第二章 否認〈承前〉

「先生、先生はさんのこと?」
「由那……ぐら由那さんですか」
 珍しい名前だ、そんなに多くあるとは思えない。
「やっぱり知ってるんだ」 
「ええ、まあ」
 けいろうはわざとゆっくりとうなずく。ひとりの女性の死が二人のクライアントをここに引き寄せたことに驚いていた。
「そうか、そうですよね」
 とうが納得したように、
「先生もハッピーショッピーを利用されているんですね」
 と目を細めて言った。
「いや、新聞で」
 慶太郎は右手で、自分の左手首を掴んだ。学生時代から試験の前にこうすると、不思議に気持ちが落ち着いた。
「新聞か、彼女のことはみんな知っているんだ。可哀想な由那さん」
 泣きそうな顔で尾藤がつぶやいた。
 情緒不安定ではあるけれど、死別反応の範囲内だ。睡眠障害は睡眠薬、気分障害は軽めの抗うつ薬で様子を見ればいい。しかし、由那へのかたよった思いは人格障害の可能性を物語っている。
 尾藤は、いまその対象を失った。そしてその死を受け入れられないでいる。それが心身にさまざまな形で出てきている状態だと見ていいだろう。
 由那の死の原因をあれこれと考え、彼女の職場環境の中に見いだそうとしているようだ。そして由那はいじめられていたと信じている。
 もっとも危険なのは、すべての責任が由那をいじめていた相手にあると思い込み、異常な行動に出ることだ。ストーカーの対象が由那から、その女性になることも考えられる。
 現在の精神医学では、残念ながらストーカー加害者の人格障害を根治こんちさせる方法はない。危険性のない方向へとどうを変えるしかないのだ。
 尾藤の場合、ひたすら由那に向いていた興味を、まずは彼自身の内面へと転換させなければならない。
 尾藤がこれまで生きてきた過程、母親や父親、そして兄弟や友人との関わりを話してもらうのだ。その人たちから、してもらったこと、それに対して自分が返したこと、さらに迷惑をかけたことを繰り返し思い出すことで、自分と他者との関わり合いを確認していく。尾藤の場合は、自分の妄想が他者をいかにないがしろにしていたかを自覚させることで、改善の余地が生まれるかもしれない。
「小倉さんと面識はありませんが、とても残念な気持ちです。またあなたが小倉さんのことを大切に思っていたこともよく分かりました。小倉さんはみずから命を絶ったのではないかと報道されていますね。その原因が職場にあったとお考えなんですか」
「絶対、そうなんです。いじめを苦に自殺したんです。こんなこと許されるはず、ありません」
「先ほど、小倉さんが、職場の女性に指示をされていたとおっしゃいましたが、その場面をあなたは見たんですか」
「もちろんです。僕は、毎日彼女を見守っていたんですから」
 尾藤が胸を張ったように見えた。
「毎日、ですか」
「ええ、そうです。会社で仕事をしている時間以外は、ハッピーショッピーにいるようにしていました」
「どうしてです? いじめられていると思ったからですか」
「いえ、きれいな花にはつきものだからです、変な虫」
 自分の妻に相応ふさわしいことははじめから分かっていたので、あとは由那に言い寄る男がどれだけいるのか確かめたかったという。
 思い込みが激しく、やはり妄想的だ。自分の中でストーリーができあがっていて、そこに客観性は見られない。妄想を吐き出させるためには、ここで否定してはならない。
「それで、結果はどうでした?」
「まずパン屋が怪しい」
 彼は即答した。
「パン屋さんと言いますと?」
「ハッピーショッピーの中にある『オガワ』という手作りパンの店です。そこの店主の小川が、由那さんを狙っています。それだけではありませんよ、警備員の桑山三郎くわやまさぶろうは由那さんのアパートの向かいに住んでいる。間違いなくストーカーです、あの若造は」
 尾藤の口からストーカーという言葉が出た。
「ストーカーと思ったのには理由があるんですね」
「僕に、由那さんに近づくなという意思表示をしたんです」
「その桑山さんと由那さんは親しい様子でしたか」
「由那さんはにもかけないって感じでしょう、あんなチャラチャラした男」
「では、桑山さんに嫉妬しつとはしていないんですね」
