたしは医師からこう告げられた。
「妊娠の可能性はなさそうですね」
 あんしつつも、混乱はさらに深まった。
 それじゃあ、あの届けものはなんだったのか。
 赤ちゃんエクスプレス側が、送り先を間違えたのか。はたまた、前の住人宛に送られたものだったのか……。
 考えてみるもそれ以上は浮かんでこず、もやもやした日々を過ごした。
 けれど、数週間ほど経ったある日。わたしはふと、ひとつの異変に気がついた。
 愛猫のお腹がふくれているように見えたのだ。
 まさかと思いつつ、さらに数日、観察してみた。猫のお腹は日に日に大きくなっていき、もはや何かがそこに宿っているのは明らかだった。
 わたしは赤ちゃんエクスプレスに登録したときのことを思いだす。たしかあのとき、飼っているペットの情報も入力した覚えがある。
 ということは……おめでたなのは、うちの猫?
 そう考えた瞬間、せんりつが走った。
 なぜならば――。
 わたしよりいっそう、いや絶対に、そんなことがあるはずがないのだ。うちの猫は生後間もないころ、たしかににん手術を受けているのだから!



 それでもわたしを追いこむように、猫のお腹は日ごとに大きくなっていく。
 わたしはひとり、頭を抱える。
 聖なる母は、人間に限った存在ではないのだろうか。
 この猫から出てくるのは、いったい……。
 いくら悩んでみたところで、答えは見つからないままだ。



 近ごろでは猫のお腹は、こうごうしく光りはじめてさえいる。
               (完)

 採用させて頂いた方
  ・きゅいさん
  (お題「運ばれ屋」)