第三章 罪責感〈承前〉

「あの、ちょっと」
 真理子ま り こ正太しょうたを見る。
「あかんのか」
 体は大きいのに押しが弱い、と学生時代からよく友人にからかわれた。気が小さいとは思っていないけれど、肝腎かんじんな場面で後ろ向きになるところがある。ことに思いを寄せる女性には言いたいことの半分も言えなかった。いや、女性ばかりではなく、あこがれている男性、尊敬する人の前では妙に緊張してしまうのだ。
 子供時代から親父が苦手だったことと関係があるのかもしれない。小学生の頃、店の菓子を黙って持ち出し、バレたことがあった。親父は叱らず「情けない」と言って、泥棒を見るような目を向けた。こっぴどく怒られるものだと思っていた正太は拍子抜ひょうしぬけした。ホッとしたと同時に、親父の目の冷たさが怖くなり、後味の悪さばかりが残ったのだった。中学、高校と進んでも、父親ほどの年格好の男性の前に立つと、決まって動悸どうきが速くなった。じょうな緊張感は、その経験と無関係ではないだろう。
「急に一緒に帰ったら、子供らびっくりすると思うんです。先に、電話してもいいですか」
「それはそうやな。いや、もう家の前まできてるんやからええんとちゃうか」
「それでも、そのほうが……」
 真理子はすでにスマホを握っていた。すぐに真一しんいちが出たようだ。
「あんな、いまから名田な ださんと家に帰るんやけど、かまへんか。そう、前言うてたやろ、お店の専務さん。えっ? 何を? 分かった、そう言っとくわ」
「どうやった?」
 真理子の表情をうかがった。
「何か聞いてほしいこともあるそうです」
 真理子は車のドアに手を掛けた。
 正太も車から下りて、真理子の後に続く。玄関灯の前まで歩くと、中の明かりがともり引き戸のガラスに人影が映った。
 じょうを外す音がし、勢いよく戸が開いた。姿を見せたのは、短髪で四年前よりうんと細身になった真一だ。
「おう、真一くん。おっちゃん覚えてるか」
 正太は真一に声をかける。背丈せ たけも自分と変わらないほどになっていた。
「はい。中学生のときに」
「えらいスマートになったな」
「あのときは太ってたんで。あ、いつも母がお世話になってます」
 真一が慌てて頭を下げた。
「いやいや、こちらこそいつもお母さんに遅くまで働いてもろて、不自由をさせてすまんと思てます」
 正太は片手でおがむような格好をした。
「あの、どうぞ」
 真理子が、家に入って低い上がりがまちにスリッパを出して置き、こちらを向いた。
「ほな、おじゃまします」
 居間に通された正太は、座卓の座布団にあぐらをかいた。
 正面に真一が座るのを待って、
「勉強、大変なときやな」
 と言った。
「模試の結果がよくなかったんで」
「合否判定なんて当てにならへんから、気にせんでもええぞ」
 と言ったけれど、受験生時代、人一倍合否判定に一喜一憂いっき いちゆうしていたのは自分だ。豪放磊落ごうほうらいらくで頼りがいのある男だと思わせたかった。
「進路指導はそれがメインなんで、先生がうるさいんです」
「先生いうもんは、いつの時代も同じやな。僕らのときも自分の目で判断せんと、数字ばっかり見とった。偏差値一辺倒いっぺんとうやったな。けど受験するのは自分なんや。僕はな、真一くん、例えば数学やったら、基本総合問題ちゅうのを徹底的にやった。つまり一問目の計算問題と、二問目にある基本総合問題を満点にしておくと、断然気が楽になるし、余裕ができるさかいな。全部正解しようなんて思わんこっちゃ」
「問題集をやったんですか」
「うん。あれもこれもやのうて一冊を真っ黒けにしてな」
「一冊だと不安じゃないですか」
「いや、ええ問題集を一冊、そのほうが達成感あるで」
 正太は、話がはずんでいるといわんばかりに、台所にいる真理子に聞こえるような声で話をする。真一も真面目に聴いている、素直に育っているようだ。そのことがいっそう真理子をいとおしく思わせた。
