くじ物件



 新しく住む部屋を探していた。大学近くの都内中心部で見ていたのだけれど、貧乏学生の立場上、なかなか家賃との折り合いがつかずにいた。良いなと思った部屋は高く、安い部屋は住むのが躊躇ためらわれるほどのボロアパートなのだった。
 週末になると希望の沿線を歩き回り、不動産屋を見つけては片っ端からチラシをチェックする日々がつづいた。
そんなある日、おれは一軒の不動産屋に張りだされていたチラシを見て、目を疑った。そこにはマンションの写真を背景に、こんな言葉が書かれていたのだ。




  家賃 月々 五千円 (敷金礼金なし)



「五千円……?」
 あまりの衝撃に、思わず独り言がこぼれていた。見ると、駅から徒歩五分とも書かれている。
 そんな立地で五千円など、ボロアパートでも聞いたことがなかったし、地方でだってなかなかお目にかかれやしないだろう。というか、そもそも写真の建物の外観は老朽化ろうきゆうかとは程遠く、実際に記されている築年数も浅かった。
 ただ、おれはすぐに飛びついたわけではなかった。どう考えても、こんなにうまい話があるはずがない。何らかの訳アリだったり、特殊な条件があるに違いない……。
 そう思って改めてチラシを読むと、案の定、「注意」という字が飛びこんできた。けれど、その下にあった言葉が妙だった。




