第八話 涙屋、良き友の王

 その日の晩、涙屋は王の書斎に通され、えっけんを許されました。
 古ぼけた紙の臭いと、少し、油の臭い。
 書斎には、膨大な冊数の本が壁に置かれ、王の周りにのみ小さな灯火が浮かび、壁には油絵による鹿じかの絵画が飾られています。
 部屋の四隅には地球儀や望遠鏡などが置かれ、宝物庫、あるいは長い歴史を持つ博物館のような印象を涙屋に与えました。
 王は涙屋の姿を見ると、両手を広げ、古くから知る友人のように迎えました。
「良き友よ、よく来た。本来はこちらから出向くべきだったが、失礼した」
「いいえ。お会いできて光栄です、良き友の王よ」
「うむ。それは?」
 王が注目したのは、涙屋が担いでいた鞄でした。ずっしりと重たい様子です。涙屋はポンポンとそのかばんを叩きます。
「あたしを紹介するための書類です」
「ふむ。そうか」
 それから王は涙屋を地面に座らせ、自身もまた地面に座ります。
 それは王なりの、信頼の証でした。
「失敗をしない人生を送るにはどうしたらいいと思う?」
 王の、突然の質問でした。
 涙屋は、水面に落ちた瞬間に弾けるしずくほどの早さで答えます。
「規則に従い、謙虚さを忘れないことでしょうね」
「規則と謙虚さ? まず、その規則とは、国の、法律のことか?」
「国の法律に従うのも大切です。それに加え指針と言いますか、自分が選び、信じた、できれば善良な規則です」
 王は首を左右に傾げます。
「んん? んー。詳しく話せ」
 涙屋は口の横にえくぼを作り、子をさとすようにゆっくりとしゃべりました。
「国の法だけに従えば、国が間違ったとき、別の国の人間を安易に傷つけたり、人の命に順番をつけたりしかねません」
 王が「続けろ」と言うと、涙屋は小さく息を吸い込みます。
「ある国に建築家の執念によって造られた巨大な聖堂が存在します。じつは国の許可を得ないまま造られました。しかしそれは、後の世で、多くの人々を感動させる文化遺産となりました」
「ふむ」と王は低い声でうなずきます。その様子を見て涙屋は続けます。
「国の法だけに従っていては生まれない素晴らしいものが存在し、逆に、一定の時代では正しくても、科学の進歩に伴い、長い歴史で見れば間違いや、変えるべき法律も多くあるでしょう」
「うむ。では何故、心に従え、とは言わない。国や法律を軽視したり、無視したりする連中は大抵自分の心の自由を傘にするだろう」
 涙屋はふと壁に目を移します。
 壁にはいくつもの絵画が飾られていて、そのなかに森林を流れる小川を描いたものがありました。
「人間の心は川のように、美しいときもあれば嵐によってでいを流すときもあるでしょう」
「どういうことだ?」
「たとえばですが、食べることが好きで太っている人間がせようとしたとき、自分の心に従ったら到底痩せることはできません」
「ああ、まあ、そうだな」
「賭け事だってそうでしょう。運よく一度勝って、そこでやめればいいものを、二度目三度目と、財産がなくなるまで続けてしまう人が多い。いずれも自分の勘や衝動、趣向といった心に従ってのことです」
「だから、自分の心に従うな、と言うのか」
「はい。昼は花を愛で、夜は妻を殴る者もいれば、家族の前では勇者でも、大勢の前では臆病になる者もいます。心は川のように、環境の変化によって穏やかさと激しさを見せます」
 王はやや前のめりになって、涙屋に顔を近づけます。
「では一体どうしたらいい? どうすれば失敗をしない人生を歩める?」
「自身が選び、信じた、善良な規則にまずは従うことです。そして気を抜かず、常に、理想的でいい、最高の明日を考え、迷うことなく、心の隣に置いておくことです」
「貴殿はそうしてきたのか?」
「ええ、可能な限りは」
「では、貴殿は、どんな規則を側に置いた?」
