『小説 土佐堀川』への道

第5話 机から床にまで広がった資料

第5話 机から床にまで広がった資料

 広岡浅子の孫の神田多恵子さんは、自分が相続した御殿場市二の岡の別荘に連れて行って下さった。別荘の建物は、富士山が手に取るように近く見える場所にあった。3000坪というこうだいしきの庭にはすべて芝生が敷き詰められ、簡素な二階家が建っていた。左官工事はなく、家の外観も内壁も全部板張りの造りである。さんさんと陽光が降り注ぐ広い庭の中心には、ぽつんと1本の大樹がかさを広げた形で立っていて、柘植のほかには全く植樹がない。この珍しい風景を、私はそのまま小説に使うことにした。

 多恵子さんのお話からここで浅子が若い女性たちのために夏期講習会を開いたこと、そして講習会に参加したメンバーのひとり、竹内さくさんがご健在であることを知り、竹内さんに会うためにまた大阪に向かった。竹内さんはご高齢だったがお元気で、当時、大学で家政学のきようべんをとっておられたと思う。

 浅子が幼少、へびをおもちゃにして遊んだこと、まげみだして母親にしかられると、根元から髪をばっさりと切ったことなどは竹内さんから聞いたお話である。

 夏期講習会には、後年参議院議員になった市川房枝も参加していたという。また日本最初の女性新聞記者である小橋三四子や村岡花子も参加していたことを知った。こうして浅子を取り巻く人物や環境が次第に明らかになり、しつぴつの準備にはくしやがかかった。

 次に背景として、小説にはどうしても当時の日本経済を書き込まなくてはならない。浅子が活躍したのは日本経済史の中で最も急激な変化のあった時代である。国立国会図書館へ行き、江戸時代末期から明治大正にかけての経済関係の本を探すことにした。現在は家にいてもインターネットで国会図書館の本を検索できる。持ち出し禁止という条件付きで、居住地の図書館でも借りられる。しかし当時は電子時代以前のことで、永田町の国会図書館まで出かけて行って、カード箱の中を1枚ずつめくりながら必要な本を探さねばならなかった。

 えつらんのためにカードをめくっていくと、宮本又次という学者が多くの関係書をあらわしていることが分かった。NHK連続テレビ小説「あさが来た」の時代考証担当の宮本又郎先生は又次先生のご子息である。大学者であり、大阪大学の教授でもあった宮本又次先生には『豪商 日本の町人』『大阪商人太平記』などぼうだいな数の著作がある。

 先生にお手紙を差し上げて箕面みのお市のお宅に伺い、浅子の時代の経済事情や貨幣の変化などについて数々のご教示を戴いた。こうして集めた資料は机の上から床にまで広がり、私は経済というな分野での勉強に励まねばならなかった。『小説 土佐堀川』は手探りの状態から出発し、随分と時間をかけて調べ、完成した作品である。

(2016年『潮』2月号より転載)

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