第三章 罪責感〈承前〉

 正太しょうたは事務所に向かって歩き出したが、光田みつたの電話が気になり心は重かった。こんな気持ちで親父と話すのは億劫おっくうだ。
 重い足取りで階段を上ると、踊り場に親父がいて、正太を見下ろしていた。手には、最近いつも携帯している分厚いファイルだ。
「至急と言ったんやけどな」
 という親父の顔つきはけわしかった。
「在庫管理の最中やったから」
 言い訳しながら、階段を上がりきる。
「事務所ではまずい、会議室にこい」
 親父は、さっさと踊り場からすぐ左側にある会議室へと入った。
 親父の背中はずいぶんと小さくなったけれど、子供の頃と変わらぬ威圧を感じる。自分に隠し事があるせいかもしれない。
「なんです、そんな深刻な顔して。僕らだけでこそこそ話したら、みんな変にかんぐるやないですか」
 会議室に入ってドアを閉め、廊下を気にしながら言った。
 正太は出口に一番近い椅子に腰を下ろす。親父はテーブルを挟んだ窓際にたたずんでいた。
「そんなことにならんように、お前は動いてたんとちがうのか」
「そんなことって?」
「店の経営について話し合うというだけで、勘ぐられる状態のことや。あんなことが起こって、店のもんが動揺せんようにすること、お客さんへの影響を最小限にすることがお前に頼んでた仕事やった。そうやろ?」
 断定口調の疑問形が、子供の頃から好きではなかった。
「僕なりに頑張ってるつもりですけど?」
 正太も疑問形で返す。
「これ、見てみぃ」
 親父はファイルの中から用紙の束を手にし、テーブルに置く。にぶい音がテーブルを振動させ、正太の太ももにも伝わってきた。
「何や、アンケートか」
 店の入り口に設置してあるアンケート用紙だった。四つの設問に対しては「非常に満足」「満足」「普通」「不満」「とても不満だ」から選んでもらう。ただ五つ目の質問には、ご意見、ご感想を記入する欄がもうけてあった。
 正太は用紙の束から数枚を手に取り、
「あんなことがあって間もないんやから、苦情がくるんは当たり前や。そんなもんいちいち気にしてたら商売はできひんよ。ネットの書き込みかて一時はえげつないこと書かれてたけど、最近は沈静化してきてる。反応しないことが一番の対策やないかな」
 と言いながら内容を走り読みした。
 ほとんどの客は、設問すべてに「普通」を選んでいた。思ったほど悪い評価ではない。
「記述欄を読め」
 正太の顔がほっとしてゆるんだのを察知したのか、親父が言葉を投げてきた。
 小さく息を吐き、正太は用紙の自由記述欄を見直す。


 ハッピーショッピーは他の店にはない、昭和のムードがあって好きだったのに、この頃他店と変わりはないような感じがする。残念。(五〇代・男性)


 お店の雰囲気が変わってしまいましたが、やっぱりあの事件が原因ですか。じゃあ、あったんですねいじめ。なんか悲しいです(三〇代・女性)


 お惣菜そうざい、いつも美味しく食べてます。でも、すぐ売り切れてしまうから、もっとたくさん用意してもらいたいな。あの一件から、お店の人の顔、ちょっと怖い。(二〇代・女性)


 フードコート、味が落ちた。惣菜屋さんのお弁当は美味しいのに。(三〇代。女性)


 よろず屋さんのような存在なので、絶対に辞めないでください。年金暮らしだから、そんなに多くは買えないですが、応援します。なんだか閑散かんさんとしていて、不安になってしまいました。(六〇代・女性)


「そんなに悪評でもないやんか」
 手に取った分のアンケートを読み終わった正太は、渋い顔の親父を見た。
「よう、読んだか」 
 小学生の子供に言うような口調だ。
「短いもんばかりやから、ちゃんと読んでるよ」
「そうしたら、いま現在のハッピーショッピーの問題点が見えてくるはずや」
「店の雰囲気が変わったというんやろ? それは、小倉お ぐらさんのことがあったってお客さんが知ってるからや。先入観のせいや」
「先入観があることは否定しない。それを払拭ふっしょくするには、これから三カ月、いや半年以上かかるやろ。私が言うてるのはそんなこととちがう」
 そう言いながら、親父はやっと椅子に座った。