「お母さんから、聞いてると思うんやけど、お店の仕事がいまより忙しくなるんや。そやから真一くんらにも迷惑をかける。それで受験勉強のサポートをしたいねん。いや、サポートになるかどうか、分からへんけど、力になりたいんや」
「サポート、ですか」
「家庭教師いうほど大それたことは考えてない。ちょっと手を貸したいだけや。受験勉強って孤独やろ?」
「そうですね」
「だからお母さんが残業のとき、その時間だけ一緒に勉強せえへんか」
即答そくとうしないとダメですか」
 真一が台所に目をやると、真理子がコーヒーを持って居間にきた。
「お兄ちゃんが、好きに決めてくれたらええんやで」
 真理子が真一の前にカップを置く。
「……そやな、考えといて」
 てっきり真理子が援護射撃をしてくれると思っていた正太は、自分の前に置かれたカップを恨めしそうに一瞥いちべつし、言葉を継いだ。
「そや、真一くん、なんか話があるんやて? 何でも言うてんか」
「あの、母のことです。由那ゆ なさんが死んじゃってから、母が疲れ切ってます」
「これ真一、そんなこと言うたら、専務さんが困らはる」
「けど母さん、ほんまのことや。夜中、台所で泣いてたん知ってるんやで、僕。何日も何日も」
平岡ひらおかさん、小倉お ぐらさんはここに?」
 面識がなければ、真一が由那さんと名前で呼ばないだろう。
「由那ちゃんを何度か夕飯に誘いました」
 手料理を目の前で食べてくれる人がいる真理子は幸せだと、由那が言ったことがあったのだそうだ。
「それなら、うちの子に夕飯作ったってよ、と冗談言うたら、ほんまに料理しにきてくれたんです」
「へえー、そんなことがあったんか」
 真理子は、アルバイトに厳しい指導者というだけではなかったということか。彼女の家庭料理に対する思い入れの強さはよく知っている。それがそのまま家族への情の深さでもあると正太は思っている。
 そんな母親が、熊井くまいとの事業について話したとたん野心や欲望を垣間かいま見せた。そのときから、急速に真理子にかれた。そして、その気持ちは、ますます大きくなってきている。
 正太は昔から、他の誰もが気づかないことを発見すると、それに言い知れぬ愛おしさを感じるくせがあった。テレビでヒーローものを視ていても、主人公よりも端役は やくの走る姿がかっこいいと感じると、その俳優のファンになった。そして走るシーンを心待ちにテレビにかじりついた。
「由那さんの料理、めっちゃ美味しかった。姉ちゃんも理子さとこも、由那さんの大ファンになってたし。だから、みんな由那さんが自殺するなんて信じてません」
 真一が言った。
「おっちゃんも信じたくはない」
「母はよく、由那さんほど料理のセンスがある人はなかなかいない、と言うてました。いまも猫の手を借りたいほど忙しいんやけど、他の人ではつとまらへんから、自分がせなあかんって。でも、このままやったら母が倒れてしまいます」
 真一の目は真剣だ。母親の泣いている姿や、疲れた顔を見れば息子として当然のことだろう。父の代わりに平岡家を守ろうとしてるにちがいない。
 四年前とはまったくちがう真一を見て、ずいぶん成長したと感じた。
「よっしゃ、もうちょっとよお母ちゃんが帰れるようにする」
「ほんまですか」
「ああ、約束する」
 正太は、さまざまな要求を出してくる熊井の渋い顔を思い浮かべながらも、強い口調で言った。
「ありがとうございます」
 真一が深く頭を下げた。
「名田さん、それはダメです」
 真理子の言葉に、真一が顔を上げた。
「いや、僕も人手不足なんを知っていながら、きちんと手当てしなかったんがいかんのや。小倉さんの穴はそう簡単に埋まらへんけど、なんとかお店のほうの人材募集を強化する」
「私の手が遅いから、時間がかかってしまうんです。これからは、もうちょっと、さっさとやります」
 と言って、真一に向き直り、
「真一、泣いても由那さんは戻ってきいひんのに、みっともないとこ見せてごめんね。弱音よわねは吐かへんから、お仕事させてくれへんか」
