プレミアム地方



 昔から、キラキラした人にあこがれがある。セレブやゆうそうと言われる人たちだ。
 宝くじでも玉の輿こしでも、手段はなんだって構わない。いつかは自分もお金持ちになって、周りの視線を集めるような女になりたい。ずっとそう願ってきた。
 けれど現実は甘くなく、いつまで経ってもキラキラ生活は夢のまた夢のままだった。
 そんなわたしがプレミアム地方のことを耳にしたのはぐうぜんだった。会社の同僚から、こんなことを聞いたのだ。
「なんか、プレミアムな人だけが住んでる地域があるらしいって話、知ってる?」
「プレミアム……?」
しょみんとは違う、ワンランク上の人たちだけが住んでる場所なんだって。住むには厳正な審査があるらしくて、ただの高給取りとか成金じゃあダメなの。一定以上の収入があるうえで、プレミアムにふさわしい品格とかが問われるんだとか」
 だけど、と同僚はつづけて語った。その審査の先に待っているのは、世にも素晴らしい生活なのだ、と。
 マンションなどの居住空間がプレミアムな仕様になっているのは言うまでもない。住む人々は、好みに応じて洋風から和風まで、あらゆるテイストにおける最高級の住まいを選択できる。それぞれの家にはコンシェルジュがついていて、何かあると即座に対応してくれもする。
 住民には心に余裕のある人しかいないので、ご近所付き合いでトラブルが発生することもない。むしろ地域のどこかで毎日のようにパーティーが開かれていて、住民たちの親交は自ずと深まっていく。一方で、そこに参加しなかったからといって気まずい思いをすることもない。住民たちは適度にかんしょうし、適度にきょを取りながら、ゆうな生活を送っているのだ。
 プレミアム地方のスーパーには新鮮で美味なものしかおいておらず、家具や家電も出店基準を満たした良質な店しか存在しない。ネームバリューというよりも、あくまで本物にこだわり抜く。
 交通機関も、無論、すべてがプレミアムだ。電車はグリーン席のみで、プライベートジェットやヘリコプターが日常的に使われる。路上を行き交う高級車は環境に優しいエコなもので、全自動で事故もない。遊歩道は重厚ないしだたみや風情あるレンガきになっていて、早朝や夕暮れどきは人々がゆったり散歩する……。
「ねぇ、そこ行きたいんだけどっ!」
 わたしは身を乗りだしてさけんでいた。そんなとうげんきょうみたいな場所が存在するなら、たとえ住むことができなくたって行ってみたい。
 けれど、同僚は首を横に振った。
「残念ながら一般人は行けないの。うわさでは境界になってるところも厳重にセキュリティが張られてて、中には一歩も入れないとか」
「じゃあ、世間とはしゃだんされてるってこと? 仕事はどうするの?」
「住民の出入りは自由だから、外に職場を持ってる人もいるみたい。でも、みんな一生遊んで暮らせる資産があるからね。わざわざ不便な外部に行く理由もないし、ほとんどの人は地域の中で趣味程度に働いてるんだとか。陸の孤島の逆バージョンっていうか、一種の経済圏ができてるわけ」
 わたしはぼうぜんとなりつつも、うらやましさがいっそうつのった。
 だから、と同僚はつづけた。
「ガラパゴス的な進化をしてるんだって」
「ガラパゴス?」
「外との交流がないからさ、独自の進化をげてるらしくて。庶民の世界にはない、プレミアムな人のためのプレミアムなモノたちが、いろいろ生まれてるんだって」
「それって、どんな!?」
 気になって仕方がないこちらに対して、同僚は冷めた目になっている。
「さあ、詳しいことは分かんない」
「えぇっ!?」
「だって、わたしプレミアムな人じゃないんだもん。ていうか、本音を言うと、そもそもそんなの都市伝説じゃないかって思ってる。セレブに憧れてる人たちが勝手に作り上げた、もうそうの世界っていうか。どこにあるのかだって知られてないし」
 なんだか遠回しに自分が批難されているような気持ちになった。
「でも、ほんとにあるかもしれないじゃん!」
 むくれて言うと、同僚は言った。
「そうだね、あるって思ってるほうが夢があるもんね」
 からかうように同僚はつづける。
「いつか住める日が来るといいね、夢の世界に」
 ますますむくれるこちらをよそに、彼女は去っていったのだった。
 その日から、わたしはプレミアム地方のことで頭がいっぱいになり、ひまさえあればそこでの暮らしを夢想した。
 プレミアム地方の人たちは、どんなものを食べるのだろう。
なにせプレミアムなのだから、料理には高級食材をふんだんに使っているに違いない。トリュフ、キャビア、つばめの巣。そんなものも当たり前に出てくるのだろう。
 もしもわたしが住めるのならば、食事時にはリムジンを呼んで出かけたい。ある日は、夜景のきれいなビルにある最上階のレストランへ。また別の日は、石畳にほのかな灯りをともしてたたずむ料亭へ。料理の値段をいちいち気にすることなどない。気になったものを好きに食べるだけなのだ。
 プレミアムな人たちは、どんな遊びをするのだろう。そんなことも考える。
 ゴルフやテニスで汗を流すのだろうか。いや、ビリヤードで静かに闘志を燃やしたり、あるいはカジノで派手に散財するのかもしれない。
 海はあるのか。もしあるのなら、ヨットハーバーは必ず存在するはずだ。わたしはそこからクルーザーで海に出る。サングラス越しに島々の緑が目に映り、カモメがエサを求めて寄ってくる。その光景に目を細めつつ、シャンパングラスをかたむける――。
 わたしは日夜、プレミアム地方にまつわる情報をつかむべく、ネットで調査しつづけた。けれど、転がっているのはすでに知っていることだったり、まゆつばもののものばかり。
 ときどき、プレミアム地方の在住者を語るユーザーがいたりもした。でも、ほかのユーザーとのやり取りで、なりすましらしいと判明する。中にはムキになって主張をつづけている人もいたけれど、ちゅうしょうコメントのおうしゅうの末に急にアカウントが消えたりしていた。
 ほかにも、「プレミアム地方=ところん」というのもあった。プレミアム地方はこの世のものではない異世界で、神の統治する天国だという説だ。
 いや、常世ではない、宇宙人が住んでいる異次元の世界なのだ。そういうことを書いている人もいた。けれど、そういうオカルト的な説は途中でめつれつになっていることが多く、どうもしんぴょうせいに欠けていた。
 そんなこともあり、ネット上ではプレミアム地方の存在を疑う声のほうが圧倒的に多かった。わたしは内心で反発しつつも、成果の得られない日々にどこかむなしさも感じはじめていた。
 行けなくてもいい。せめてそのへんりんにだけでも触れてみたい。そう願う気持ちは日増しに強くなっていった。
 ネットで気になる言葉を見つけたのは、そんなある日のことだった。
 いつものように携帯をいじっていると、あるサイトが検索に引っ掛かった。そこに書かれていた文字に、わたしの目はくぎけになった。