 すると涙屋は、背中から数百枚にも及ぶ紙の束を持ち出しました。
「〝決して何事にも負けない〟という規則です」
 王は、涙屋の顔と紙の束を交互に見ます。
「何に対してだ?」
「あらゆる逆境に対してです」
「負けないことと、この紙の束、何が関係ある?」
「あたしは過去、大きな挫折を味わいました。それは巨大な敗北感を抱く出来事であり、あたしは故郷から逃げ出しました」
 王が黙って頷くと、涙屋は続けます。
「くやしかった。それはもう、くやしかった。それまで負け知らずでしたから。だからこそ、あたしは〝もう負けない〟と決めた」
 涙屋は紙の束をめくりながら言います。
「あたしは文章を書くことが苦手でしたが、そのくやしさをきっかけに、この作業を始めました。瞬間的に自分を変えることはできるし、じつはたやすい。〝習慣を変える〟ことのほうが過酷であり、人生そのものを変えることは困難を極めます。あたしはえてそれに挑んだ」
「そう、か」と王は黒いひげをなぞります。
 涙屋は紙の束を見つめます。灯火に浮かぶその顔は、決意に満ちたものでした。
「この書類を書き続けることが、負けないと誓った、あたしの証なのです」
 ところが、次の瞬間、涙屋は唇をヘの字に曲げ、情けない顔を作りました。
「しかし、その決意も、じつは、この国に来る直前、忘れかけていました」
 涙屋の失敗談に、王も思わず表情を緩めます。
「ほほう。何か理由があったのか?」
「〝孤独〟と〝時間〟が原因です。長い年月一人でつぶやくような決意は、遅かれ早かれ必ず揺らぎます」
「ははは。駄目ではないか」
「ええ。その通りです。その矢先に海賊に襲われ、難破したときには心が折れ、やすやすと死を受け入れるところでした」
 それから涙屋は、再び書類を見つめます。
「けれど結果あたしは生きています。そのときあたしの命と、あたしの心を救ってくれたのが、あの仮面の青年でした」
「彼に恩義があるのか」
「ええ。大きな恩です。人は人と生きて、初めて人間になれる。願いは人と関わって、人のために生きてこそかなう、とこの歳で気づきました」
 それから涙屋は書類を指差して、元の書類は難破の際に失ったけれど、内容のすべてを覚えていたので、ここにあるのは再び書き記したものだ、と付け加えました。
「して内容は?」と王は一枚を手に取ります。
 びっしりと文字が並んでいますが、涙屋の母国の文字なので王には読めませんでした。
「これこそ、あたしがあたしに課した宿題、涙のけつです」
 王は首を傾げます。少しあきれた様子です。
「涙の秘訣? 誰の涙のためにこれを書いている?」
 涙屋は大きくためいききます。脳裏にその人物が浮かぶと、決まって小さな針がチクリと彼の心を刺激するのです。
「それは、いずれ、また」
 王は、涙の秘訣の一枚をひらひらとさせてから、元の場所に置きました。
「そうか。では、これが貴殿の規則であり、こんなことを続けて、いまに至るのか?」
 涙屋は少し沈黙しました。王の言葉への答えを探しているのではなく、これまでの長い長い人生を振り返っていたのです。
「ええ。これが、あたしがあたしに課した規則『負けないことの証』です」
「ふうむ」
 王の鼻息が書類を少し移動させます。
 それから気を取り直した様子で、別のことを涙屋にきました。
「それで、先ほど言っていた、謙虚さとは? どういう意味だ?」
「人の話を素直に聞くことです」
 王は少し不機嫌な様子でかします。
「そんなことを訊いているのではない。つまり何が言いたい?」
 涙屋は、再び小さな子に教える教師のように、ハッキリと、そしてゆっくりと語ります。
「人の話を素直に聞けなくなったら、人として終わりで、退化していくだけです」
「だが、世の中は信用できる人間ばかりではないぞ」