「ほな問題点って?」
「フードコートで提供してるもんの味が落ちたって書いてる人がいたやろ?」
「大手スーパーみたいな有名どころは入ってないしな」
 元々は店で買った弁当やパン、スイーツなどを食べるスペースに、フランクフルト、お好み焼き、うどんやラーメンを出す店をテナントとして募集した。大手なら客寄せにと有名専門店も入るだろうが、ハッピーショッピーでは無理だ。
「そやからよう読めと言うてる。お好み焼とか麺類の味が落ちたと言うてはるんやないで、その人は」
「何で、そう決めつける……」
 正太の目は『惣菜屋さんのお弁当は美味しいのに』という文字をとらえた。
「分かったか? そのお客さんは、うちが仕入れてフードコートに置いてる既製の弁当のことを言ってる」
「けど、取りようによっては、惣菜部がめられてるとも言えるで」
「惣菜部は充実してる。他店の人間が注目してるくらいな」
 親父は、百貨店の名前を出し、そこのバイヤーが、惣菜部に興味を示していると言った。
「どういうことや、それ」
 熊井くまい以外にも、惣菜部に目をつけている会社があるということか。
「特に創作料理の評判を聞いたらしい。調理現場を見たいと言うてきた」
「僕、そんなこと聞いてませんけど」
ことわったからや」
「一言くらい、教えてくれてもええんとちがうかな」
 胸をで下ろしながら、不満をらす。
「お前に言うたら、すぐその気になってしまうやろ。そう思たけど、案外冷静やな」
「僕も、子供やあらへん。いまのハッピーショッピーが、百貨店なんかと商売しても、飲み込まれておしまいや。規模もターゲットもちがいすぎる」
「そうや。確かに、いまのままではあかん。町のよろず屋を忘れかけてるからな」
「よろず屋て、親父はまだ、そんなことを……」
 親父が考え方を変えたと思っているわけではない。けれど、そろそろ時代の流れには逆らえないことも理解して、柔軟になっていると感じていた。
「そんなことって何や?」
「個人経営やったら、お客さんが欲しいと思たとき、いつでもあるように何でも揃えて、なかったら取り寄せましょって牧歌ぼっかてきにやっててもええ。けど、テレビを点けたらしょっちゅう通販番組やってる。インターネット通販かてさかんな時代なんや。売れるもんだけしか置かんぐらいの、合理化を進めんと、あかん」
 つい興奮して声が大きくなり、言葉がのどにつかえた。
「立派な意見を持ってるようやな。そのくせ、これはどういうことや」
 親父は手を伸ばして、アンケート用紙の束を人差し指で小突いた。
「それが、なんや。フードコートに置いてる弁当の味が落ちたんやったら、『早乙女さおとめフーズ』に文句言うたらええんやろ」
「お前、ほんまに分からへんのか」
 親父が用紙を見たまま、小声で言った言葉が聞こえた。
「まだ任せられへんな」
 と向けられた親父の目を、正太はにらむ。
 熊井との事業が成功さえすれば、親父を見返せる。これまでそう思って、子供扱いされても我慢してきた。いや、白髪でしょぼくれた親父など相手にならない、と思い込もうとしてきたのだ。
「僕かていまのハッピーショッピーなんか、継ごうとは思てない」
 低い声で言った。
「何やて? もっぺん言うてみぃ」
 きつい表情で親父がこっちを見る。
「僕はよろず屋みたいな、自転車操業はいやなんや。お客さんのために、自分の生活を犠牲にしとうない。もう客さまは神さまなんていう時代は終わったんや」
「分かった、もうええ。ただな、売れてないメーカーの弁当をずっと同じ数、仕入れてるいうのが、お前のいう合理化か。残るから廃棄する数が増えてることに、問題意識もないようやな」
「いや、それは……」
「あんじょう考えてから、わしの方針に文句言え。今後は食品関係の管理もわしとお母ちゃんでやるさかい」
「ちょっと待って、待ってくれ、親父」
 いま極端に廃棄はいき食品が減っては困る。再加工食品の材料を、それらでまかなっているのだ。何より、親父がしゃしゃり出てくれば、熊井にみくびられる。
「この話は終わりや」