「そやけど、由那さんの写真見ては、ため息ばかりついてるやんか」
「そうなんか、平岡さん?」
 家族ぐるみの付き合いだったのだ。歳の離れた妹をくした、という感覚なのかもしれない。
「そら、一緒に働いてた子が突然亡くなったんですから。もうちょっといろいろ相談に乗ってたら、こんなことにならなかったんかなとか、後悔ばかりしてます」
「写真って?」
「一緒に作業してるところのスナップ写真があるんです」
「いや、警察に写真を求められたとき、うちの広報紙に掲載したものしかなかったから」
 化粧をしてエプロン姿で惣菜そうざいを持ってカメラに向かって笑った写真は、普段の姿とはちがっていた。あまりちがうものは聞き込みにてきさないと言われた。
「そうですか。けど私の持ってるのも、普段とちがうから」
「どういうこと?」
「野良仕事をしてるような格好やから、日よけ帽をかぶって上下ともジャージ姿やし。パッと見て、由那ちゃんやって分からへんと思います」
「それはあかんわ。けど、ほんまに小倉さんと仲がよかったんやな。いや、例の新聞記者がうろついて、何かと探っとったやろ。セクハラとかパワハラ、あるいはいじめを苦にしてたんとちゃうかと思われたらいかん、と思てたんや。そやから、取材には僕が全部同行してた」
「そううかがってたんですけど、あの光田みつたさん、勝手に調べてはりますよ」
 真理子は、光田が三郎さぶろうと話しているのを見たと言った。
「なんやて、それは約束がちがう。サブちゃんに何の用やろ」
 三郎も自分の立場は分かっているはずだ。しかし、現場が密室だったと興味を示し、探偵を気取っていたのが気がかりだ。余計なことを話さなければいいが。
「結構、話し込んでたように見えました」
「サブちゃん、案外小倉さんとも親密やったしな」
 と言ってから、真一の目を気にしながら、
「警備室に小倉さんを入れたこともあったらしい」
 と正太は小声になった。
「部屋が、お向かいさんですから、あっ」
 と真理子が急にけわしい表情になった。
「なんや?」
「いえ、由那ちゃん、サブちゃんに食品ロスのことを……」
「それはないやろ。サブちゃん、何も言うてなかったし」
「サブちゃん、名田さんに何でも包み隠さず話しますか」
 真理子は言葉の語尾ご びを妙に上げた。
「それは……」
「由那ちゃんが、まだ食べられる食品の廃棄はいきに疑問を感じてたのは確かです。私ら惣菜部の者はみんな思てることです。そやからといって」
 真理子が意図的に言葉を切ったのが分かった。
「サブちゃんにきちんと確かめなあかんな」
「僕、もういいですか」
 真一が、正太にたずねた。
「ああ、すまん、すまん。かえって勉強の邪魔したな。ほなサポートのこと考えといて」
 真一はうなずくだけで返事せず、居間を出た。
「名田さん、ほんまに気ぃつかわんといてください。頂戴してる臨時ほうしゅうだけで充分ですし。それにブランド化されたら、娘らは私立大学に通わせてやれます。そのためにもいまが踏ん張りどきやと、私は覚悟を決めてます」
「いや、これは僕の気持ちなんや」
 正太は居間の戸口に誰もいないのを確かめた。
「僕は、平岡さんにパートナーになってほしいと思てる」
「それは私も、そう思って頑張らせてもらってます」
「ちがうんや、ビジネスパートナーとは。真剣に聞いてや。人生のパートナーになってほしいんや」
 気持ちを込めたつもりだ。鼻の頭に汗が出るのが、自分の目で分かった。すぐにタオル地のハンカチで、顔をぬぐう。体内にひび心音しんおんに合わせて汗が吹き出てきた。そのうちシャツの胸や背中にもにじみ出すだろう。
「冗談を言わんといてください。私は三人の子持ちのバツイチですよ」
「もとより分かってることや。真一くんは好青年やし、上のお姉ちゃんも弟妹の面倒を見るええ子や」
「年上ですし」
「歳なんか関係あらへん」
「だいたい店長が許すはずないやないですか。絶対無理です」