「もちろんそうです。けれど人の語ることに感動を抱かなくなると、それは聞いていないのと、会っていないのと、縁していないのと同じことだと、あたしは思うんです」
 涙屋は、王の目を真っ直ぐに見つめて続けます。
「そして、いくら良かれと思った規則を心の隣に設けても、古い医術では治せない病があるように、また、時代に即して法律を変えないと悲劇を生むように、人の人生も同じです。弛まず成長していくことが人にとって大事だとあたしは思うんです。多くの人と対話をしていけば、いろんな人が持つ素晴らしい哲学にも出会えるし、また新たな自分にも出会え、さらには善良な規則を設けることが可能になると思います」
 王はけんしわを浮かべ、また髭をなぞります。
「良く言えば柔軟な考えが良いとして聞こえるが、我輩からしてみれば、利害を争う大人たちと渡り合うには、いささか頼りなく思える考えだな」
「あなたは王です。自分が信じた善良な道を、堂々と歩んでください」
 王の目を真っ直ぐに見つめる涙屋。
 ところが王は、まるで説教を受ける子どものように目を背けます。
「だが規則、規則と言われても、それも窮屈だな」
「理性は教養から生まれます。理性のある、独自の法や規則を持てるのは、人間だけの特権です」
「ふむ、わかった。では少し話題を変えよう」
「ええ、王のご気分のままに」
 それから王は、さらなる質問を涙屋にぶつけます。
「政治でもっとも大切なものは何だと思う?」
 涙屋は再び間髪入れずに答えました。
「想像力です。未来を予測する力です」
「どういう経緯でそう思う?」
「国民への理解を求める場合です。子どもが言います。『どうして雨が降るの?』と。それに対し親がこう教えると、子どもは納得しやすいのです。『君ののどを潤すため』と」
「コドモ?」と王は首を傾げますが、涙屋は続けます。
「子どもは理屈よりも『何のため』で理解するのです。政治も同じであるべきだし、これが必要だと思います。国民によく理解してもらうためにも、国民一人ひとりが国の未来をよく想像できるよう、政治こそ予測的な想像力を養う力が必要だと思うのです」
「頭のなかのそらごとで、国を動かせるか?」
「想像の骨子の材料は、現実で見たすべてです。現実から遊離した理想ではなく、経験を基にした知恵のある骨子をって、実践への階段を構築すべき、と思うのです」
「ふむ。結構だ」
 王は、一度大きく溜息を吐きます。
 今度はまじまじと涙屋を見つめて、突然「はて」とらしました。
「むかーしに、我輩と貴殿は、同じ座り方をして、こうして向き合った気がするなあ。他にも多くの、各国の王族がいたと思うが」
 涙屋の見た目は、まさに老人です。
 知恵の数だけ刻まれた皺に、滝のような白い髭。けれど、その奥にある瞳は子犬のそれのようにな様子でした。
 王は続けます。
「そのときの貴殿は、少年と青年の間くらいの歳で若くたけだけしかった。油を塗ったようなきんこつりゅうりゅう身体からだで、彫刻家が建築したかのような男前。多くの美しい妻を従えた、砂漠の国の皇太子だった、ような気がするのだが」
 話の最中に涙屋の髭が揺れ出し、
「砂漠の国の出身ではありますが、あたしゃ船医をしておりました。きっと人違いでしょう」
 と、涙屋は話を遮ります。
「そうか」と王はつまらなさそうに鼻息を漏らします。
 涙屋は書類をしまいながら訊きます。
「お話はもうよろしいので?」
「ああ、良い参考になった。しつけなことを言って失礼したが、貴殿の器がよくわかった」
「恐れ入ります。一つ、あたくしからお話をしても?」
 王は「許そう」と深く頷きました。
「じつは、今日はご提案を持って参りました」
「提案?」
「はい。選挙です。この国は鎖国について、少し混乱しているとお見受けしたので、ここはどうでしょう、選挙を導入してみませんか?」
