桔梗の人
作品紹介
2020年、NHK大河ドラマの主人公、明智光秀をモチーフに、末期の信長政権が抱えていた問題や、信長の人事政策に翻弄される人々を描き出す。また明智光秀の息子である明智光慶を取り上げ、息子の目からみた明智光秀の姿を活写するとともに、光秀の謀反の理由を、この息子の存在によって浮き彫りにする。いま風に言えば、猛烈社長のブラック企業に入ってしまい、自らのやりがいや目的を見失う話、かつ、その息子が父の謀反の理由を知った時、何を感じるのか、といった内容を含んだ、現代に通じるストーリー。
桔梗の人 目次
- 2019.07.30 更新
- 最終章
- 最終章 寄せては返す琵琶湖の波音が、左馬助の過去に引きずり込まれていた十五郎を現に引き戻した。 目をしばたたかせると、闇の中から今が浮かび上がる。 漆黒の琵琶湖、暗い砂浜、そして、目の前に立ってい...
- 2019.07.02 更新
- 第七章
- 第七章 「今年もよろしゅう頼んます」 四畳半の茶室の中で、津田宗及は光秀に向かい、気さくに話しかけた。 むらむらと湧き起こった腹立ちを左馬助は抑え込む。宗及の振る舞いは礼を欠いているが、以前、当の光...
- 2019.06.03 更新
- 第六章
- 第六章 安土城の天守はこの日も真っ青な空を背負い、左馬助一行を迎えた。 この城が信長の心象風景なのだと気づいたのはいつのことだろうか。だとすれば、まるで唐天竺の絵に出てくるような瀟洒な天守は、信長の似姿...
- 2019.04.28 更新
- 第五章
- 第五章 秋風が吹き抜けてゆく。 幾重にも張り巡らされた堀、矢が刺さったままの土塁を横目に土橋の上を馬で進む左馬助は、ずれた侍烏帽子を正して城を見上げた。丸木で組まれた櫓は真っ黒に焼けており、土塁に張り付く...
- 2019.04.03 更新
- 第四章
- 第四章 天正十年六月二日夕方。薄雲が空を覆っていた。 丹波亀山城二の丸御殿の書院の間で、十五郎は眠い目をこすりながら書状に目を通していた。 いくら主たる家臣たちが戦に出ているとはいっても、政の手を止め...
- 2019.03.01 更新
- 第三章
- 第三章 縁側から庭に降り立った十五郎は、屋敷の屋根越しにそびえる煌びやかな五層の天守を見上げ、小さくため息をついた。時折吹く冷たい北風が十五郎の羽織を揺らし、安土山を越えてゆく。 天正十年の正月、十三歳と...
- 2019.02.05 更新
- 第二章
- 第二章 光満ちる六畳間で、緊張に身を固くしながらも十五郎は茶筅をふるった。作法通りに茶を練り上げ、目の前に端座している師匠、津田宗及の前に置いた。しばし手に取った黒茶碗の風景を楽しんだ宗及は、縁に口を近づけ、...
- 2019.01.07 更新
- 第一章
- 第一章 白い砂浜に腰をかけた明智十五郎は、弄ばれる前髪を風に任せたまま、寄せては返す波を眺めていた。 琵琶湖は日ごとに違う貌を見せる。鏡のように穏やかな日もあれば、荒れ狂う獣のように牙を剥く日もある。翡翠...