「小倉さんの事件のことで僕もほんまに参ってて、それでうっかりしてた。それについてはあやまります。そやからひと月、いや半月だけでもええから、いまのままでやらしてくれへんか。頼みます」
 正太は立ち上がって、頭を下げた。
 もうすぐ、ブランド化にこぎ着けられる。そうなれば……評価のすべてが逆転する。
「考えとく」
 親父は書類を回収して、会議室を出て行った。


 車で京都駅前通りにさしかかったとき、正太はどんよりと曇った空を見上げた。気分が重く沈んでいるときに抜けるような青空もしゃくさわるが、灰色の雲はもっといやだ。いっそ雨のほうが、すべてを天候のせいにできる。
 ホテルセントノーム京都は駅前からは少し外れた場所に建っている。さほど大きくないため、通りからは見えにくかった。それでも駐車場は満車に近く、ロビーは観光客で溢れている。
 もう珍しくなくなったハングル語や中国語が飛び交う中、壁に沿って並べてある椅子に座って、光田を待つことにした。
 昨日からひざが痛い。体重を減らさないといけないのだろうが、そのための運動ができない状態だ。強いストレスを感じると、きまって右膝が悲鳴を上げる。精神的なことが、どうして膝に出るのか分からない。ふと、本宮もとみやとかいう精神科医の引き締まった体躯たいくを思い出した。
 三時五分前になったとき、光田が駆け込んできた。
「すみません、お待たせしたみたいで」
「奥のレストランで話しましょか」
 膝をかばいながら立ち上がり、レストランの入り口へ向かう。
 席に着いてホットコーヒーを注文すると、
「足、大丈夫ですか」
 光田がいてきた。
「足? 別に何ともないけど」
 膝に置いていた手を、慌ててテーブルに上げる。
 彼の観察眼は油断ならない。
「そうですか。体には気をつけてください。本日は取材に応じていただき、ありがとうございます」
「取材に応じるかどうかは、おたくの話を聞いてからです」
 ここは下手に出て、話を聞き出すことを優先しなければならない。
「まあ、いいでしょう。それにしても平岡ひらおかさんの作る惣菜はうまいですね。和洋中、どれもいける。他店のものとはひと味も、ふた味もちがいます」
「それはどうも」
 店で買った、すなわち店に出入りしているのだ、とでも言いたいのか。
「平岡さんは、ハッピーショッピーにはなくてはならない人材だ。それはまちがいでしょう?」
「何が言いたいんです?」
「彼女のことを、あなたが大切に思うのも無理はない、ということです」
 と光田がくちびるの片方だけ上げて笑った。
 コーヒーが運ばれ、ウエイターが立ち去るのを待って、
「あなたは小倉さんの死の真相を知りたい、と言うてたやないですか。そやのに何で関係のないことを調べてるんですか」
 と訊いた。
「関係がない?」
「ええ。ほな訊きます、関係があると言うんやったら、何がどう関係してるのか言うてください」
 電話のときのように、ぞんざいな言葉遣いにならないよう気持ちを落ち着かせる。
「関係があるかないか、まさにそれを調査してるんですよ」
「いくら僕に話を訊いても、おたくらが報道してること以上に情報なんてありませんよ」
「あなたはなぜ、あの夜あのプラントに行っていたんですか」
「だから、それは小倉さんのこととは」
「平岡さんの送迎ですか」
 光田は、正太の言葉をさえぎった。
「ビジネス上のことを、何であんたにしゃべらなあかんのですか」
「おっと、ビジネスとおっしゃいましたね。スーパーマーケットと食品廃棄の会社とのビジネス、ですか」
 さほど長くない髪の毛を両手でき上げた光田は、じっと正太の目を見つめながら手帳を開く。そして、
「どんなビジネスなのか気になりますね」
 と何かをメモする。
「企業秘密です。それに、あそこは借りているだけで、熊井さんには一切関係ない」
「そのビジネスのこと、店長はご存知なんですよね」
「そんなもん、当たり前やないですか」
 正太は、光田の視線を避けるように、コーヒーにシュガーとミルクを入れて激しくかき混ぜ、カップを持ち上げる。
「平岡さんを送り迎えしてるんだから、料理関係ですね。なら、どうして廃棄会社熊のプラントを借りる必要があるんですか。ちゅうぼうならお店にあるし、それに平岡さんもれてらっしゃる」