「嫉妬? 由那さんは僕を選ぶに決まってるのに、ですか。あり得ない。ただ乱暴を働かないかと心配なだけです。だからはやく店を辞めて、僕のマンションに引っ越してきたほうがよかったんだ」
「パン屋の小川さん、警備員の桑山さんから由那さんを守りたかったんですか」
「二人からだけじゃない。惣菜そうざいを買う男のほとんどは由那さんに下心を抱いていると言ってもいい。その上、同僚からもいじめを受けていた。先生、自分の愛する人が、そんな状態に置かれていて黙っていられますか」
 救い出すためにはプロポーズが最善の方法だったと、尾藤はにらむような目つきをした。
「確認させてください。あなたが小倉さんにプロポーズしたのはいつですか」
「彼女が亡くなる一週間ほど前です」
「そのときの様子は?」
「さっきも言いましたけど、手紙の返事をもらおうとしたら、同僚の平岡ひらおかって女がしゃしゃり出てきて」
 みでもするかのように自分を見たそうだ。
「ということは、小倉さんと直接話したのではないんですか」
「いえ、彼女の仕事帰りに店の駐車場で……由那さんはあやまるばかりで、やりたいことがあるからって。僕は分からず屋ではありません。分別ふんべつのある大人として、彼女の言葉を理解したつもりです」
 由那はおびえていたのかもしれない。
「小倉さんの気持ちをんで、いさぎよく結婚を延期されたのは立派です。でもあきらめたわけではなかったんですね」
「当然です。だから見守りは続けていました。でも、あの平岡って女は、僕と由那さんの間に入ってくる。邪魔なんですよ、いつも前に立ちはだかって」
「立ちはだかる?」
「僕のいる場所から、ちゃんと由那さんが見えないんです」
 その言葉で状況が分かってきた。おそらく彼が言ったとおり、声をかけるでもなくじっと由那を見守っていたのだろう。いや見守るというより、じっと見ていた。プロポーズする前も、接触せつしよくはせず、まだ初期のストーカー行為だったようだ。だから警察の捜査線上にあがってこなかったのかもしれない。
 少し安堵あんどすると、別の興味がいてきた。それが精神科の医師として倫理違反になってしまいかねない質問をさせた。
「由那さんのことをよく知る、尾藤さんにお尋ねします」
「何ですか、先生」
 尾藤は目を輝かせ、身を乗り出す。
 彼の表情に戸惑いながら、
「小倉さんという女性は、自殺をするような人ですか」
 といた。
「……それは、明るい女性だったから……自殺なんて、考えられないです。いや、いじめに耐えられなくなっていたのかもしれない」
 尾藤が頭を抱えた。
「その平岡さんからの、ですか」
「たぶん」
「やりたいことがあるとおっしゃってたんですから、それなら思い切ってお店を辞めればよかったんじゃないですか」
「そうだ。店を辞めて、僕の申し出を受け入れて結婚すればよかったんです」
「本当にいじめが原因でしょうか」
「ええ、いじめです」
 そう言ってから尾藤は小さく首を振りながら、
「いや、それだけなら、先生の言うように辞めればいいんですよね」
 と慶太郎を見る。
「死ぬ必要はない、と思いませんか」
「いいや、やっぱりいじめだ。店ぐるみで彼女を追い詰めていたんだ」
 何かを思いついたように舌打ちして、顔をしかめた。
「なぜ、そう思うんです?」
「店長に息子がいるんです。こんな」
 と尾藤は両手を広げた。太っている体を表現したのだろう。
 光田みつたからの報告に登場したハッピーショッピーの後継者、正太しようたのことだとすぐ分かった。由那の事件取材では自分を通すように釘を刺したそうだ。店に新聞記者がやってきたことにいらついている様子が、光田の話からも伝わった。
「その息子さんが、どうしたんです?」
「店の裏口があるんです。駐車場のほうです。そこにそいつが、たばこ休憩に出てくることがあります。その場所で平岡と何やら話しているのを何度も見ました」
「そこにあなたも?」
「休憩時間になると裏口から由那さんが出てきて、五分ほど行った田んぼの畦道あぜみちでおにぎりを食べるんです、いつも同じ缶コーヒーと一緒に。そう、僕たちが出会った畦道。だから、時間が合うときは、僕は少し離れた場所にいる」
 むろん由那の休憩している姿を見るのは、自分が休日か、金融機関に出かけるときだけだと言った。