《プレミアム地方へ寄付をする》



 改めて見ると、それはふるさと納税のサイトだった。
 とっに、ふるさと納税についてのおくをたどる。たしか、応援したい地域などに寄付をすると、税金面で優遇されたり、地域から返礼品をもらえたりする制度だったはずだ。
 そしてさらにページを進んでみると、なんとそのサイトではプレミアム地方へのふるさと納税を募っていることが判明した。
 わたしは飛び上がるような思いだった。ついにプレミアム地方との接点をつかんだのだ!
 サイトには、こんなことが書かれていた。



《お礼として、プレミアム地方の特産品をお贈りします》



 わたしはますますこうふんした。単に接点ができるだけではない。憧れの地域のモノを手に入れられるというのだから。
どんなものがもらえるのだろうと期待しながら、わたしは画面をスクロールした。けれど、そこには黒い背景に白抜きで「?」と描かれたイラストが掲載されているだけだった。



《お礼の品の内容は、お手元に届くまでのお楽しみです。内容に関するお問い合わせは受け付けておりませんので、ご了承ください》



 ほかの地方のサイトを見ると、どこも返礼品についての記載はきちんとある。なるほど、簡単に情報を開示する気はないのだなと改まる。
 しかも、寄付の受付金額がほかとはまったく違っていた。最低額が十万円。そして一番高いものになると一目ではけたが分からないほどの額になっていた。
 どこまでもひとすじなわではいかないな……。
 けれど、わたしの覚悟はとっくの昔に決まっていた。がれたプレミアム地方に触れることができるのだ。どうせ手がかりはほかにない。いま寄付しないで、いつするというのだろう。
 ちゅうちょなく「寄付する」というボタンをタップすると、希望する寄付の使い道を選べるようになっていた。