 王は「ほう」と唇にこぶしを当てます。考えを巡らせるときの癖がそれであり、涙屋の提案に興味を示している証拠です。
「聞いたことがあるぞ。民衆に票を与え、多数決で、国の未来を民衆の意思に委ねるものだな」
 王はさらに「ふむ、ほう」などとつぶやきながら、次に涙屋の目を見ます。
「それを提案するということは、この国の代弁者になってくれるということか?」
 涙屋は穏やかな目をしたまま、硬いつばを飲み込みます。いくつもの覚悟を秘めた判断であることは、王にもわかりました。
 間もなく涙屋は頷きます。
「はい。あたしはこの国の代弁者となり、王を助けましょう」
「ほほ、ほう。そうか、そうか!」 
 王は、それはもううれしそうに、満面に笑みを浮かべます。
 何故なら、王は海賊にうさぎを放った話を聞いてから、涙屋という老人に対して、強い興味を抱いていたからです。実際に会ってみると想像以上に有能な知恵を持っていると感じていました。
 涙屋という老人さえいれば、この国の領土を何倍にも増やし、良き友の王という存在を世界中の歴史に永遠に刻むことができる──そんな妄想を抱かせるほど、指導者にとって涙屋という存在は知恵の宝庫でした。
 王は鼻息を荒くすると、部屋の奥から酒瓶を取り出しました。
「病み上がりと聞くが、どうだ?」
「少しなら」と涙屋が頷くと、王は嬉しそうに酒を注いだ盃を涙屋に渡しました。
 それはこの国において、漁師から王まで、誰もが好んで飲む地酒でした。
 その酒を口に含むと、ツンと舌を刺激して、喉を焼きます。
 けれど残りどうのようにほうじゅんで、ひと口飲むごとにとうきびのしぼり汁のように甘くなっていきます。
 喉ごしも、美しい山間で汲んだ清水のように軽く、冷たいものでした。そして胃に入るとつま先まで温めます。
しいですね」と涙屋がポツリと言います。
 王も盃を見つめ、ぺろりと唇をめます。
「ああ。身体も温まる。この国にある多くの自慢の一つだ」
 涙屋が絵画の一つに注目します。そこには、城のようにそびえる巨大な図書館の絵が描かれていました。
「そう言えば、この国には、世界最高の図書館が存在したかと」
「ああ。だが、その図書館は女王に奪われ、いまでは女の国に存在する」
 王は涙屋を見て言います。
「しかし、我輩はその図書館に匹敵する知恵を、いま手に入れた」
「恐縮です」
 それから、部屋にひとときの沈黙が流れます。
 どちらかのいきの音が聞こえ、灯火が静かに揺れたとき、王がいたずらっぽくほほんで涙屋に顔を寄せました。
「見るか?」
「何をでしょう?」
「秘法だ」
 涙屋は少し考えてから「ぜひ」と答えました。


 王は酒瓶を片手に書斎を出ると、涙屋を連れ、城の最上階に赴きます。
 秘法が保管されている宝物庫の前には、四人の屈強な見張りが立っていました。彼らに重い扉を開けさせると、冷気が涙屋の肩を冷やしました。
 冷たく堅い、青い色をしたれん造りの小さな部屋です。奥に、銀色の布に包まれた何かがありました。大柄な王よりも背が高い、細長い印象を見る者に与える〝何か〟でした。
 王は自慢げに言います。
「この布の向こうに秘法がある」
 涙屋は目を細め、布のてっぺんを見つめます。
「想像より少し小さいですな」
「不思議なことに、我輩とあの女の離婚に伴い、二つに分かれた」
「ほう。やはり、女の国にも秘法の片割れが」
「いかにも」と王は頷き、こう続けます。
「だが、これ以上の破壊は不可能だ。決してな」
「秘法を破壊する方法はない、と?」
「そうだ。大国の使者がそう言った」
 涙屋の眉間に皺が寄ります。彼は何か嫌な予感を抱いていました。その涙屋の顔をまじまじと見つめ、突然、王はこんな話を始めました。
「さきほどな、ふと思い出したのだ。かつて、この国に秘法と奇病を贈った大王の大国。彼の国には二人の王子がいた。大王として即位したのは弟である第二王子だったがな」