「話しかけるんですか」
「とんでもない。彼女の大切な休憩時間を壊すわけにはいきませんよ。僕は由那さんを束縛そくばくするつもりなどありません。ただながめていれば、幸せなんです。だって、あせらずとも将来は僕と結婚する人なんですから」
 むやみにパーソナルスペースに侵入するような、そこらの俗物ぞくぶつと一緒にしないでほしい、と憤然ふんぜんとした声を出した。
「なるほど。しかし五分も歩いて田んぼに」
 そこから電車が見えるに違いない。そこでの由那の様子を確かめたいと思い、
「そこに何か目的でもあったんでしょうか。好きな花が咲いているとか、落ち着く風景を見ることができるとか」
 と慶太郎はとぼけて訊いた。
「理由は簡単です。近鉄きんてつですよ」
「鉄道が目的ですか」
「それほど大きくはない、いつも腰を下ろす石があるんです。でも電車が通ると、さっと立ち上がって通り過ぎるまでじっと見てました。よほど好きだったんでしょうね」
 思い出しているのか、尾藤はクリニックの窓のほうを見やる。
「ただ見てるだけ?」
「そうです。ただ電車を見送っている感じです」
「例えば、携帯で写真を撮るといったようなこともない?」
「彼女は多分毎日見てるんですよ。いまさら写真もないんじゃないですか」
「そうですね。眺めているだけ、か。飽きないんでしょうかね」
 率直な感想だった。
「習慣になってたんじゃないですか」
「手を振ったりもしないんですね」
「そんなことしないです」
 やはり春来はるきの言うとおり、手を振ったのには意味があるということか。また「死のうとしている人間に励まされない」という春来の声を思い出した。
「話を戻します。先ほど言われた店主の息子という人も責任ある立場でしょうから、従業員と話すことは普通のことだと思うんですが」
「うちの会社でもそうですが、秘密の会話って雰囲気で分かるもんです。あの二人は、ひそひそ話でこそこそした感じです」
 店の人間や搬入はんにゆう業者が現れると、目をそらすのが白々しらじらしかったと尾藤は言った。
「店の人には聞かせたくない話かもしれませんが、由那さんに関することだとは限りませんよ」
「ここ最近は頻繁ひんぱんだった気がするんです。あれはきっと悪巧わるだくみです。由那さんはあの二人に殺された……」
「待ってください、尾藤さん。決めつけてはいけません。由那さんを失ったことで感情のコントロールが難しい状態なんです。受け入れがたい悲しみは、次の段階として、怒りに変わっていくことが多い。いまは事実だけを積み重ねていきましょう」
「わ、分かりました」
「彼女に最後に会った、いえ、最後に見たのはいつですか」
「二十九日の夜です」
「それじゃ、亡くなった夜に小倉さんを見てたとおっしゃるんですか」
 精神科医とも思えない甲高かんだかい声を出してしまった。
「正確には、部屋にいるはいですけど」
 尾藤は慶太郎の反応に驚いたのだろう、言い訳した。
「気配というのは?」
「あのアパートは陽当たりがよくないのか、暗いようで、昼間でも電気をけているんです。だからなのかカーテンも開きません。気配だけが頼りなんですよ。確かに気配があったと思ったんですけど。だって電気がともっていたんですから」
「それは何時頃ですか」
 由那のその日の行動を知る証言だ。
「五時半くらいだったと思います」
 由那は四時の仕込みを終えた後、度々自宅に戻ることを知っていた。尾藤は、五時過ぎに会社を出て、そのまま由那のアパートへ向かった。その時間帯ならば警備員の三郎は店にいて邪魔されないからだ。
「由那さんは、必ず六時には店に戻るから、それまで見守るんです。上手くすれば一緒に店に同行できる。いまは日が長いから、まだ明るいけど、この辺りは夕方急に寂しくなるんです。物騒ぶっそうだから僕が気をつけてないと」
「五時過ぎからアパートの前にいたんですか」
「ええ、彼女が出てくるのを待ってました」
「それで部屋の電気を見ていた?」
「でも、なかなか電気が消えない。六時にお店に戻るには、五時四、五十分には出かけなきゃいけませんから、部屋の電気が消えるのを待ちました」
 電気を消し忘れて、部屋を出たのだと思った尾藤は、六時前そのまま店へ向かった。しかし、売り場に由那の姿はなかったのだという。