「それも企業秘密ですさかい、勘弁してください」
「どう見ても、店長の目を盗んでいるとしか思えないんですよ、専務さん」
 光田は真剣な目を向けてきた。
 この場で茶をにごしても、彼は親父に話を訊きに行くだろう。そうなればすべての計画は頓挫とんざする。
「ほんまのことを言います。僕がやろうとしてることを親父には言うてません。平岡さん以外誰も知らんことなんです。光田さんも分かってはると思いますけど、いまスーパーは大手でも経営状態がようない。青息吐息です。ましてやうちみたいな零細れいさいスーパーはいつどうなってもおかしくない。だから何とか他店にないもんを売り出さんとあかんと思って、研究してましたんや」
「その研究はお父さんにも言えないものなんですか。いや、内容に関してはおっしゃらなくても結構です」
「これも家族経営の会社にはよくあることやと思うんですけど、古き良き時代の商売が通用すると思てる父と、もうそんな時代やないと思う息子という図式ですわ。ただ店を何とかしたいという気持ちは一緒なんです」
 完成した新商品を見れば、親父も納得するだろうが、その途上で反対されたくないのだと、もっともらしい言い訳を口にした。
「つまり現状では経営方針が異なるということですね」
 光田は「異なる」という言葉に力を込めて言った。
「異なると言うても、そこは親子です、最終的には僕があとぐんですから」
「対立しているのではない、とおっしゃりたいんですね」
「事実、喧嘩してるわけではないし。家族、ですから」
「ある人から、専務とお父さんとはそれほど仲がよくない、と聞いたんですがね。しょうがないから店を継ぐことになったと」
「子供の頃から継がなあかん言うて育てられたら、誰でも一度くらいは反発します。特に思春期は。分かるでしょう? けど継ぐと決めたら、ちょっとでもはんじょうさせたい、と思てます。誰に聞いたか知りませんけど、僕の若い頃のことを言うてるんでしょう」
 従業員の古株数名と、親父の腰巾着こしぎんちゃくの魚屋の顔が浮かんだ。
名田な だ専務派と店長派がお店にはある。そういうことですね」
「そんなもん、ありませんよ」
 体に力が入った。
「小倉さんが、食品の廃棄について悩んでいたと、お聞きになったことはありませんか」
「廃棄に悩む?」
 テーブルに腹が当たって、カップがソーサーの上で鳴った。
「そうです、いわゆる食品ロスについてです」
「僕は聞いたことないですね」
 由那ゆ なは、誰かに廃棄食品の再加工のことを話していたのか。
 暑くもないのに、脇の下に汗をかいているのが、自分でも分かる。
「どうやら小倉さんは、廃棄に反対だったようです。創作料理のレシピを考え出しても、すべてが完売されるわけじゃない。一定の期限がくれば、いたんでもいないのにルールに基づいて廃棄される。そのことに心を痛めていたらしいんですよ。それについては惣菜部の方たち、いや、その指導的立場だった平岡さんも、同じように疑問を抱いているんじゃありませんか」
「もったいない、とは思っているでしょうけど」
「専務、あなた自身はどうお考えです? 食品ロスの問題について。少し前もありましたね、廃棄処分されるべき食材が安値で取引されてスーパーの店頭に並んだ事件が。同業者として当然のことながら、問題意識はあるはずだ」
 と、スローモーションのように光田はカップに手を伸ばし、目だけをこっちに向けてコーヒーを飲む。
「廃棄はしかたないと思てます。万が一のことがあったら、店がつぶれますから。だから、それをどれだけ減らせるかと平岡さんらは頑張ってる。そのことが美味しさを追求したり、新しいメニューを開発することにつながっているんです」
 と以前、真理子ま り こが言っていたことを正太は口にした。
「しかし、いくら努力しても、廃棄されるものもある。そうでしょう?」
 今度は、素早くカップをソーサーに戻す。
 若いからと光田をあなどっていたが、敵に回しては危険な人間だったようだ。
「それは、それとして受け止めるしかないんやないですか。お客さん第一やということです」
