『小説 土佐堀川』への道

最終回 いつも浅子さんと一緒

最終回 いつも浅子さんと一緒

 本になるあてもないままに、私は近代日本初の女性実業家広岡浅子の生涯を原稿700数十枚にまとめ上げた。

 浅子の人物像を書く上で一番意識したのは、小説の教えをいただいたふじさわしゆうへい先生の言葉であった。先生は、『ぐんじよう』という同人誌に発表した私の小説を読まれ、「あなたの小説は観念的で人物が死んでいる。もっと生き生きとした動きのある人物を書きなさい」とおっしゃった。その教訓をかし、私は下手なりに多少なりとも躍動感あふれる浅子の行動を描きたいと願ってペンを運んだ。

 完成後、本にすると約2冊分の原稿は机のひきだしに眠ったままだった。しかし思いがけず潮出版社から本1冊分に短縮され、昭和63(1988)年に刊行されての目を見た。小説の標題は『小説 土佐堀川』、浅子がとついだじまが大阪土佐堀川のはんにあったことからつけられた名前である。

 あまり間をおかずに東宝株式会社から舞台化の声がかかり、ぐさかおるさんの主演によって1カ月間東京宝塚劇場で上演された。さらに毎日放送からも連続ラジオドラマとして放送された。しかしその後は20数年、『小説 土佐堀川』は図書館の書架に埋もれていた。刊行から27年目になる一昨年、突然第93回NHK連続テレビ小説の候補になり、去年1月14日に正式決定の発表がなされたのである。しくもこの日は、広岡浅子の命日であった。NHKエグゼクティブ・プロデューサーの佐野元彦氏が大阪府立中之島図書館で『小説 土佐堀川』を見つけて読んでくださって、いいドラマになると思ったとうかがった。

 ドラマ「あさが来た」の主役・さんが、「いつもあさちゃんと一緒」とブログに書いているように、私も浅子を追っている間は、いつも浅子さんと一緒だった。もし本になることがなかったとしても、私は自分が調べた浅子の生き方によって啓発され、九転十起の精神を知り、自分が成長し強くなって負けない人生を手に入れることができたであろう。しかしドラマによって浅子はけんしようされ、現代の人々にも生きる希望を与えている。これにまさる喜びはない。

 死後100年をて、浅子はNHK連続テレビ小説「あさが来た」の主人公のモデルとしてよみがえった。ドラマを見て元気が出る。今日も頑張ろうと思う。視聴者からのこうした意見が私のもとには続々と寄せられている。浅子のおもいは、時を経てもなお生きていた。私にはそう思えてならない。死力を尽くして働き、手に入れた富を独占せず、社会のためにまた未来の日本を担う若い女性教育のために惜しげもなくぞうした。

 女性活躍推進法が成立し、女性の活躍が叫ばれている今こそ浅子の生き方に学ぶべきことが多いのではなかろうか。やはり広岡浅子は偉大であった。改めて私はそう思っている。(完)

(2016年『潮』4月号より転載)

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