第四章 直 視(承前)

「ちょっと、ちょっと待ってくれ。どっちの味方や」
 しょうの体は、完全にに向いていた。
「専務さん、敵も味方もありません。私もさんもほんまにいつやめようかと、ギリギリのところでくまさんとこに行ってたんです」
 真理子は互いの夢がなかったら、もっと早い段階でプロジェクトから離脱していた、とつぶやき、やっぱり口を一文字に結ぶ。何かの意思表示か、本音を口にするときに現れる身体反応なのかもしれない。
「いまさらそんなこと、それじゃ後出しじゃんけんや。メーカーからの高い評価を喜んでたんとちがうんか。僕はあんたが喜ぶ顔が見とうて、親父に隠れて頑張ってたところもあるんやで」
「すみません。評価されたことは、ほんまに嬉しかったんです。由那さんも自信を持ったようでした」
ぐらさんが使った『限界』という言葉ですが」
 けいろうは、真理子と正太の二人に言葉を投げた。
 二人は同時にこちらを見る。
「専務のやっていたことなのか、店長の方針なのか、それともまったくちがう事柄に対してなのか。それによって意味合いがちがってきます。メモが遺書でないにしても小倉さんが実際に書いたものである以上、彼女が何に限界を感じていたのかが、この事件を左右する」
「つまり犯人を特定する材料になり得るということですか」
 と、慶太郎にいた光田みつたの目がぎらついた。
「あかん、そんなこと認められへん。僕か、親父かのどっちかが犯人やと言うてるようなもんやないか」
 正太は光田にみついた。
「なぜです?」
 慶太郎が訊く。
「なぜって、どっちが小倉さんに、もう限界やって言わせてたかってことですやろ。ほんでそれが遺書やない、つまり自殺やない言うんやったら、そういうことになるんとちがうんですか」
「いえ、私はそうは思いません」
「そんなんうそや。先生は何をたくらんではるんですか」
 正太は興奮して赤ら顔だ。
「企む、私が?」
「患者のためやとか、小倉さんのお姉さんに頼まれたとか言うてますけど、どこから費用が出てますんや。その上、僕のことも救いたいって何ですか。ええ加減、ほんまの目的を白状しはったらどうです?」
 正太は真理子のほうに体を向けたまま、横目で慶太郎をにらんだ。
 正視しないのは心の弱さを示している。しかし正太は、この場から逃げ出すどころか、慶太郎をおとしめる反撃に出た。これは慶太郎が不気味な存在であるにもかかわらず、身の危険を感じるほどの恐怖はない証拠だ。人をあやめた人間なら、恐怖心が表情やしぐさに現れるだろう。
 正太を犯人から外してもいいかもしれない、と思ったとたん、慶太郎の顔がゆるんだ。
「何がしいんですか。僕は真剣に話してるんや」
「失礼、不謹慎でした。あやまります」
「何ですか、いったい」
 正太は首を突き出し、目を細める。
「私は、ある患者のために、小倉さんの死の真相を調べています。ただそれだけです。あなたが勘ぐるような商才は私にはありません。それに人の不幸をお金にして、ふくやそうなんて、これっぽっちも考えてません。古い人間なんでしょうね、そんなことをすると必ずバチが当たると信じてますから」
「一円の得にもならへん言うんですか。そんなんおかしい」
 正太はしつこく慶太郎にからんだ。
「お金も大事だけれど、それよりも健康のほうがもっと大事です。その健康も心によって不調をきたす。つまり心こそが一番大切なんじゃないか、と思ったから私は精神科医になった。もっと言えば、人生の幸不幸は心が決める。大学病院に勤めていたとき、のうこうそくで右半身に後遺症がある婦人のカウンセリングをしたことがあります」
「何の話や」
「まあ辛抱して聞いてください。その方、体だけではなく、左脳にダメージを負っていたため言葉を失っていました。けれどその婦人は、よちよち歩きの体で病室を抜け出し、地下にあった売店へ行くんです。そこでお菓子を買う。それを持って、病院で知り合ったばかりの人たちを見舞うためにいくつもの病室を渡り歩くんですよ。転倒でもされたら大変ですから、見つけた看護師たちはやめさせようとした。けれど彼女はやめません。ニコニコ笑って、お菓子を持って行こうとする。不自由な体、意思を伝えようにも言葉が出てこないのに、婦人はけっして落ち込まない。驚くほど明るいんです。もっとびっくりしたのが、お菓子をもらった患者が明るくなったことだ。言葉は話せなくても、ご婦人の励ましたいという気持ちは、きちんと相手に伝わっていたんです。それが心というもんなんですよ、さん」