  当物件は、くじ物件です。



 おれは聞いたことのない文言に首をかたむけざるを得なかった。それと同時に、あることにも気がついた。肝心の部屋の間取りが一切書かれていなかったのだ。
 あやしさ満点というよりなかったけれど、一方で、そのなぞめいた感じにどこかかれている自分もいた。
 聞くだけ話を聞いてみるか……。
 そう思い、おれは不動産屋のとびらを開いた。
 いかにも地場の不動産屋といった感じの店内には、おじさんがひとり座っていた。
「いらっしゃいませ。どうぞどうぞ、お掛けになって」
 奥に引っこみお茶を持ってきてくれたおじさんに、おれは早速切りだした。
「表のチラシを見てきたんですが……えっと、『くじ物件』でしたっけ?」
「ああ、あれはこの時期しか募集をしてない、おもしろい物件ですよぉ」
 心なしか楽しそうにおじさんは言った。
「家賃五千円って、本当ですか?」
「ええ、ええ、もちろんです」
「でも、ちょっと安すぎません……?」
 おれはズバリ聞いてみる。
「事故か何かがあった部屋なんですか?」
 いえまさか、と、おじさんは即座にかぶりを振った。
「それじゃあ、どうして……」
「くじ物件だからですよ」
 そう言うと、おじさんは机の下からファイルを取りだし一枚の紙を抜きとった。
「これが当該物件の部屋の間取りです」
 その瞬間、おれは目をしばたたかせた。状況がまったく理解できなかったからだ。
「すみません、資料が違うみたいですけど……」
 目の前の紙には、3LDKという字が記されていた。八階建ての最上階で、広さも八十平米などと書かれている。当然、バスとトイレも別々だ。
 こんな部屋が家賃五千円のわけがない……。
 ところが、おじさんは資料を引っこめることなく強く言った。
「いえいえ、間違いありません」
 ただ、と、おじさんは付け加える。
「こちらは一等のお部屋になりますが」
「一等?」
「何せくじ物件なものですから」
「はあ……」
 困惑こんわくするおれをよそに、おじさんは別の資料を取りだした。
「こちらが二等の部屋になります」
 今度は2LDKと書かれており、上層階の部屋だった。
「そしてこちらが三等です」
 おじさんは立てつづけに資料を取りだす。今度は1LDKの部屋だった。
 おれはたまらず口をはさんだ。
「あの、そもそも、その『くじ物件』というのは……」
「説明しましょう」
 おじさんは笑いながら足元から箱を取りだした。その上面には穴がある。
「ここに手を入れていただいて、くじを引いてもらいます。その結果で部屋が決まるというわけで、それこそがくじ物件という名の由来です」
「ということは、一等が出れば本当に……」
「最上階の3LDKの部屋にお住まいいただくことができます。もちろん、家賃は変わりません」
 おれは息をみこんだ。たったの五千円で、そんな部屋に住めるだなんて……。
「ただし、契約には期限があります。毎年三月がくると一斉に居住者のみなさんにくじを引き直していただいて、また平等にお部屋を割り振る仕組みになっています」
 おれはひとつたずねてみた。
「……ですが、もしハズレが出たらどうなるんです?」
「ご安心ください。うちはハズレなしがモットーですので」
「どうなっても部屋は必ず借りられると?」
「まさしくです」
「なるほど……」
 おれの心は、すでに大きくかたむいていた。自分で住む部屋を選べないという意味では、たしかに訳アリ物件だ。けれど、こういう訳アリならば貧乏学生には願ったりかなったりと言えるだろう。
「しつこいですが、どの部屋でも家賃は五千円、なんですよね?」
 おじさんは、はっきりうなずいた。
 それをたしかめ、おれは言った。
「決めました、この物件でお願いします!」
「内見はしなくても構いませんか?」
「構いません」
 そう即答したのには理由があった。ひとつは、早くしないと他のやつに一等や二等を持っていかれると不安に思ったからだった。そしてもうひとつ、契約前に部屋を見ておくに越したことはないだろうが、もし内見で一等の部屋にせられてしまったら、当たらなかったときがつらい。落胆を長く引きずり、心によくない。
「では、こちらが契約書になりますので、ご一読を」
 おれは文字の詰まった書類を適当に読む。
「はい、大丈夫です」
「よろしければ、こちらにサインと押印を」
 その通りにしたがうと、おじさんが再び箱を出した。
「では、くじを」
 箱の中には素晴らしい部屋が待っている……そう考えると、自然と汗がにじんでくる。
 意を決して手を突っこむと、くじが山のように入っていた。にわかに子供のころを思いだす。祭りでくじを引くときに、自分なりのジンクスがあった。下手にきまわすより、ひょいと上からつかんだほうがアタリが出やすい――。
 おれはひとつをつまんで引きあげた。三角に折られたそのくじを、恐る恐る開いてみる。文字の一部が見えはじめ、ドキドキしながら一気に開く――。
「うわぁっ」
 次の瞬間、おれは肩を落としていた。
「六等かぁ……」
「残念でしたね」
 おじさんは素っ気なくそれを回収する。
 おれは少し遅れて、すがるように口を開いた。
「あの、もう一回できないですか!?」
「私は別に構いませんよ。お客さんさえよろしければ」
 おじさんは、あっさり言った。
「引き直しは一回につき、五千円いただきますが」
 おれは慌てて財布の中身をたしかめる。残りはギリギリ五千円で、ほとんど皆無の貯金のことを考えると、あと一回が限度だった。
「……まさか、一等が入ってないなんてことはありませんよね?」
「はは、そこまで阿漕あこぎじゃありませんよ」
「それじゃあ……」
 支払いを済ませ、おれは改めて箱に手を突っこんだ。今度は変なこだわりなど捨て去って、奥のほうをガサゴソやって渾身こんしんのひとつを掴みだす。
 が、それを開いて落胆した。
「ああっ!」
 記されていたのは無情にも「四等」という文字だった。
 くやしがるおれに、おじさんは言った。
「まあ、よかったじゃありませんか、一番下の六等じゃなくて。それともまた引きますか?」
 力なく首を横に振ると、おじさんはつづけた。
「では、これ以降は引き直しはなしということで」
 頷きながら、おれは自分を励ますように言い聞かせる。
 四等とはいえ、家賃はたったの五千円なのだ。つい3LDKなどという高望みをしてしまったが、いずれにしても家賃としては考えられないほど安い。
 と、そこまで考え気がついた。そういえば、肝心の部屋の間取りを三等までしか聞いてなかった。
「それで、四等の部屋はどれくらいの広さなんです?」
 おじさんは平然と口にする。
「広さというか、ルームシェアですね。四人での」
「ルームシェア!? 部屋が小さくなるわけじゃないんですか!?」
「いえ、そんなことは一言も申していませんが」
「でもぼく、そういう部屋はあんまり得意じゃないんですけど……」
「知りませんよ。ご不満がおありなら契約解除もできますよ。もっとも、途中解約は違約金をいただく規則になっていますが」
「違約金!?」
「契約書に書いてあったじゃありませんか」
 おじさんは契約書を指差した。
 ななめ読みしたのがいけなかった。おじさんの言葉の通り、そこには違約金についての条文があり、それによると途中解約は家賃二年分を払うようにと書かれてあった。
 おれは愕然がくぜんとすると共に、この格安家賃のシステムを維持していける理由を悟った。くじの引き直しで得られる代金もさることながら、きっと期待外れの部屋にまんならなくなった人が途中で出て行き、その違約金でもうけているのだ。
 しかし、仕組みが分かっても後の祭り。家賃二年分など到底払えるはずもなかった。
「……来月からお世話になります」
 おれは不本意ながら願い出たのち、不動産屋をあとにしたのだった
 やがて引っ越しも済み、ルームシェアでの新生活がはじまった。
 四つの個室がある部屋には、すでに同年代の二人の男が入居していた。そして彼らの指示で、家事や炊事の役割分担が決められた。
 住めば都と言うけれど、いざ暮らしはじめてみると共同生活はそんなに悪いものでもなかった。ルームメイトとも打ち解けて、すぐに友達になってしまった。
 それはそれで結果オーライだったのだけれど、のちに判明した事実もあった。下のほうの階層にある五等と六等の部屋のことだ。
 風呂とトイレが共用なのは言わずもがな、五等の部屋は何個もの二段ベッドが詰めこまれた相部屋で、それと同じ部屋がフロアにいくつも存在しているようだった。六等はもはや部屋ですらなく、ができるぶち抜きの広いスペースがただあるばかりだった。
 おれはようやく、この物件の全容を理解する。
 一等や二等、三等なんかはめったに出ず、よくて四等、多くの人は五等か六等を割り当てられる仕組みなのだ。そして五等と六等を引いた人の選択肢は二つだけ。環境にえられず、違約金を払って出て行くか。それとも狭いケージで卵を産むにわとりのごとく、せっせと家賃を払って住みつづけるか――。
 あのとき自分も、六等を引いたままあきらめていたら……。
 そう考えると、心底ぞっとする思いだった。
 ちなみに数か月後、おれたちの部屋に四人目のルームメイトがやってきて、生活は一変することになる。
 同年代の、それも魅力的な美女が引っ越してきたのだ。
 くじ物件にはこういう意味でのアタリもあるのだなぁと感心しつつ、最近では彼女にとっての一等の座をめるべく、ルームメイトの男同士でアピール合戦を繰り広げている。

                         (完)

 採用させて頂いた方
  ・モリダイさん
  (お題「当たり付き物件」)