採集電車



 「すみません、忘れ物をしたみたいなんですが……」
 おれは、どうかここにあってくれと願いながら申し出た。
 駅員さんは、にこやかに対応してくれた。
「いつ、何をなくされましたか?」
「昨日の夜、たぶん、終電でこれくらいのかばんを……」
 おれは朝から、ずかしさですっかりちぢこまっていた。
 そもそもは、飲み過ぎたのがいけなかった。学生時代の旧友との会。金曜日の夜の開催ということもあり、ノリとストレス発散とで、びるようにみんなで酒を飲んだのだった。
 気づくと深夜になっていて、時計を見るとギリギリ終電に間に合うかどうかの時間だった。おれは自分の飲み代を手荒く置いて、電車にけこみ空いた席に腰掛けた。
……と、そこまではおくが残っていた。
 ハッと意識が戻ったのは明け方で、どうやって帰ってきたのか、おれは家のベッドにスーツ姿で横たわっていた。と酒は残っておらず、妙に頭はすっきりしている。が、記憶をさかのぼろうとしたものの、どうにも思いだすことができなかった。
 そのとき、あることに気がついた。
鞄がない!
たしかに電車に乗ったときには手にしていたはずだった鞄が、手元になかったのだった。あわてて部屋の中を見渡すも、やはりどこにも見当たらない。洗面所、風呂場、玄関とたどっていっても影はなく、おれは道に落ちてやしないかと家を出た。そうして駅のところまで来たものの何の手がかりも得られずに、開いたばかりの駅の中へと入っていった。
 ここになければ盗難被害に遭った可能性も高くなる。鞄の中には大事な書類も入っていて、なんだか泣きそうになってきていた。
 そんなおれがたずねると、駅員さんは何かの書類を確認してから口を開いた。
「そうですねぇ……特にこちらには届いていないようですね」
 その言葉に、ひどく落胆しそうになった。
が、駅員さんはつづけて言った。
「ただ、もしかすると、お客様はサイシュウ電車に乗られたのかもしれません」
 おれはこんわくしつつ返事をした。
「えっと、はあ……そうですね、乗ったのはたぶん終電です」
 さっき言ったのが聞こえなかったのだろうかと思っていると、駅員さんは「違うんです」と口にした。
「いまサイシュウ電車と申し上げたのは、終電のことではないんです。こんちゅう採集などで使うほうの『採集』という字を書く『採集電車』というのが存在しているんですよ」
「採集電車?」
「ときどき普通の電車に混じって線路を走っていましてね。これがなかなか、困ったやつで」
 まるで知人の話でもするように、駅員さんは語りはじめる。
「電車で無くしものをする方がいらっしゃいますが、何割かはそいつのわざなんです。特にダイヤが乱れているときなんかによく現れるんですが、時刻表にない時間に電車が来れば、採集電車の可能性がありますね。一見すると普通のものと変わりはないんです。ですが、この電車には収集へきがありまして。誰かが車内に忘れた物を採集するんです。ときにはすきを見て、人のものを自らとりにいくこともあります。かさや定期、財布や携帯電話など、あいつは何でも持っていきます」
 反射的に、おれは尋ねる。
「持っていって、どうするんです……?」
「コレクション――つまり、よく出入りする車庫のすみちんれつしていくんですよ。まるでに物を持ち帰るカラスのように」
そんな電車があるだなんてと、おれは思わずつぶやいた。
「すぐには信じられないことだと思います。私もこの業界に入るまでは知りませんでした。上司から話を聞いたときも、最初はかつがれているか、都市伝説の類だろうと思っていましたよ。ですが、実際に車庫に陳列されたコレクションを何度も見かけるうちに、だんだん本当なんだなと理解できるようになっていきました。別に外部にかくされている話ではないんですが、立場上、普段はこうしてお客様とゆっくりお話しできる機会はありませんので、なかなか知られはしないんです」
 たしかに駅員さんと話すときはいつもだいたい急いでいて、雑談をするどころではないなと思った。仮にこちらに余裕があっても後ろには決まって列があるので、他人の視線が気になってゆうちょうに話している場合でもない。
「コレクションされたものたちは、どうなるんですか?」
「お客様のしつぶつですので、そのままさわらず置いています。忘れ物のお申し出があったとき、中にまぎれていないか探しに行くんです。ただ、スペースにも限りがありますので、いつまでもというわけにはいかず、落とし主がいらっしゃらなかった場合は一定期間後に処分する決まりになっています」
「えっ、それじゃあ」
 自分も急がないと、処分されたら……。
「大丈夫です、そんな急な話ではありませんので。ですが、早いうちに行けば前のほうに陳列されていますから、比較的見つけやすいとは思います。お客様の場合、昨夜は終電に乗られた覚えがおありとのことですが、採集電車は慌ただしい終電間際にも現れやすいんです。あれに乗ってしまった可能性は高いのではと思います」
 おれはすぐに問いただす。
「その巣になっている車庫はどこにあるんですか?」
「季節ごとに移動していますので……少々お待ちください」
 駅員さんは奥に入って電話を取った。しばらく誰かと話したのちに戻ってくる。
「確認が取れました。いまは……」
 彼はある駅の名を口にした。そこはちょうど、よく使う路線の終点になっているところだった。
「あの、これから伺っても……?」
 うなずく駅員さんにお礼を言うと、おれは電車に飛び乗った。



