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第1回 笑いの哲学

第1回 笑いの哲学

小説『人間革命』――戸田城聖会長の微笑み

佐藤 私は昔から思想書や哲学書を読んでいますから、「笑い」と言われるとベルクソン(フランスの哲学者)を思い出すわけです。彼は『笑い』(岩波文庫)という本の中で「認識の限界になると人間は笑う」と考察しました。うれしいときだけでなく、人間は悲しいときにも笑います。実は怖いときにも笑ったりします。つまり、笑いとはある種の限界の部分に触れていくわけです。

 池田名誉会長が書かれた小説『人間革命』(第1巻)を読むと、冒頭で戸田城聖・第2代会長が豊多摩とよたま刑務所から出所してくるシーンが描かれます。

佐藤 優

佐藤優氏

土屋 創価学会の牧口常三郎・初代会長と戸田第2代会長は、戦時中に治安維持法と不敬罪ふけいざい違反で逮捕・投獄されました。
佐藤 『人間革命』にはこういうシーンがあります。
〈電車が原宿駅に来た時、車中の人びとは、突然、一斉に右側の窓外に向かって最敬礼をした。戸田が、窓の外に眼を凝らすと、繁った木々が見えた。明治神宮である。(略)彼の表情は、にわかに憂いを帯び、沈痛になった。彼は口をつぐんで、窓外の闇に広がる、一面の暗い焼け野原に視線を放っていた〉(池田大作『人間革命』第1巻 第2版、聖教新聞社、2013年第2版、30頁)

 国家神道を中心に戦争へ暴走していったなごりを目にして、戸田会長の顔は曇ったわけですよね。

佐藤 でも、次にこういうシーンが出てきます。
〈車内の一隅に、職人風の男が、四、五人固まって、電車の走る音にも負けないほど大声を張り上げて、何事か盛んに議論を戦わせている。
 戸田は、ふと耳を澄ました。焼夷弾の殻に関する議論である。
「なにしろ、アメリカの、あの鉄はなんというのだろう。質はべらぼうなもんだ。あれでシャベルを作ってみたが、すごいのができる」(略)
「いや、わしは、あれで包丁を作ってみたが、いいね。一つの殻で十丁は取れる」
「なに、十丁? そんなに取れるもんか。いいとこ五、六丁だろう」(略)
 戸田は、微笑んだ。敵の焼夷弾の弾片の鉄屑から、シャベルを作り、包丁を作る庶民のたくましい知恵に、敬意を表したくなった。(略)
「やぁ、皆さん、ご苦労さん。シャベルと包丁、うんと作ってくださいよ」〉(前掲書33~34頁 )
 戦争末期を描く『人間革命』を、池田名誉会長が「笑い」からスタートしていることに私は注目します。

独裁者は「庶民の笑い」を嫌う

 佐藤さんもテレビのバラエティー番組を見ることがあるんですか。

佐藤 私はテレビをほとんど見ません。でも外交官時代には、よく講談こうだんを聴きに行ったりしていましたよ。

土屋 外交をやる上で、笑いが役立ったりもするんですか。

佐藤 演説や説得をするときに、皆さんのような芸人さんが見せるパフォーマンスはすごく勉強になります。外交において笑いは極めて重要なんですよ。笑いを取れずユーモアのセンスがない人は、外交交渉をうまくまとめられません。

土屋 政治家も外交官も、笑いを取るユーモアが大事なんですね。

佐藤 大きな業績ぎようせきを残す政治家には、必ず人への気配りと笑いがあります。威張いばらしてばかりいて笑いのない政治家は、どんなに優秀でもせいぜい真ん中くらいまでしかいけません。

 笑いのない社会とは恐ろしいものです。私は外交官時代、旧ソ連で仕事をしていました。共産主義体制下のソ連では、街を歩いている人の表情がかたくて誰も笑わなかったものです。1991年12月にソ連が崩壊ほうかいすると、街のいたるところに笑顔の人があふれるようになりました。

 時代背景によって、笑いたくても笑えない人がいるわけですね。

佐藤 独裁者どくさいしやは笑いを嫌いますからね。ソ連共産党支配下の社会では、人々の笑いを管理し、自由に笑うことを認めない息苦しさがありました。日本でもおかしな会社では、朝礼のときにニコニコしていたら「お前、今笑ったな」なんて言われるでしょ。

 池田名誉会長のお兄さんは、戦時中に徴兵ちようへいされて亡くなりました。息子が戦死した知らせを受けて悲しむお母さんの姿を、池田名誉会長は著作の中で何度も書かれています。戦時中は当局によって笑いが管理され、涙までも管理される悲惨ひさんな時代でした。

 ナイツの漫才を聴く人々は、腹の底から楽しく笑える。笑いは独裁者に抵抗するための武器ですし、笑いにはすごい力があるのです。

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