 慶太郎は正太の顔に目をやり、
「私にはクライアントを自殺によって失った経験があります。話を聞き診断して、場合によっては薬による治療をしますが、それだけでは、本当に苦しんでいる人の力にはなれない。それこそ限界を感じたんです。自分は精神科医、いや人間として価値がないと思った。そう悩んでいたとき、いま言った女性に出会ったんです。その人のお陰で、もし自分に価値があるとすれば、目の前の悩む人に寄り添い、その人に応じたやりかたで、何があっても励ます医師として生きたときだ、と思えるようになった」
 と続けた。
「いまここで、先生の信条を語ってもろても、犯人呼ばわりされてる身には何もひびきまへんわ」
 正太は、やはり視線をそらす。
「とにかく私には何の企みもない、そのことを分かってほしいんです。それにもし、あなたが犯人だとすれば、秘密をばくされることを恐れての犯行だと推測できます」
 はいするはずの食材を再利用していることが世間に知られれば、ハッピーショッピーは立ちゆかなくなる。当然熊井産業にも影響が出るだろう。内部告発をした由那もある程度の損害はこうむるだろうが、正太やハッピーショッピーに比べればそれほどでもない。そう考えると、由那は相当な危険いんだ、と慶太郎は言った。そしてすぐに、
「確実に口封じをしなければならないはずです」
「あんまりや。あのな、先生、僕にかて心はあるんや。いくらなんでも人を殺してまで商売しようなんて思わへん」
 正太は泣きそうな顔で言った。
「落ち着いて最後まで聞いてください、専務。小倉さんの死因について、私と垣内かきうち刑事が話していたことを思い出していただけませんか」
「アレルギーがどうのと言うてたやつですか」
 由那の部屋でのことを思い出そうとしているのか、正太は天井を仰ぎ見て目をしばたたかせた。
「アナフィラキシーショックです。私は垣内刑事に、その死因に疑問があると言ったんです。確かに小倉さんは口にした毒によって亡くなった。しかしそれは毒性によってではなくアレルギー反応によるものでした。ただしアレルギー反応によって死んでしまう確率は極めて低い。確実に口封じしたいと思う犯人が、そんな綱渡りはしない。そう思いませんか」
「それは、僕が犯人やないって言うてはるんですか」
 正太はいぶかるような目を向けてきた。
「熊井さんとの企てに小倉さんを巻き込んだ事実は、絶対におもてにできない秘密だった。秘密が重大であればあるほど、がんばなからちゅうしゅつした毒での犯行は見合わなくなる。それが今日の私の収穫です」
「なんや、ええことなんか悪いことなんか分からへんけど、僕は疑われてないんですね。ほな親父が……」
「店長は第一発見者ですから、最も疑われる立場です。それは間違いない。けれど、小倉さんのメモの内容を見れば、さきほど専務がおっしゃったように、もう限界だと言わせた人間が関係していることがすぐに分かる。店長が犯行に及び、第一発見者をよそおったとすれば、そんな危ないメモを放置するとは考えにくい。たとえ自殺だと見せかけるためだとしても、店の得にはなりません。それに方針とちがうくらいのことなら、辞めてもらえば済むことでしょう?」
「経営方針のちがい以外に、別の理由があったのかもしれませんよ」
 光田が横やりを入れた。
「小倉さんと店長との間にもっと大きな問題があったとすれば、専務同様、不確実な毒性に頼ったことがうなずけません」
「そうか、なるほど。隠蔽いんぺいしたいことの重要性と毒性は比例するってことですね」
 光田がペンを走らせながら、うなずいた。
「そういうことになります」
「では本宮もとみや先生、小倉さんが飲んだ毒は、自殺にも他殺にも不向きだったってことになりませんか」
「ええ、死ねない毒だったってことです」
「それは不思議な話ですね。事実小倉さんは命を落とし、遺書めいたメモが残され、さらに部屋の内側から鍵がかかってたんですから」
 光田は、警察へのその後の取材で、部屋内部のドアノブには店長と由那の指紋しか付着していなかったことが分かったことに触れ、
