対談 与党・公明党の使命と責任を問う

対談 与党・公明党の使命と責任を問う

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平和安全法制と公明党流の統治

御厨 2015年9月に成立した平和安全法制の議論では、公明党が「理屈」「理論」の部分でかなり強く自民党を引っ張りました。自民党内の議論がなかなかまとまらないなか、公明党が与党協議を通じて法制に大きく修正をかけていったわけです。
 公明党には山口代表や北側一雄副代表をはじめ、弁護士の議員が大勢います。法律面での細かな議論を進めるとき、公明党の弁護士議員の特質が生かされたのではないでしょうか。
山口 1990年に湾岸戦争が起きたあと、92年に国会で国連平和維持活動(PKO)協力法が成立しました。以来、公明党は安全保障をめぐる厳しい議論に参加しています。周辺事態法(99年)、テロ対策特別措置法(01年)、有事法制(03年)にも理論的整合性と法的な歯止めをかけ、憲法との折り合いも保ってきました。
 こうした努力を重ね、平和安全法制の整備に際して公明党、防衛省、内閣法制局がガッチリとトライアングル(三角形)を築けたのです。

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御厨東京大学名誉教授

御厨 山口さんは2009年9月に公明党代表にきました。公明党は山口代表の時代になってから、大きく変わったと思います。もっとはっきり言うと、第二次安倍内閣になってから公明党は「統治する」ことにかなり自覚的に目覚めました。平和安全法制のような国家安全保障の問題に、あそこまで公明党が入り込み、主導的役割を果たしていった。そのことの意味は非常に大きいと思います。
山口 公明党は1999年の小渕恵三けいぞう政権以来、自民党と連立政権を組んできました。1年ごとに首相が替わったり、衆参のねじれが解消されず、やりづらい時期があったものの、ようやく第二次安倍政権という本格的な安定政権が誕生したわけです。
 かつての公明党は「福祉や教育、中小企業対策や環境対策の専門集団」というイメージだったのではないでしょうか。安定政権の当事者になった今、公明党は外交・安全保障、税制といった重要政策にも責任感をもって取り組んでいきます。
 中国や韓国と緊張状態が生まれたときには、両国と長年友好関係を保ってきた公明党だからこそ、独自の与党外交を展開できるわけです。
御厨 かつての自民党は、派閥それぞれが専門性の高い政策集団でした。各派閥が力をもっていたおかげで、首相の動きを牽制けんせい、修正できたわけです。今も自民党には名目上の派閥はありますが、かつてのような強い力はありません。無派閥化した「安倍一強」の自民党には「量としての統治」はありますが、「質としての統治」が伴いません。その点に公明党が目覚めたことを、われわれは理解せねばなりません。
 公明党は今や統治の当事者になるべく着実に成長を遂げているのです。戦前の日本政治は藩閥はんばつが内閣を握り、民党(自由党や立憲改進党)が藩閥と激突げきとつしていました。藩閥は民党の協力を得なければやっていけなくなり、民党に大臣ポストをゆずって連立関係が始まります。初期の自公連立体制と同じです。
 この状態がしばらく続くと、政治では必ず政策協定が始まります。1900年にできた立憲政友会は、藩閥の親玉である伊藤博文と、民党の親玉である星とおるの合作でした。こういう体制が始まると、民党のような立場の政党が「統治できる政党」へと変わっていくのです。今、公明党に起きている現象は、こうしたアナロジー(類比)を想起そうきさせます。
山口 公明党には衆議院に35人、参議院に25人の国会議員がいます。人数だけを見ると、自民党の一派閥とサイズは似ていますよね。自民党内の派閥は、常に党上層部の人事構想を気にしなければなりません。公明党にはそういうしがらみがありませんから、自民党に飲み込まれず距離感と発言力を保てるのです。
 自民党が少しアクセルをふかしすぎのときには、公明党がブレーキをかける。反対に自民党のアクセルが少し足りないときには、今踏むべきアクセルを公明党が踏み出すのです。

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