「四時から休憩に入って、自宅に戻って電気を点けた。しかし店に戻る時間になっても電気が消えなかった……」
「僕が踏み込めばよかったんです」
「いや、それは」
「その前の日、由那さんが平岡に何か言われているのを見ました。それだ、それが引き金になって彼女は死んだ。そうだ、先生、新聞報道では遺書らしきものがあったように書いてありました。それを見れば分かるんじゃないですか」
「そうかもしれません。しかし、それは警察に任せませんか。そんなことを考えるより、尾藤さんの気持ちの改善を優先しましょう。本当に今日は、よく話してくれました。せきの念があなたを苦しめているのがよく分かりました。喪失そうしつの痛みをやわらげるために抗うつ剤を処方しよほうします。今後の治療ですが、尾藤さんが安心して暮らせるために一つ約束してください。今後、何か思いついて行動を起こすときは、真っ先に私に連絡すると」
 慶太郎が薬を処方することは珍しいことだった。由那が自殺でないとすれば、誰かの関与を疑わなければならない。尾藤が犯行を隠していることもある。彼の話が事実でも、これ以上思い詰めて過激な行動に出られては困る。
「分かりました。先生にご連絡いたします」
「そうしてください。また有給休暇がなくなるとのことですが、もし病欠の申請をされるなら、診断書を書きます。遠慮なくおっしゃってください」
 と言って、家族カードを記入してもらい、尾藤の初診を終えた。




     4




 慶太郎のクリニックにおおつきがやってきた。由那が暮らしていたアパートの部屋を整理する前に、訪問したいと麻那から連絡があったのだ。
 綾部あやべの大槻夫妻が経営している喫茶店『とちのみ』を訪問したとき、由那の性格を知るために子供時代に描いた絵とか、作文とかがあれば見たいと頼んだ。その申し出に応じて家に取りに行った麻那だったが、戻ってきたとき手には何も持っていなかった。
 由那が十八歳で実家を出たときのままにしてある部屋に入った瞬間、体に力が入らなくなり、その場に泣き伏してしまったと言った。
 由那を思い出すものを今はまだ探すことができないと、麻那は頭を下げた。死別の悲しみは、断続的に続く。思い出は、折に触れてフラッシュバックし、そのたびにたんがこみ上げるものだ。
 そのメカニズムを熟知しているはずの自分が、配慮はいりよを欠いていたと慶太郎は謝り、『とちのみ』を後にしたのだった。
 それからわずか三日で麻那が連絡をくれたことに、慶太郎は驚いていた。
「よくきてくださいました。本当に感謝します」
 クリニックの診察室に通してソファに座るよううながし、綾部で世話になったことも含めて礼を述べた。
「こちらこそ、何もお渡しできずすみませんでした」
「無理もないことです。今日は、同行させていただいてもよろしいんですね?」
「先生にご一緒いただきたいんです。私、あの子の部屋に入るのが怖いんです。亡くなった部屋に……」
 麻那はハンカチで顔をおおった。
「日を改めても」
「いえ、大丈夫です。もし自殺でなかったら、あの子は自分の部屋で……そうしたら、少しでも早くその手がかりを見つけてもらったほうがいいと、主人が言いまして」
「そうですが、すでに警察が調べた後ですから」
 じような期待を抱かせてはいけない。
「その警察ですが、荷物の整理のときには声をかけてくれと言っておられたんで、担当の刑事さんに連絡したんです。そしたら遺書などの現物を渡すから立ち寄ってほしいと言われて」
 麻那は不安げな表情を向けてきた。
「私も一緒に話を伺いましょうか?」
「ご迷惑では?」
「いえ、捜査の進捗しんちよく状況も気になりますし」
 遺書の返却は、たぶん捜査の打ち切りを意味するのだろう。一般人が口を挟んでどうなるものでもないだろうが、自殺と断じるには疑問点が多いとうつたえるいい機会だ。
「実は心細くて仕方なかったんです。先生、すみませんがよろしくお願いします」
「大槻さん、眠れてますか」
 三日前よりけた頬が気になって尋ねた。
「日が経てば少しはましになるかと思っていたんですけど、ダメみたいです。昼間はいいんですが、夜になるといろいろ思い出して」
 麻那が声を詰まらせた。