「発見者の店長が犯人でないとすれば、ドアをしめて内側から鍵をかけたのは小倉さんだということになりますよ」
 と慶太郎の耳元で言ったけれど、真理子や正太に聞こえるような大きな声だった。
「それじゃあ垣内刑事としても?」
「捜査の続行は難しいでしょう。先生には自分から事の次第を報告すると言ってました」
「ますます急がないといけませんね」
「自殺でないのなら、ね」
 そう言う光田の言葉にうなずくと、慶太郎は真理子に目をやる。
「小倉さんに付きまとっていた男性を知っていますね」
「知ってます。相談を受けてましたから」
「困っていたんですよね。具体的にはどんな感じだったんですか」
 とうから直接聞いた思いや行動と、由那が感じていることの差異を確認しておきたかった。
「まず毎日、惣菜そうざいを買いにきては、何時間も由那さんを見つめているんだそうです。だからその男性がいないことを確認して、由那さんは行動するようになっていました。でもいつも視線を感じると言って、怖がってました」
平岡ひらおかさんから見て、どんな印象の男性でした?」
 やはり知らないふりで尋ねる。
「見た目は真面目で温厚そうな男性です。たぶん本当にちょうめんなんだと思います。結婚を前提としたつりしょを持ってきて、自分の住所とか勤め先を知らせてくるんですから」
 真理子は尾藤という人物を知るけいを話した。ただ彼女は尾藤の名前は出さなかった。お客の秘密を簡単に口外するタイプではないようだ。
 真理子の抱いた尾藤の印象は、慶太郎が彼を診たときのものとさほどかわりはない。興味深いのは、尾藤が釣書を持ってきたことを、性急だがそれほど身勝手な行動だとは真理子が思っていない点だ。むしろ好意的に受け取っていた節がある。
「でも由那さんは恐怖を感じていた。それは付きまとわれていたからですね」
「それはそうです。ずっと付きまとわれている怖さは、女性なら男性の何倍にも感じますよ。気が休まるときがないって由那さん、困ってました。ただ私もよくなかったんです」
「というと?」
「その真面目さというのか、じゅんぼくそうな風貌ふうぼうに、まず私自身が気を許してしまったんです。それほど悪い人じゃないなんて……由那さんいろんな男性からモテるのに、恋愛の話があまりなかったもんやから。熱心に通ってくれるお客さんでもありますし、しっかりした会社に勤めてはるんで」
 相手が真剣なら、きちんと話を聞いてあげてもいいのではないか、と助言したことがあった、と真理子がうつむいた。
「大企業の経理やってる人間ですわ。まず疑うんはそいつやって、僕が刑事さんに言うたん、先生も知ってますやろ?」
 と、正太は得意げな表情だ。
「覚えてますよ」
 慶太郎は軽く受け流し、真理子に訊く。
「その男性は店にきて小倉さんを見つめる。他にはどんな行動をとったんでしょう。知っていることがあったら教えてください」
「アパートにもやってきていたそうです。たぶん帰宅するところをつけられたんではないかと、由那さんはおびえていました」
「家を知っていた。で、それ以上は?」
「……ものが、動いてることがあったんだと言ってました」
 真理子がもじもじして慶太郎を上目づかいに見る。
「部屋の中のものが、ですか」
「由那さん自身もはっきりしないようでした。でもじょうしの手紙とかハガキを誰かが動かしたような気がするって。自分の勘違いかもしれないから、誰にも言わないでほしいと頼まれてたんです」
「そのことは誰にも言ってないんですね」
 念を押すと、真理子はうなずいた。
「平岡さんの家族構成は? これは答えたくなければ結構なんですが」
「そんなん答える必要あらへん」
 正太がまた体を乗り出した。
「専務かまいません。うちとこは、私と三人の子供の四人暮らしです。元夫とは別れて十一年が経ちます。離婚の原因も言わんといけませんか」
 真理子は母親の顔になったように見えた。彼女は自分の夢だと言っていたが、子供たちのために正太の話に乗ったのかもしれない。
「いや、結構です。妙なことをうかがって、すみませんでした」
 慶太郎は謝ると立ち上がり、
「平岡さん、そして専務、今日はお時間を取っていただきありがとうございました」
 と深々と頭を下げた。




      3




「すみません、専務。ご相談が……」