 事情を話して案内されたのは、駅にへいせつされた薄暗い倉庫のような場所だった。新たな駅員さんのあとにつづき、さらにその一角へと進んでいくと、何やら物置のようになっているところが見えてきた。
「これが採集電車のコレクションなわけですか……」
 どちらかというと、陳列というより、ただ雑然と置かれているだけのように思えた。
「どうぞ、ごえんりょなくお調べください」
 駅員さんに促され、おれは早速、手前の列をはしから順に見はじめた。
 ネクタイ、スカーフ、ハンカチ、帽子。
 よれたそれらを見ていると、おうしゅうひんでもながめているような気になってくる。
 中にはげんがっの形をした黒いケースが横たわっていたりもした。管楽器とおぼしきものも近くにあり、これは部活帰りでおしゃべりに夢中になっていた吹奏楽部の学生たちがやられたのだろうとすいそくした。
 おれがおどろくべきものを発見して絶句したのは、反対側の端のあたりに視線をやったときだった。
「あの、あれは……」
「いやあ、ときどきあるんです。外から入りこんだわけではありませんよ。これも採集電車の採集品のひとつなんです。まだ陳列前のようですが」
 おれのがんぜんには、ひとりの男の姿があった。
「隙さえあれば、電車は何でも採集します。きっとお酒に酔ってしまって、隙だらけだったのでしょうねぇ」
 男はだらんと身体を横たえ、半分うつ伏せの状態で眠りこけていた。下品ないびきが聞こえてきて、酒くささもただよってくる。
「何でもって、人間までも……」
「特に学生さんやサラリーマンの方が多いですね」
 と、その男の持ち物に目が留まり、おれは言葉を失った。
 眠りながら、男は胸に鞄を抱きしめていた。それが、おれの失くした鞄とよく似ていたのだ。
 背筋がやけに冷たくなる。
 恐る恐る男に近づき、顔をのぞきこんでぼうぜんとした。その男はまぎれもない、おれ自身だったのだ。
 いったい何が起こっているのか――。
「これはこれは……」
 駅員さんが近寄ってくる。
「こういうこともまれにありまして……お客様、昨夜は相当お飲みになったんではないですか? でいすいして心と身体が分離したところをねらわれたんでしょう。鞄どころか、身体ごと採集されてしまったようですね」
 駅員さんは、平然とそう口にする。
「処分される前に見つかって、よかったですね」
 聞こえる言葉は、本気なのか冗談なのかよく分からない。
「身体って……じゃあ、いまのこの自分は」
「分離して残った心でしょう。それより、陳列前のようですが、いまお持ち帰りになりますか? それとも……」
「当たり前じゃないですか!」
 こんな薄汚いところに並べられてたまるかと、おれは駅員さんの言葉をさえぎった。恐怖心にも急かされて、横たわる自分のほうへと手を伸ばす。指が触れたと思ったその瞬間、ひゅうっと吸いこまれるような感じがして、何かが重なるような感覚に包まれる。
「うわぁぁっ!」
 思わずさけぶと、駅員さんが慌てて飛びついてくる。
「ちょっと! 大丈夫ですか!?」
しかし、おれは何も返すことができなかった。いや、すでに返せるような状況などではなかったのだ。
ひどい頭痛で、頭はいまにも割れそうだった。
おれは駅員さんの陳列前という言葉の真意をようやくさとり、激しい後悔におそわれていた。
きっと電車は、あとでコレクションに加えるつもりだったのだ。おれの身体の酔いを覚まさせ、採集品のコンディションをきちんと整えておいてから。
                          (完)

 採用させて頂いた方
  ・ユーカリさん
  (お題「採集電車」)