 涙屋は沈黙し、布の向こうをにらんでいます。
 王は続けます。
「第一王子は粗暴だったものの、武芸、学、友の数、すべてにおいて弟君より優れ、民衆にも好かれる魅力に加え、多くの妻がいた。が、子宝には恵まれなかったそうだ。そして、兄君は大王となった弟によって、国を追われた」
 王は涙屋の顔を覗き込み、彼を試すように続けます。
「それはもうくやしかっただろうなぁ。弟に裏切られたのだから。『決して何事にも負けない』という規則を側に置くほどにだ」
 涙屋は何も言いません。
 それから王は髭をで、こう言いました。
「涙屋殿にとって、仮面の青年は『素直な弟』に思えるか?」
 涙屋は穏やかな表情のまま答えます。
「才能にあふれた青年です。けれどその心は純粋が過ぎて危なっかしい。光を映せば反射しますが、闇を映せば闇そのものになりかねません。心配で仕方がなく思います」
「だから、共に代弁者となる道を選んだのだな?」
 涙屋は決意を固めた瞳で王を見つめます。
「王よ、お願いがあります」
「言ってみろ」
「彼を代弁者の任から降ろしてやってください」
「却下だ。何故なら、貴殿を引き留める良いかすがいになる」
「それが、目的ですか」
 王もまた静かに、涙屋を睨み返します。
 その瞳は曇り空のように、どんよりと濁って見えました。
 王は意地悪な声音で繰り返します。
「大国とは砂漠の大国のこと。大王とは、かつてその国の第二王子だった男だ。つまり、第一王子は──」
 涙屋が遮ります。
「あたしは、船医だ」
「選挙の案をいただこう」
 険悪な雰囲気を切り裂くように、王はそう返しました。
 しばらく睨み合う二人の姿が、ろうそくの灯によって揺れていました。
「あなたの目的は一体?」
 涙屋の質問に、王はハッキリとこう答えました。
「開国だ。開国による我が国の発展、そして国民の幸福以外の何物でもない。だから選挙の案をいただいた」
「信用してよろしいので?」
 様々な気持ちを込めて涙屋はそう言いました。
 王は胸を張り堂々と、けれど時々調子を変えて、こう語りました。
「仮に、貴殿の弟が大国の大王であろうと、えんなどない。奇縁を感じるものの、我輩もまあ、いま知ったわけで、驚いている」
 涙屋が何か言う前に、王は続けました。
「しかし我輩は過去を顧みることはない。むしろ未来を見つめているからこそ、貴殿の知恵が欲しいのだ」
 王はそれから、「さてと、とにかく」と言って得意気に続けます。
「秘法の破壊は不可能。現にこの国一番の力持ちである鼻たれが、かなづちで思い切り殴っても、それから城の上階から地上に向けて放り投げても、秘法が砕けることはなかった」
 王は、今度は「ふふふ」と笑いました。
「しかし貴殿はもうこの国の代弁者。特別に教えてやろう。唯一、破壊する方法がある」
「真実の矢」
 そう言ったのは涙屋でした。
「むっ?」
 涙屋は朗々と続けました。
「真実の矢という、限りなく純粋な、真実を帯びた金剛石による矢で射ぬけば、秘法であろうとも破壊されるという伝説が存在します」
「よく知っているな。ふん、まあ当然か」
 王は酒をぐいっと飲み、唇を湿らせます。
「ならこれも知っているだろう。いくら探しても、真実の矢など、そんな代物、この世に存在しないことをな」
 王は布の先を握りました。
「さあ。とくと見よ、これぞ命を紡ぎし秘法よ!」
 涙屋が見た秘法とは──。


 ──涙屋は一人、自室に戻ると、床に膝を突きます。
 王に解放された直後の出来事でした。
 彼は涙を流し、拳を強く握り、暗い床に頭を垂れました。
「何ということだ。やっぱりだ。だから、あたしは……この国に、導かれたのか……」
 その晩。涙屋は、負の秘法と自分を巡る運命を悟りました。