「今は仕方ないと思います。でも、体を壊してしまっては誰も喜びませんよ。夜眠れなくても、気にせず、昼間眠れるときがあれば一〇分でもいいから仮眠をとってください。それと食事をること。食べるのも由那さんへのようだと思ってください」
「分かりました。あの、先生、今日は由那の書いたものを持ってきたんです」
 麻那はバッグから大学ノートを取り出した。中学一年生くらいから日記を付けていたはずだけれど、まだ探すのは無理だった。ふと目についたノートにいろいろ書いてあるのが分かり、持参したという。日付から、高校三年生の夏休み以降に書いたものだそうだ。
「拝見していいんですか」
 そう断って、麻那がうなずくのを確かめてから慶太郎はノートを受け取った。表紙には鳴門なるとの渦のようにデザイン化された線路が描かれていた。
「他の日記は、きちんとした日記帳だったんですけど、それは大学ノートなんで授業用のノートだと思っていました」
 ざっと中身を見た。日付は飛び飛びで、日記というよりも自分の考えをまとめるメモに近い印象の文面だ。
 友達が進学のための勉強に取り組みだし、部活で実績を上げた者はその方面へ進むことを決めているのに、自分はやりたいことが見つからない、焦っているという内容が多かった。
 好きなことを書き連ねているページもあった。
「電車」「プリン」「ミルキー」「チョコエッグの中の動物」「古畑任三郎」「宇多田ヒカル」「おじゃる丸」「レターセット」と脈絡はない。
 中には一八年ほど前に流行ったものがあり、慶太郎も懐かしかった。とりあえず書いてみて、それの何にかれるのかを考えようとしていたようだ。
 しかしそれと将来の仕事とが結びつかず、もがいている。もがきの中で、何度も出てくる言葉、それは「綾部という町から出たい」というものだった。
「由那さんは、故郷が嫌いだったんですか」
 慶太郎がノートから麻那へ目を移した。
「綾部がというより、田舎暮らしを嫌ってました。私もそうですが、思春期って都会にあこがれるでしょう? ただ、だからといって東京とか大阪のような都市に憧れていたんでもないんです。あの子大阪の短大に進学したんですけど、テンポが合わないから、よう暮らしていけへんってらしてました」
「そうですか。で、そのまま、戻らなかったんですか」
 麻那はうなずいた。
「田舎のどんなところが嫌だったんでしょう」
「しがらみがきついからです。実は、親戚とウマが合いませんでした」
 市内に父方の親戚がいて、母親に辛く当たるのを見て暮らしたのだと、麻那は言った。
「人間関係ですか。かなり精神的に影響しますね。それはお姉さんも同じですか」
「ええ、私も親戚は好きではありません」
 麻那が少し顔をしかめた。
「でもあなたは綾部に残った?」
「私も進学してたら……そのまま出て行っていたでしょう」
「今も上手くいってないんですか」
「……もう、諦めてます。由那の通夜でもめました。自殺者を出すなんて家の恥だとか、情けないとか言って、由那の死をいたむこともなかったんです。そんなのを目にすると、この人たちには何を言っても無駄だって気持ちが強くなります」
 通夜や告別式をお酒が飲める場だと思っているような親戚すらいて、腹が立ったようだ。
「お辛かったですね」
「先生、自殺やないんですよね、由那は。今年のお正月にあの子に嫌なことを言うてしまったんです」
 また麻那はがしらを押さえた。
「嫌なこと、ですか。それを私に話してみてくれませんか」
「由那が、お正月には帰らないって言ったんです。職場の先輩のお宅で料理を教わるからって」
 年末からお正月にかけて、普段付き合いのない親戚が、父の兄の家に集まることになっていた。酒宴のとき女性たちはまるで召し使いのようにこき使われるのだそうだ。
「だから一人でも人手が必要なんです。私、カチンときて、自分は小倉家と関係ないって思ってるんやろけど、絶対のがれられへんよ。ずるいことばかり考えとったらバチが当たるさかい、と電話を切ったんです」
 麻那は、由那が死んでから、ずっとそのことが頭から離れないと言った。
「なんでバチなんて言葉を使ったのか、分からへんのです。つい口をついて出てしもた……」
 麻那が声を上げて泣き出した。
                       〈つづく〉