 夕方、事務所にいた正太のところに、三郎さぶろうが血相を変えてやってきた。
「うん? ここでは何やから、警備員室に行こか」
 正太は、戻ってきた父親の顔色をうかがいながら、三郎を連れて事務所を出た。
 三分とかからない距離が、いまは遠い。光田と彼が何の断りもなく連れてきた本宮医師と別れた後、どっと疲れが出て、ただでさえ重い身体に膝が悲鳴を上げ出した。
 記者の陰に、精神科医の存在があったとは──。
 真理子は、ひと言もなく惣菜部へ戻っていったが、守ってくれなかった男に幻滅げんめつしたのかもしれない。気持ちの行き違いは、ゆっくり話すことで解消するしかない。
 正太は大きなため息をつくと、先に三郎を警備員室に入れてドアを閉めた。
「親父の前であんな声出してどないしたんや、びっくりするやないか。記者と医者が何か言いよったんか」
 あの後二人が、非番だった三郎の自宅アパートを訪問することになっていた。立ち会うつもりだったけれど、気力を失ってしまったのだ。
「僕を疑ってるみたいなんです」
 そう言う三郎の顔色はまだ回復しない。
「あいつら、誰でも疑ってかかりよるんや。そんなもん気にすな、サブちゃん」
「そう言いますけど、専務。由那ちゃんを殺したって疑われるだけで、吐きそうになってしまって、何を言ったのか半分覚えてないんです」
「おいおい、サブちゃん。探偵気取りやったときと、えらいちがうな。しっかりせえ」
 正太は椅子に座るよう促した。他人のことになると余裕が出るものだ、と思いつつ腰を下ろし、
「何を訊かれたんや」
 とふんぞり返った。
「はじめはあのストーカーのおっさんのことを訊いてきて……そのうち小倉さんとは親しかったのかって」
 三郎はシナリオライターになる夢を抱いていて、夢を追う者同士、互いに励ましあっていたと話した。
「精神科医が、小倉さんに付きまとっていたのではないのかと言うんですよ。僕をストーカーだと言う人間もいる。それに、小倉さんが僕のことをにもかけない態度をとっていた。その様子を見ていた人がいるって」
「それは、ほんまなんか」
「そんなわけないっすよ。でも頭に血が上っちゃって、僕には何でも悩みを話してくれて、信頼もされていたんだって言っちゃったんです」
 三郎は落ち着きなく、髪の毛を触る。
「別に問題ないんとちがうか」
「医者が、自分が嫌われていると言うストーカーはいない、部屋が目の前なんだから、小倉さんの行動パターンもよく分かっているねって、笑いやがった」
「サブちゃんが、小倉さんにフラれた腹いせに殺害したっていうことか」
「そう言いたいんでしょうよ」
 そのうち本宮医師がムーミンの話を持ち出したのだという。
「小倉さんはムーミンが好きだったようだが、それを知ってるかって訊いてきました」
「小倉さんがここで調べてたやつやな」
 正太は三郎の目の前にあるノートパソコンを一瞥いちべつした。
 由那は、三郎のパソコンを借りて、ムーミンに出てくる台詞せりふを調べるために、インターネットにアクセスしていた。その由那が残したコンピュータのアクセス履歴を、三郎は調べてくれた。それによると、亡くなる一週間前に開いていたのが、スナフキンの台詞などを掲載したホームページだった。
「ムーミンの中で、特にスナフキンというキャラクターが好きだったことも知っているのかって訊かれたんで、『本当の勇気とは自分の弱い心に打ち勝つことだよ。包み隠さず本当のことを正々堂々と言える者こそ本当の勇気のある強い者なんだ』とスナフキンの台詞を言ってやったんです。台詞はすっと覚えられるたちなんで」
 由那との関係が良好だったことを示したかった、と三郎は言った。
「それが間違いの元だったんです」
 と強く目を閉じ、くしゃくしゃな顔をした。
「何で間違いなんや」
「その台詞、まさしく小倉さんが気に入っていたものだ。わざわざメモして職場のエプロンにしまっていたくらいだって、また医者が嬉しそうに言ったんです。そして、それを暗記してるなんて、この台詞について小倉さんと話したのかと質問されたんです」
「何と答えたんや?」
「仕方なく、ここで」
 三郎も黒いパソコンに目を落とした。
「この部屋に入れたことを白状してしもたんか」