「店長が、お客様第一主義だってことは、口を揃えてみなさんおっしゃいました。つまりお客様の口に入るものだから安全策を講じるのは当然だということになると、廃棄は仕方のないことですよ。この方針に異を唱えたのが惣菜部の人たちだった。筆頭は平岡さんで、小倉さんはその平岡さんを大変尊敬していた。ここまで言えば、私の考えていること、お分かりでしょう?」
「親父と惣菜部が対立していたと言わはるんですか」
「もっと言えば専務と店長の代理戦争です」
「あほなこと言わんといてください。対立なんかありませんって」
「いや、専務との対立ならまだよかった」
「言うてはる意味が分かりませんけど」
 光田の遠回しな言い方が鼻についた。レストランが禁煙だと分かっているだけに、余計煙草がほしくなる。
「アルバイトの女性から、食品ロスの問題を指摘されたら、店長もたまったもんじゃないってことですよ」
 光田は手帳を確認してから、
「鍵がかかっていたと証言したのは、店長だけですね」
 と言った。
「あんた、何を言うてるのか分かってるのか」
 場所をわきまえず声を荒らげた。
「私はこの事件を論理的に考えているだけだ。密室なんて、現実社会に成立するはずありませんから。そうなるとはじめから鍵はかかっていなかったか、もしくは簡単に鍵を入手できる人間が犯行に及んだかの二つしかなくなる」
「だからって親父が……そもそも店にとって、えらい損失なんやで、小倉さんを失うことは。いくら頭に血が上ったとしても」
「あり得ない、と言い切れるんですか」
 体を乗り出し光田が顔を近づけた。眼鏡の奥の目がするどい。
「親父を人殺し呼ばわりするんやったら、これ以上話さへん」
 考えたことがなかった。けれど、店のこと、お客のこととなると冷静さを失う親父を何度か目にしている。お袋に手を上げた夜のことが急に頭によみがえってきた。
 正太が中学生の頃だった。
 当時は井東い とうサワの作る弁当が人気を博し、ハッピーショッピー自体も多くの客で賑わっていた。店内の有線では、松任谷由実の「真夏の夜の夢」が何度も流れていたことを覚えている。
 薄利多売はくり た ばいむねとしていた親父は、弁当のおかずを充実させても値上げはしなかった。他の店より平均して三、四十円は安かったと思う。滅多に親父の方針に口出ししない母が、サワの給料を上げてやりたいから一〇円だけ値段を上げてはどうかと提案した。
 それに激怒した親父が、母を平手でぶった。
 店の二階のはしにあった部屋まで怒鳴り声が聞こえ、高校受験の勉強をしていた正太は飛び出していった。
 お袋はその場をつくろいながら、
「忘れてた、ごめんね」
 と夜食用にとってあったサワの弁当を手渡してくれた。そのときの母の涙を思い出すと、親父に何も言えなかった悔しさがこみ上げてくる。
「私も、店長が殺害したなんて思ってません。ただパワハラをした側の何倍も、されたほうは傷つくものだ」
「もういい!」
 正太は、テーブルに激しく手をついて立ち上がった。
「専務は、どうしてたてになってやらなかったんです? 店長の方針に逆らっていたのは、専務や平岡さんも同じだったはずでしょう?」
 返事をせず、椅子に座ったままの光田を見下ろす。
「熊井さんは産廃業界でもやり手だと聞いてます。その熊井さんが自社の施設を提供するのに、関係がないと言われてもね。その辺、きっちり取材させてもらいますよ」
「やめろ、いや、やめてくれ」
 もう一度、椅子に腰を下ろし、
「それだけは、どうか勘弁してください」
 と声を絞り出した。
「スーパーの次期店長と食品廃棄会社社長とのコラボ。社会性のあるニュースになりそうだ」
「困る、ほんまに困ります」
 熊井との事業をすっぱ抜かれたら、ブランド化の夢はついえる。かといって親父のパワハラが由那の自殺の原因だと報道されても、ハッピーショッピーはもたない。店も正太の将来も、目の前の若造のペンひとつで破滅するのだ。
「なんで、なんでそこまでするんです。僕らみたいな零細スーパーいじめて、何が社会性や」
 正太は唇を噛んだ。
                        〈つづく〉