「あんな平岡さん、今回の事業が成功したら、ハッピーショッピーなんか問題にならへんくらいの大きな会社になるんやで。そうなったらいつまでも親父の言いなりにはならへん。文句も言わせへんから、心配せんでもええんや」
「名田さん、お気持ちは嬉しいです。けどやっぱり」
「僕が嫌いか」
「そんなことありません。嫌いやったら熊井さんのお仕事かて」
「何があかんのや」
「大事なことやから、考える時間をください」
「親子とも、考えさせてくれか」
 嫌みを言うつもりはなかった。
「すみません」
あやまらんといて。せっかちなところが僕の悪いところやねん。今日はこれで帰らしてもらうわ。いい返事待ってる」
 と、正太はコーヒーを飲み干した。

 明くる朝正太は、新聞記者の光田が何を訊きにきたのかを確認するため、警備室にいる三郎を訪ねた。
「店長と名田さんのことを調べてるみたいです」
「親父と僕をなんで調べるんや」
「小倉さんと対立してたんじゃないかって」
「ほな何か、僕らが彼女をどうにかしたっていうんか」
「大声出さないでくださいよ。僕がそう言ったわけじゃないんですから」
「で、サブちゃんはどう言うた?」
 貧乏ゆすりする正太のひざがデスクの足に触れ、防犯ビデオのディスプレイと椅子がギシギシと音を立てた。
「ここは店名のようにみんなハッピーな職場ですから、ゴタゴタはありませんって言いました」
「それでええ。他には?」
「後は、毎日たくさんの食品が廃棄されてますよね、と訳の分からないことを聞いてきました」
「何っ、食品廃棄やて」
 さらに大きな声を出してしまった。
「そうです、それについて小倉さんが何か言ってなかったかと」
「意味、分からんな」
 そう誤魔化ご ま かしたが不安が襲う。
 光田は、どこまで取材して、何を掴んでいるのだろうか。まさか熊井と進めている事業のことまで──。
 それはまずい。正式に事業化する前にマスコミにすっぱ抜かれては、元も子もなくなる。いや、そんなはずはない。
 熊井サイドかられることはないし、昨夜の真理子の様子からも彼女が裏切っているとは考えられない。
 由那が、生前誰かに漏らしていたのか。
 正太は、三郎の顔をまじまじと見つめる。
「なんです? そんな怖い顔して」
「サブちゃん、正直に言えよ。僕に隠してることないやろな」
「隠すって、何をですか」
 三郎は激しくまばたきをする。
「小倉さんとのことや。なんや思っていたより親しかったようやからな。ここに連れ込んだり」
「人聞き悪い言い方しないでくださいよ。小倉さんがお店に不満を持ってたって言いたいんですか」
「そういうこっちゃ」
「そんなこと言ったら、由那ちゃんに店とのトラブルがあったという光田さんの読みを肯定こうていしているようなもんですよ」
「トラブルが原因やと、やっぱり思とるんや。それが食品廃棄とどうつながってるっちゅうねん」
 また三郎をにらむ。
「光田さんは、はっきり口に出さなかったんですけど」
「もったいぶらんと言うてくれ」
「小倉さんは、お店が消費期限切れの食材を廃棄することに反対してたんじゃないか。けれど店としては、当然それはできない。アルバイトがお店の方針に異議をとなえるなんて、あり得ないでしょうって。短気な経営者ならクビを切るくらいするかもしれないよねって」
「それで小倉さんが死んだというんか」
「アルバイトはクビをちらつかされたら、渋々したがう。そんなパワハラがあったかもしれない」
「そんなことあるか、アホらし。小倉さんはやる気満々やったはずや」
 真理子を尊敬している由那に不満があるはずはない。おまけに熊井の持ちかけた事業は、食品ロスを軽減する取り組みなのだ。
「やる気満々って?」
「いや、何でもない。とにかく光田は経営側と労働者を分断したいだけや。労使問題の安直あんちょくな記事に仕立て上げて、経営者を叩きたいんや」