《プレミアムな町づくりプロジェクト》
《プレミアムなジュニア育成プロジェクト》
《プレミアムな介護プロジェクト》
《プレミアム地方にお任せする》



 その中から、わたしは「町づくりプロジェクト」をタップした。自分がプレミアムな人たちの生活に役立てると考えるだけで胸が高鳴る。
 受付完了のページが出ると、返礼品に思いをせた。
 プレミアム地方の特産品とは、いったいどんなものだろう。
 A5ランクのしもり肉のかたまりか。カニやウニの詰め合わせか。はたまた地元の高級ワインか。
 期待に胸をふくらませ、その到着を待ち望んだ。



 しばらくのあいだは郵便が届くたびに失望する日がつづいたけれど、一か月ほどが経ったある日、チャイムが鳴ってインターホンから声が聞こえた。
「このたびは誠にありがとうございます。プレミアム地方からのお届け物でございます」
 モニターに映っていたのは、いつもの配達人ではなかった。しつのような格好をした男性がていねいにおをしながら立っていた。
 男性は玄関先で大きな箱を下ろしてしまうと、風のように去っていった。
 わたしは箱に目をやった。もう、それからして高級感にあふれていた。上品な黒い光沢にウキウキしてくる。この空き箱もちゃんときれいに取っておいて、後で何かに使わないと。そんなことを思わされる。
 気を落ち着けるために深呼吸を繰り返したあと、リビングで箱を開封した。どんなぜいたくの極みを尽くしたものが出てくるのか――。
 ところが、最初に目に入ったのは見覚えのあるものだった。
「これって、とうみょう……?」
 予想外の品物に、ひとり声をあげてしまった。そして何度目をこすっても、それはパックされた豆苗以外の何物でもなかった。
と、すぐ下に、質の良さそうな和紙でできた説明書きが入っていた。



《プレミアム地方で作られている、プレミアムな味の豆苗です。一度しか生えない優れものです》



 味のことはいいにしても、一度しか生えないというのはどういうことか……。
 よく分からないまま、わたしはそれをいったん床の上に置いておき、また箱の中に目を落とす。
 次に出てきたのは美しい包装紙に包まれたガムだった。また同じような説明書きがついていたけれど、もはや我慢できずに紙を破いてガムを口へと放り込んだ。
 ひとみしたその瞬間、わたしは声を失った。
 これまで食べてきたガムなどとは、比較にならない味だった。ぱぁっと花が咲いたように高貴な香りが広がって、鼻を通って抜けていく。その花の蜜のように、控えめながらも濃厚な甘みが舌にみる。こうこつかんで気が遠くなりそうだった。
 ところが、もう一度味わおうとして再びガムを噛んでみて、おや、と思った。その違和感は三度、四度と噛めば噛むほど大きくなった。
 やがてわたしは気がついた。ガムの味が、まったくしなくなっているということに。そして、説明書きの言葉を思いだした。そこにはたしか「一度しか味わえないガム」と書かれていた。
 わたしは味のしないガムを捨てると、箱の中をなおもあさった。



《プレミアム地方で作られている、プレミアムな香りのお香です。燃え尽きるまで一秒です》
《このお茶は一度切りしか使えません。二番せんじはおひかえください》
《このタオルは一回限りですべてのせんがほどけます》



 ははあ、プレミアムとはそういうことかと理解した。
ガムやお香は、庶民ならば長く味わいつづけられることに価値を見出す。ほかのものも、使い回しや節約をしたがったりするのが一般的な感覚だろう。
 プレミアム地方の特産品は、そうした庶民の「もったいない」をかえりみず、一度切りのひと時の体験にすべての価値をぎょうしゅくさせたものなのだなとに落ちた。
 豆苗も、普通は水にけて何度も生やして料理に使ったりする。けれどプレミアムな豆苗は、きっとその一度切りのきに極上の味が詰め込まれているのだろう。
 これがプレミアムな人たちの生活なのかと、わたしはなんだか背徳感にられてぞくぞくした。
 しかし同時に、こうも思った。一度しか使えないなんて、どんどんプレミアム地方とのつながりを断たれていくようで虚しくもある。
 この先、自分がプレミアム地方に移住できる可能性が低いのならば、いっそこの返礼品は観賞用にとっておくのもアリなのかもしれないな……。
 そう考えて、とりあえず箱ごとクローゼットにしまっておこうとしたときだった。
 咄嗟に、あっと声をあげた。
 箱の底がいきなり抜けて、つづけて箱全体もバラバラとくずれ落ちてしまったのだ。
 わたしは使い道に思いを馳せて浮かれていた自分をじた。
 なるほど、プレミアムな人たちは、箱の使い回しさえもしないのだ。
                          (完)

 採用させて頂いた方
  ・コロさん
  ・ひでまるさん
  (お題「プレミアム地方」)