 そのことを知った本宮医師は、由那がどんな思いでスナフキンの台詞をメモしていたのか、本人から聞いていないかと問うてきたそうだ。
「サブちゃんに……?」
「言葉に詰まってたら、職場に対する不満を聞いたことはないかと尋ねられたんです」
 それについては何も訊いていない、自分たちは常に前向きな話をしていた、と三郎は答えたという。
「けどこの後、小倉さんの部屋の合い鍵のは知ってるねって」
「断定口調か」
「そうです。だから知ってると言うしかなくて……最悪なのは」
 三郎は背中を丸めて下を見た。
「何やねん、何があったんや」
「あの医者が、小倉さんの部屋に無断で侵入した人間がいると、僕を睨んだんです」
「アホやな、サブちゃん。相手は精神科医や、いろんなこと言うて反応をみるもんや。根も葉もない言い草に動揺せんでもええんや」
 正太は思わず噴き出し、小さな悪戯いたずらを気にする中学生のような三郎の肩を軽く叩いた。
 頭をかいて苦笑いする三郎を想像していたが、彼はうつむいたまま、固まっている。
「こら、サブちゃん。医者の前でもそんな態度とったんやないやろな。そんなんでは、はいその通りです、お許しをって言うてるようなもんやないか」
 気持ちをほぐそうと軽口を叩いた。
「…………」
「サブちゃん、どうした?」
「あの医者、好きな人にきた手紙は気になるものね、と言った……」
 三郎の声が震えている。
 正太は、真理子が本宮医師に言っていたことを思い出した。『状差しの手紙とかハガキを誰かが動かしたような気がする』という由那の言葉だ。
「ああ、それはな、さっき平岡さんがあの医者に言うてたことや。そやから、いちいち反応するなと言うてるんや」
 三郎の顔色がさらに悪くなり、ひたいに汗をかいている。
「……えっ、サブちゃんお前。まさか、そんなこと……」
「専務、実は僕、由那ちゃんのこと好きだったんです。シナリオへのアドバイスが的を射ていて、自信がなくなったことがある。普通なら腹が立って、二度と読ませるかってなるのに、そうはならなかった。不思議に受け止められるんです、由那ちゃんの言葉なら」
「ほなあの医者の言うストーカーは、サブちゃんやったんか」
 そう言いながら、正太は体の力が抜けていくのが分かった。
 内部の人間によるストーカー行為、不法侵入、そして──。もう店はつぶれると思うと、急に三郎が憎らしくなってきた。彼を信用して事件のことを相談してきた自分が、どうに思えた。
「ようも裏切ってくれたな」
 これ以上ここにいると、手を上げてしまいそうで、正太は椅子から立ち上がろうとした。
「待ってください専務。無断で由那ちゃんの部屋に入って、手紙を盗み見したことは認めます。本当にれつだったと反省してますし、専務に隠してたのも悪いと思ってます。でも、由那ちゃんを殺してなんていません。いまだに向かいの部屋に由那ちゃんがいないことが信じられないくらいなんです。信じてください、専務」
 正太にすがりつかんばかりに、三郎は頭を下げた。
「ほんまに小倉さんを……」
「殺してません」
「今度は信じてええんか」
「信じてください」
 三郎は何度も頭を下げる。
「合い鍵のひもの結び方、知ってたんか」
「警備員の研修で、いくつかのロープワークを教わりました」
「小倉さんの部屋に侵入して、物色したんは手紙だけか。何か盗んだりしたんとちがうやろな」
「手紙と日記みたいなノートをのぞいただけです。それ以外のものには手を触れてません」
「小倉さんのいるときに、部屋に入ったことはあるんか」
 三郎は首を振った。
「入ったとき、手袋してたんか」
 妙なことが気になった。
「指紋には気をつけました」
「あの医者には白状したんか」
「頭が真っ白になって、その後は何を言ったのか覚えてません。けど自分から認めるようなことはしてないと思います」
「ほな医者がサブちゃんの態度から、そうやと判断したところで、サブちゃんが小倉さんの部屋に無断で入った物的証拠はないんやな」
 三郎を見下ろして、正太は言った。
しらを切り通すしかない、何があっても。僕はサブちゃんのことをもう一回信じるけれど、あいつらは、いや警察は信じない。サブちゃん、やつらは、犯人を絞ってきてる」
 正太は、自分と父親とが容疑者リストから外れたことを三郎に話した。
                      〈つづく〉