「食品ロスは惣菜部のみんなが気にしていて、その筆頭ひっとうが平岡さん。その平岡さんの代わりに立ち上がったのが小倉さんじゃないか、と言ってました。あの人話がうまいんで、危うく俺も信じてしまうところでした。でも名田さんが、由那ちゃんをクビにするなんて考えられないし」
 三郎は口をすぼめて、息を吐いた。
「でっち上げ記事いうんは、そうやってできるんや。だいたい経営方針に口出しするなんて、僕でも親父に面と向かってはできひんのに」
 由那が自分を飛び越えて親父に話をするとは考えられない。
「ほんまにそれだけか」
勘弁かんべんしてください。俺も由那ちゃんロスなんですから」
 三郎は、今頃になって由那がかけがえのない女性だったことに気づいたと、悔しそうに言った。
 
 警備室を出た正太はそのままバックヤードに移動した。
 日用品の在庫と発注処理をしながら、光田に文句を言うべきか迷っていた。あまりやぶつつくのも、彼の思う壺のようで気が引ける。
 しかし、自分を通さず取材をされるのも困りものだ。その様子を熊井に見られでもしたら、正太は信用を一気に失う。
 どこまで知っているのかを探っておくのも手だ、と作業着の胸ポケットから携帯を取り出した。
「光田さん、困ります」
 つながるとすぐ、正太が言った。
「待ってましたよ、名田さん。お時間とってくれませんか」
 やはり光田のけいりゃくだったようだ。
「いったい何がしたいんです?」
「お話ししますよ、それを」
 光田の声が弾んでいるように聞こえる。
「毎読新聞の京都支社長に言いますよ。不当な取材で迷惑してるって」
 低く押し殺した声を出した。
「それは困りますね」
 光田の口調は軽く、まったく困っている気配はない。
「ええ加減にしてくれ。営業妨害でうったえるで」
「それも困ります。穏やかに話しませんか」
「ほな今後は、うちの店に近づかない、従業員に取材しないと誓ってもらえるか」
「名田さん、昨夜、どこにいたんですか。従業員の家を訪問するには、ちょっと常識外れの時間ではないですか」
「あんた……」
 真理子の家にいたのを見られていた。光田は正太の後をつけていたのか。だとすれば、どこから追っていたのだろうか。熊井のプラントへ真理子を送迎していることを知られれば、そのうち正太がやろうとしていることを突き止めるにちがいない。
「名田さん、どうです? 会ってくれませんか。私もあんまり尾行び こうとかしたくないんですよ」
 光田の余裕ある声が腹立たしい。
「どうしてうちにこだわるんですか。うちみたいな小さいとこいじめる暇があったら、もっと叩きがいのある大手スーパーを取材しなはれ。それがまっとうなジャーナリストやないんか」
「私はまっとうじゃない、とおっしゃるんですか。それは心外だな」
「大きいものにはへつらい、うちらみたいなところには高飛車たかびしゃ。約束も守らへんし、根性が悪すぎるで」
「まあいいでしょう。見解の相違だ。ただね、名田さん。私は自殺でも事故でも、他殺であっても取材態度は変わりません。小倉由那という三十四歳の女性の命がこの世から消えた真相を知りたいんです。ハッピーショッピーは、その現場なんですよ」
 これからも調べ続けるという意思表示に聞こえた。
 熊井なら、相手のことを知れと指示するだろう。闘うつもりなら、相手の持っている情報をできるだけ集めろとも言うにちがいない。
「店では会いたくない」
 店の人間に、光田と会っているところを見られたくなかった。
「じゃあ、京都駅まで出てこられますか」
「日時は?」
「名田さんに合わせます」
 正太は少し考え、できるだけ早いほうがいいと、
「明日の午後三時、セントノーム京都のロビーでどうや」
「分かりました。よろしくお願いいたします。じゃあ明日」
 笑ったような声で言うと光田は電話を切った。
 再び在庫管理表に目を落としたとき、店内放送の鉄琴音チャ イ ムが鳴り、
「専務、至急事務所にお戻りください」
 とコールされた。
                       〈つづく〉